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水音を読む測量士は、旅の監査人と町の未来をつなぐ  作者: 銀細工ナギ


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10/20

地下渠の秘密

 地下から響いた三度の金属音は、祭りのざわめきが消えた広場にも、はっきりと届いた。


 リゼットは石畳に手をついた。冷たい石の奥で、水が流れている。だが、町の水路を通る音とは違っていた。一定の間隔で水がせき止められ、そのたびに細い流れが別の方向へ吸い込まれている。


「ここです」


 彼女は役所裏へ続く路地を指した。


「音は地下を通って、北東へ向かっています。水門が一つではありません。いくつかの渠が、途中でつながっている」


 エアンは命令書を折り直し、ミルに向き直った。


「この近くに、組合の倉庫はいくつありますか」


「表通りの大倉庫と、古い染料倉庫です。ただ、地下室があるのは大倉庫のほうで……」


 ミルはそこで言葉を止めた。記憶を探るように眉を寄せる。


「昔、役所の水利係が使っていた地下道があると聞いたことがあります。けれど、地図には載っていません。火事のあとに塞がれた、と」


「塞がれた場所から、水の音がするのですね」


 リゼットは立ち上がった。


「行きましょう。今も水が動かされています」


 エアンは広場の人々へ声をかけ、農家の男たちと職人を数人連れていった。ミルも震える手で小さな灯りを掲げた。弟の身を案じる顔には、恐怖と同じだけの決意が浮かんでいる。


 大倉庫の裏手には、崩れた石垣があった。リゼットは壁に耳を当て、指先で継ぎ目をなぞった。水の振動は、地中深くから上がってくる。流れは壁の下を抜け、倉庫の方向へ向かっていた。


「ここを掘ります」


 職人たちが鉄棒を差し込むと、三度目で空洞に当たった。石を外すと、黒い隙間から湿った風が吹き出した。中には、人ひとりが身をかがめて通れるほどの古い地下渠が続いている。


 壁には、苔に覆われた刻印があった。谷町の水路が造られた時代の工人たちが残した印だ。だが、その上から新しい金具が取りつけられ、細い管が分岐していた。


「これは水を運ぶ管ではありません」


 リゼットが管の周囲を調べた。


「流れを絞り、別の渠へ送るためのものです。町へ向かう水量を減らして、こちらへ集めている」


 エアンが灯りを掲げた。地下渠の先には、木製の枠と小さな水門があった。水門の向こうから水音が響き、さらに奥へ流れている。壁に残った泥の線は、最近になって水位が大きく変わったことを示していた。


「この先は倉庫の地下室でしょう」


 ミルが呟いた。


 エアンは水門の金具を見つめた。


「組合は、町の水を倉庫へ引いていた。染料や革を扱うためか、それとも水そのものを売るためか」


「どちらにしても、契約にはありません」


 リゼットは渠の床へ膝をついた。水の流れを読み取るため、手を水面近くへ伸ばす。冷たさの中に、かすかな振動があった。奥の水門が開閉するたび、水の脈が変わっている。


「この水門を閉じれば、町へ戻る水は増えます」


「なら、閉じましょう」


 農家の男が言った。


 リゼットは首を振った。


「今すぐ閉じると、上流から来る水が逃げ場を失います。古い渠の壁が崩れれば、町の地下で水が噴き出すかもしれない」


 彼女は地面に枝で線を描いた。水源から町へ伸びる主水路、その途中で分かれる三本の流れ。地図にはない地下渠を加えると、町の水路全体が一つの器のようにつながっていた。


「この水門だけを動かすには、ほかの水路を先に止める必要があります。町へ流れる水を一度止め、圧力を落としてから、地下渠を閉じる。順番を間違えれば、どこかが破裂します」


 エアンは彼女の描いた線を見下ろした。


「つまり、町全体の水路を一度止める」


「はい。夜明けまでに準備しなければなりません」


 祭りの終わりを告げる鐘が、地上から遠く聞こえた。誰も口を開かなかった。水を止めるということは、井戸も、果樹園も、各家の貯水桶も、一時的に頼れなくなるということだ。


「住民に知らせれば、混乱します」


 ミルが言った。


「知らせなければ、また誰かが勝手に水門を動かします」


 エアンは静かに答えた。


「決めるのは私たちではなく、町全体です」


 リゼットは地下渠の暗がりを見つめた。そこには、長い年月の間に積もった泥と、見知らぬ者の手で取りつけられた新しい金具があった。水は秘密を抱えたまま流れ続けている。だが、流れを読む者がいれば、隠された道も必ず浮かび上がる。


「広場へ戻りましょう」


 彼女は灯りを持つミルに言った。


「今夜、町の人たちに全部話します。地下渠の場所も、水が奪われていたことも。そして、水を止める時刻を、私たち自身で決めるのです」


 地上へ出ると、空には雲が集まり始めていた。雨の匂いが風に混じっている。


 エアンが隣に立った。


「怖くありませんか」


「怖いです」


 リゼットは正直に答えた。


「でも、怖いからといって、誰かの命令を待っていたら、また水は奪われます」


 エアンはわずかに笑った。


「では、私もあなたの決めた時刻に従います」


「対等に、手伝ってください」


「もちろんです」


 地下では、まだ水門が動いていた。けれど今度は、その音を聞く者がいる。リゼットは広場へ歩き出した。町の水を止めるために、町の人々と水の行き先を決め直すために。

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