エピソード2 ありがたく泥沼に沈むがいい
前世で「若いうちに努力しないと、
のちの人生で死ぬほど後悔する」
という強烈なトラウマを刻み込まれた
主人公・カイ。
彼の目標はただ一つ、
「35歳で悠々自適な不労所得生活」…
はずだったのですが、なぜか手に入れた
「収納スキル」と「掛け合わせ魔法」で
うっかり国を建てるハメに…
「グオォォォォオオンッ!!!」
大森林の奥深くから響いた大咆哮。
直後、メキメキバキバキと音をたてて
巨木たちが薙ぎ倒され、猛然とこちらへ
迫ってくる気配があった。
「な、なんだ! あの地響きは?」
「ひっ… にっ、逃げろ―っ!」
作業をしていた若者たちが、
顔を蒼白にして斧や鍬を投げ出し、
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
土煙と粉砕された倒木を押し破って
姿を現したのは、屋根付き六輪馬車ほど
もある漆黒の魔獣ファング・ボアだった。
鎧のように硬質で漆黒の毛皮。
血のように赤く光る目。
そしてなにより凶悪なのは青白く太い
2本の湾曲した巨大な牙だ。
ダンが即座に腰の短剣を抜き、
土属性の魔法を練り上げながら叫ぶ。
「魔獣… ファング・ボアや!」
レイも必死の形相で呼びかける。
「こいつは熟練の冒険者がパーティで
挑む強敵だ! 一旦引き上げるぞ!」
ブデンガや護衛騎士は一目散に逃げだし
周りのみんなも必死に避難している。
そんな中、カイだけがギラギラと目を
輝かせ涎を垂らさんとばかりだ。
(あの丸々と太った肉… 上質な赤身!
溢れ出す旨味たっぷりの脂身!
しかも毛皮や牙は高値で売れる!)
頭の中の小さなカイが、巨大なナイフと
フォーク両手に持って踊り狂っている。
悪い顔である…
「ダン、レイ、 逃げるな―っ!
向こうから最高の夕食と開拓資金が
やってきたぞ―!」
「正気かお前!? どこをどう見たら
あれが夕食に見えるんだよ!」
「そうやでカイ! あの牙に引っ掛け
られたらひとたまりもないで!」
「黙って俺につづけ!
今夜は肉の大盤振る舞いだ―――!」
「祭りみたいに言うな―――!」
ファング・ボアは鼻から激しい蒸気を
吹き出すと、縄張りを荒らす不快な侵入者
たちに向かって凄まじい突進を開始した!
バキバキ ドシャシャシャシャッ!
巨体から繰り出される手加減なしの突進。
地煙を上げ、倒木も岩石もすべて粉砕
しながら迫ってくる。
真っ正面から喰らえば、ひとたまりもない
「ダン! 進路に土魔法で穴を作れ!
レイ! そこに大量の水を流し込んで
泥漬けだ―――!!! 」
「ちくしょう――! 乗ってやる!!!
土魔法! 地穿ち!!!」
ダンが両手を地面に叩きつける。
突進道の地面に大きな穴が空き、
ファング・ボアが落ちていく。
「水魔法! 大流水!!!」
すかさずレイが、ダンの空けた穴に
向かって膨大な水を放つ。
大量の土と水が混ざり合い一瞬で
底なしの泥沼が完成した。
「グオッ!?」
突進の勢いを殺しきれず、ファング・ボア
の下半身が深々と沈んでいく。
「よし、足止め成功だ―――!
今のうちに倒せカイ!」
「高級肉! 一撃で仕留めてやる!」
水魔法と風魔法を激しく摩擦させて
発生させた電撃。
カイしか扱えない領域の技。
両手に眩いばかりの青い閃光と、
空気を焦がす暴虐な電撃が走り狂う。
「今夜はボア焼きだぁ――!!!」
眉間めがけて、閃光を放った!
バリバリバリ
ドッッッッギィィィンッ!!!
頭部を貫いた電撃が駆け巡る。
鼓膜を破るような大音響とともに、
脳を一瞬で焼き焦がした。
「グ、グオォ…」
ファング・ボアは断末魔を上げる間もなく
全身を痙攣させながらドシンと地響きを
立てて崩れ落ちた。
開拓地に静寂が戻る。
焦げ臭い煙がはれると、
涎を拭うカイの姿があった。
「おいおい… あの硬い毛皮の上から、
雷みたいな魔法で脳を直接焼き切り
やがったのか…?」
呆然と立ち尽くすダンとレイ。
木の陰から顔を出していた若者たちも、
信じられないものを見る目で固まっている
「本当に倒しちゃったよ、
あの化け物を晩飯扱いして…」
「発想も魔法も無茶苦茶すぎる…」
エマが目を輝かせながら駆け寄ってくる
「カイ!すごい、凄すぎるよ―!
本当に、お肉いっぱいだー」
「おうエマ! 今夜はこいつで特製肉の
直火焼きだ! 腕を振るってくれよ!」
「任せて! みんな、解体を手伝って―!
今夜は御馳走だよ!」
「お―!」
さっきまで恐怖に震えていた若者たちも
カイの図々しいほどの明るさに引きずられ
歓声を上げて、刃物を手にして集まった。
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