第七話 横井家に救世主あらわる
日課のランニングをなんとかこなして、昼前には本拠である赤目城の大手門前へと到着した。
正直、今日のトレーニングは地獄だった。
昨日、完成したたこ焼きを嬉しさのあまり試食しすぎたせいで朝から胸焼けが止まらず、走りながら何度も激しくえづく羽目になったのだ。
食べた瞬間の圧倒的な幸福と、翌朝の強烈な罪悪感。おれが求めていたあのジャンクフードの洗礼を、まさか戦国時代に味わうことになるとは思わなかった。
そんなおれが城内に入ると、すぐさま父上からの呼び出しがかかった。
城の広間へと入ると、すでに主だった家臣たちがズラリと揃っていた。
おれが姿を現した瞬間、それまでざわざわと騒がしかった広間の空気が、一気に静まり返る。
(うわぁ、何この重苦しい雰囲気……。前世の会社で、やらかした翌朝に緊急の全体会議に呼び出された時みたいで胃が痛い。まじで心が折れそうなんですけど)
だが、今回の問題は。
「時泰、お前、昨日は清洲で信長様とお会いしたそうだな。
何でも“たこ焼き”なる美味いものを作ったそうではないか。
信長様もいたく気に入られたと、わざわざ城から報せが届いたぞ。
……しかし、わしはお前一筋で育ててきたというのに、何も聞いておらぬし、未だに一口も食べさせてもらっておらぬのだがな」
問題は、自慢の息子が聞いたこともない謎のB級グルメを作り上げ、自分への報告もなしに勝手に信長様から販売許可まで毟り取ってきたこと、ではなかった。
「信長様が一番で、どうして父親のわしが二番煎じなのだ!」と、家臣たちの前で父上が本気で半泣きになっていることだった。
周囲の家臣たちも「左様、若殿、それはあんまりにございますぞ!」と目でおれを責め立ててくる。
おれは前世の平社員時代、理不尽に機嫌を損ねた上司への対応で培った言い訳の知識をフル活用し、最速で頭を下げた。
「黙っていて大変申し訳ありません、父上! あれは、清洲の城下でふと思いついたアイデアを手短に試していたところ、本当に偶然、急に信長様が現れてしまわれたのです。決して父上に内緒でコソコソと進めていたわけではございません! もちろん、試作を重ねて完璧に完成したあかつきには、一番に父上に食べていただこうと心から考えておりました!」
「おお! そうであったか! 完璧な完成品を、わしに一番に、か!」
単純すぎる父上は、おれの言葉に一瞬で笑顔になった。
「うむ! 信長様からも『横井の小倅の料理、実に見事であった』との直筆の文が届いておる。次からはどんな小さなことでも前もって報告するように。
よし、堅苦しい話はここまでじゃ! 家臣の皆々も集まれ! さっそく、その『たこ焼き』とやらを皆で食べようではないか!」
さっきまでの重々しい雰囲気はどこへやら、満面の笑みを浮かべた父上は、広間にいる家臣たちの前で大声で宴会の始まりを宣言した。
ちなみに、たこ焼きの城下での商売については、「世の中の仕組みや銭の流れを知る上で、若いうちに良い経験になるだろう」とのことで、父上からも全面的にバックアップしてもらい、横井領の主導で正式に販売を任せてもらえることになったのだった。
◆
「時泰様、昨日はたこ焼きをご馳走いただき、誠にありがとうございました!
それと、あの、信長様の前で『兵糧』などと先走った大嘘をぶっこいてしまい、本当に申し訳ありませんでした! 心からお詫びいたします! おれに出来る仕事があれば、これからは何でもいたしますので!」
信長様にボコボコにされてよほど懲りたのか、藤吉郎が神妙な顔で頭を下げてきた。
「そうか。じゃあさっそく、お前にやってほしい仕事があるんだ。
実は、あのたこ焼きを清洲の城下で売り出そうと思ってな。
藤吉郎、お前は木曽川の治水工事の件で、川並衆やら大工の連中やらにかなり顔が利くだろ? あいつらのなかで暇そうに遊んでるやつらをスカウトして、城下に屋台を出してほしいんだ。
必要な支度金は全部、横井家が持つからさ」
藤吉郎は一瞬だけ(また無茶振りのブラック案件か?)と逡巡したようだが、「わかりました!」とすぐにいつもの営業スマイルで快諾した。
それからしばらくして。
おれの手探りで作ったたこ焼きは、清洲の城下で文字通り爆発的に売れまくった。
一皿六個で『三文』という、お小遣いの少ない庶民でも気軽に手が届く絶妙な価格設定が完全に当たったのだ。
調子に乗ってお好み焼きも作って信長様に試食してもらい、こちらも販売許可を獲得。一皿三文のファストフードとして屋台のラインナップに加えた。
しばらくすると、たこ焼きの屋台が三十台、お好み焼きの屋台が十台にまで増殖し、清洲では知らない者がいないほどの「尾張名物」として広く定着していった。
だが、あまりの人気と急拡大に、しがない小領主である横井家だけでは製造ラインや流通の管理が完全に限界を迎えてしまった。
そこで、おれは父上にお願いし、織田家の上層部を通して、津島と熱田の有力な豪商たちへ販売を丸ごと委託する、いわゆる「フランチャイズ化」に踏み切ることにした。
屋台の経営や売り上げの管理はすべて商人たちに任せ、その代わり、全体の売り上げの一割をショバ代として横井家が回収する仕組みだ。
それからとある日の評定にて。おれは父上へ、記念すべき最初の成果報告を行った。
「父上、商人たちから回収したたこ焼きとお好み焼きの上がりですが、差し引き『六十七貫・五百文』になりました」
「うむ。家臣たちと何やら忙しくで頑張っておるとは聞いておったが、まさか半年の間に、そんな一端の武功に並ぶような大金を稼ぎ出すとはな……!」
父上は深く何度も頷き、自慢気におれを見つめた。
「さすがは、わしが目に入れても痛くない自慢の倅よ! これで横井家の財政も安泰じゃな」
「ありがとうございます父上。……ただ、少しだけ補足させていただきますと、それは半年分のトータルの売り上げではございません」
「ん? 半年分ではない……?」
「はい。今さっき言った六十七貫・五百文というのは、先月『一カ月分』だけの、横井家への純利益になります」
「え? ……先月、一カ月、だけで……ろくじゅう……なな……」
父上の顔から、一瞬にして全ての表情が消え失せた。
「な、なになになになになに」
「これからは毎月、何かが起きない限りは、およそこの程度の額が横井家の金蔵へ自動的に振り込まれてきます」
「なななななななななな!!」
しばらく白目を剥いてフリーズしていた父上は、次の瞬間、赤目城の天井が吹き飛ぶほどの音量で絶叫した。
「う、う、う、うたげじゃぁぁぁぁぁ~~~~!!!! 」
こうして横井家は、尾張のしがない小領主としては完全に分不相応な、破格の定期収入を得るようになってしまった。
だが、「うますぎる話」の裏には、必ず強烈な罠が潜んでいるものである。
この異常な金額の銭を動かしたことで、横井時泰という男の存在は、あの清洲城の魔王・織田信長の目に否応なしに留まることになってしまうのだった。




