第八話 前田利家があらわれた
さっきから、たこ焼きの屋台の後ろでウロウロと怪しく不審な動きをしている侍がいる。
じっと見ていると目が合い、向こうからズカズカと近付いてきた。
「お主が横井時泰殿か。俺は前田利家という、元織田家の家臣だ。実は、藤吉郎から“たこ焼き”という美味い食べ物の噂を聞いてな。ぜひ儂にも食べさせてくれんか!」
いや、たこ焼きくらいならいくらでも奢ってやるが、って、ええ!? 前田利家!?確かこの男、信長様のお気に入りだったお坊さんをカッとなって斬り殺し、織田家をクビにされて出奔中だって噂を小耳に挟んだばかりだぞ。
歴史の教科書に載っているような大有名人に生で会うと、やっぱりテンションが上がる。
「いくらでも食べさせてやるぞ。付いてこい。」
さっそく、たこ焼きを山ほど作って食べさせると、利家は目を見開き、もの凄い猛烈な勢いでハフハフと平らげ始めた。確か出奔してからは大貧民生活で、毎日の飯にも困るほど大変だったんだよな。
……って、隣で藤吉郎まで一緒になってちゃっかりバクバク食ってんじゃねえよ。
それはそうと、前田利家と言えば「槍の又左」の異名を持つ、戦国時代屈指の槍の名手として有名だ。(おれが今まで鍛えてきたこの身体と武芸、本物を相手にどこまで通用するんだろう?)
ちょっと立ち合ってみたいという好奇心が湧き、食い終わって満足げに息をつく利家に「槍の稽古をしないか」と持ちかけてみると、「おう、いいぞ!」と快諾してくれたので、清州城の訓練場に向かった。
◆
槍の又左と言われる本物の武将に、素人の自分がどこまで食らいつけるのか。
よし、最初から全力全開でいくぞ。
おれは木槍を手に取り、庭の真ん中で利家と対峙した。
「よろしく頼む」
利家は左手が前に来るように半身に構えている。全身の余計な力がすっかり抜けた、恐ろしいほどの自然体だ。
おれも同じように半身に構えた。利家はおれが構え終わるのを悠然と待ってから、挨拶代わりに強烈な横薙ぎを放ってきた。
かなりのスピードだが、おれの反応を上回るほどではない。
おれは「よし、次の一手はどう動くか」と頭の中で考えながら、その一撃を自分の木槍で受け止めた。
その瞬間、おれの身体は吹っ飛ばされていた。
(うわ、何だこの馬鹿力!? )
人間離れした膂力に心底驚く。
戦国時代のガチ武将ってのは、これほどまでにスペックが違うのか。
利家は追撃するそぶりも見せず、ニヤッと不敵な笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
……こんにゃろう。
力勝負では逆立ちしても勝てないと判断し、おれは手数とスピード勝負に切り替えた。
ガムシャラに木槍を振り回す。
かわされれば、即座に次の攻撃へ繋ぐ。
絶妙な間合いを保ち、こちらの動きを読まれそうになれば手を変える。
一瞬でも隙が生まれれば、迷わず踏み込む。
前世の格闘ゲーのコマンド入力のごとく、そんな必死のやり取りを延々と続けた。気付けば、三十分近くも激しく打ち合っていた。
利家もさすがに想定外の長期戦に疲れたのか、肩で息をし始めている。
あのムカつくニヤけ顔も消え失せていた。
だが、どれだけ攻めても決定的な隙はまったく生まれない。
おれは一か八かの勝負に出た。
利家の上段へ向けて、渾身の横薙ぎを放つ。利家は余裕をもった動きで、しゃがんでそれをかわした。
おれはすかさず腰を落とし、右手で槍を引いた。左手を添え、鍛え上げた体幹でガチッと支えながら、踏み込んだ足から螺旋のように回転の力を伝えていく。腰、肩と全体を捻り込み、一気呵成に最速の突きを放つ!
これがおれの秘策。
前世のサラリーマン時代に暇つぶしで読んでいた、格闘漫画に出てくる槍の必殺技を参考にした、『螺旋突き』だ!
ドゴォッッッ!!!
しかし、実戦での初投入は完成には程遠かった。
勢いが強すぎておれの制御を離れ、槍の穂先は利家の体を外れて地面をモロに突き刺してしまったのだ。
激しい音と共に、庭から土煙が上がる。(やべ、やっちまった!)と思って視界が土煙で見え難くなった次の瞬間、おれの首筋には冷たい木槍の感触がぴたりと添えられていた。
「おれの負けだ」
地面を突いた強烈な反動のせいで両腕がガクガクと痺れ、肩にも激痛が走っている。
(チート技のパクリは肉体への負荷がデカすぎる……。
この技、完全にコントロールできるようになるまで、実戦では封印しよう)とおれは心の中で固く決意した。
◆
おれが痛む肩を押さえて立ち上がると、利家が信じられないものを見るような、不思議そうな顔で聞いてきた。
「お主……普段、一体どのような鍛錬をしておるのだ?」
「いや、毎朝そこらへんを走って、適当に素振りをしているくらいだけど」
負けた相手に鍛錬の内容を聞くとは!こいつ馬鹿にしてんのかと腹が立ち、適当に答えた。
すると利家は、呆れたように笑った。
「お前のそのスタミナと、地を這うような頑強な足腰よ。
三十分近くノンストップで攻め続けておったではないか。
一撃一撃が妙に重いし、槍を反らそうとしてもまったく動かん!どんな握力をしとるんだ!何より激しく動いても体幹のバランスが全く崩れん!」
さらに利家は、ギラギラとした不敵な笑みを浮かべ、おれの肩をバシバシと叩きながら宣言した。
「気に入ったぞ、横井時泰! 明日からは俺も毎朝お前の屋敷に来て、その『鍛錬』とやらに付き合ってやる!!」
いや、まじで勘弁してくれ。おれの横井領にブラックな体育会系のノリを持ち込まないでほしい。




