第三話 三日普請
「時泰様、お久しぶりでございます!」
「お、藤吉郎じゃないか。今日は何用で清洲へ来たんだ?」
「はっ。それはそうと、時泰様こそどうしてこのような場所に?」
「いや、おれが横井領で色々と面倒を見てやった子供が、城下の大工へ見習いに入ってな。どうしても様子が気になって、内緒で見に来たんだ」
「見習いの様子を、わざわざ直々にですか?」
藤吉郎が不思議そうに目を丸くする。
おれは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「当たり前だろ。うちの大事な領民が、どこの馬の骨とも知らんブラックな職場で使い潰されるなんて、おれのプライドが我慢ならんからな」
「ぶ、ぶらっく……職、場……?」
「ああ、おれの故郷の言葉だ。まあ気にするな。要するに、そいつが理不尽な仕事を押し付けられてイジメられていないか、気がかりだっただけさ」
「そうでございましたか。……実は時泰様、その大工見習いたちも深く関係している話なのですが……」
藤吉郎は少し周囲を警戒するように見回すと、おれにぐっと顔を寄せ、声を潜めた。
「実は、いま清洲城の城壁(石垣)の修復工事が、完全に難儀しておりましてな」城壁工事? おれは脳内の歴史データベースを検索する。
「はい。何度も崩れて一向に進まず、普請奉行(建築責任者)殿も頭を抱えておられます。……そこで、もしこの工事を儂がうまく取り仕切って終わらせることができれば、一気に出世の道が開けるはずなのですが……」
なるほど。ピンときた。これ、秀吉の『三日普請』ってやつか。
■三日普請織田信長の居城・清洲城の修復工事において、後の豊臣秀吉こと木下藤吉郎が、通常なら何日もかかる工事を、組織の改革や徹底した分業体制によってわずか三日で仕上げたとされる有名な逸話である。
出世レース、マウンティング合戦か。どこの世界もサラリーマンは大変だな、と同情の目を向ける。
すると藤吉郎は、こちらの様子を伺うように、上目遣いでにかっと笑った。
「そこで時泰様に、何かこの難局を切り抜ける『知恵』を貸していただけないかと……!」
◆
十日後に清洲城へ訪れると、藤吉郎が本当に信長様へ談判して城壁の工事(普請)を勝ち取ったらしく、現場をあわただしく飛び回っていた。
職人たちを複数の組に分け、出来高に応じて褒美を出し、互いに競わせる。やっている管理手法自体は実に正しい。普通ならこれだけでも十分に工期は縮むはずだった。
だが、おれに言わせれば、圧倒的に足りない。
城壁を従来通りの設計で作ったとして、あの信長様が心から満足するだろうか。たとえ三日で突貫工事を終わらせたとしても、また強い嵐がくれば土台から崩れ、同じ改修を繰り返す羽目になる。それではただのスピード重視の手抜き工事だ。
信長様に特大のインパクトを与えるには、構造そのものを変えなきゃ駄目だ。
「おい、藤吉郎」
「あ、時泰様! もしや、何か良い案を思いついてくださったのですか!?」
藁にもすがるような目で駆け寄ってくる藤吉郎に、おれは冷徹に問いかけた。
「その城壁、今はどういう設計で作る予定だ」
「はい! 土塁を高く築いた後、その上に板塀を立てる手筈になっておりますが……」
「だよな。だがそれだと、次に大雨や嵐がくれば土塁の泥が流れて、またすぐに改修が必要になるぞ」
「しかし時泰様、城壁の普請には古くから決まった手順がございまして、本来の基本工程を崩すわけには……」
(かーーっ!! 未来の豊臣秀吉ともあろう男が、何をぬるいことを言ってやがる! 本来の工程だと? お前は後年、どっかの城を丸ごと水に沈める大作戦を実行する、とんでもない発想の天才(鬼才)だろうが! 詳細はおれも詳しく知らんけど!)
「藤吉郎、ちょっとこっち来い」
おれは昨日、藤吉郎から相談された瞬間に、前世のネット動画か何かで見たうろ覚えの記憶を必死に手繰り寄せて作ってみた、『漆喰コンクリート風のドロドロ』を取り出した。
石灰とか砂とか適当な小石を混ぜてこねたら、なんかガチガチに固まったやつだ。
「いいか、この泥はな、遥か西の国で考案された『人工的に作ることができる岩石』だ。石灰と砂と細かく砕いた石を特定の比率で混ぜると、しばらくしてガチガチに固まる。こいつをな、土塁の表面に塗りたくって―って、おい。藤吉郎、なんでそんな困惑した顔でフリーズしてんだ」
「いや、その……城壁は作り方がお国で決まっておりまして。その『こんくり』とかいう怪しげな泥を用いると作業工程がガラリと変わり、現場の大工連中も戸惑って余計に時間がかかるかと……」
(かーーっ!!天下の太閤秀吉が、まだそんな普通の社畜みたいな言い訳をのたまうか!)
「出来ない言い訳を考えてる暇があったら、出来る手法を死ぬ気で考えろ!!」
おれは藤吉郎の胸ぐらを掴まんばかりに怒鳴りつけた。
「いいか、そんなぬるい固定観念は今すぐドブに捨てろ!
もし今、この瞬間に今川の大軍が攻めてきたらどうする? 『すみません、本来の工程があるんであと十日ください』って敵に頭を下げるのか!?
そんなの通用するわけないだろ! 好機なんて一瞬で消えるんだぞ!
お前が踏ん張る時はいつだ!?
妥協しちゃいけない時はいつなんだ!? 今だろうが!!」
前世のブラック企業で散々上司に叩き込まれ、そして今の人生で自分に誓った言葉が、熱い弾丸となって藤吉郎の脳天をぶち抜く。
「……よし、決めた!」
おれは拳を握りしめた。
「明日からおれも毎日この普請場に出る! 飯なんか歩きながら食う! 突っ立ったまま腹に詰め込む! 寝る時間なんて二時間もありゃ十分だ!!」
おれの限界突破した煽りに、ついに藤吉郎のなかの『怪物の遺伝子』が音を立てて燃え上がった。
その目がギラリと据わる。
「……そこまで、そこまで儂の可能性を信じてくださるのですか、時泰様……!!
よし、わかりました!
儂も飯は立ったまま食いますし、何なら小便も大便もそこらへんの道端で適当に済ませます!!」
「いや、トイレはちゃんと厠へ行けよ」
◆
そして七日後。
おれたちは、泥のようにフラフラになりながらも、ついにそのすべてをやり遂げた。
周囲を見渡せば、地獄の過密工程を生き抜いた職人や足軽たちが、全員やり切ったいい笑顔を浮かべたまま、文字通り泥のようにぶっ倒れて爆睡している。
そして、おれたちの目の前には、これまでの常識を完全に置き去りにした、前より明らかに高く、厚く、やけに無骨で、そしてやけにデカい、白亜の城壁が堂々とそびえ立っていた。
「時泰様……、できました。本当に、できてしまいましたな……」
「ああ、できたな」
おれはおれが思いつき半分で言ったレシピで作られたそれを見上げ、心の中で激しくセルフツッコミを入れた。
(…………いや、すっげぇデカい白い壁が出来ちゃったな、おいっ!! これ完全に戦国時代に作っていい建造物のスケール超えてるだろ!)
「藤吉郎」
「はっ」
「あとは任せた。おれはもう限界だから帰って寝る」
「は?」
それだけ言い残すと、おれは踵を返し、城の自室へとそそくさと退散した。
この後、主君である織田信長様にこれ(現代技術の結晶)をどう説明すべきかという、まさに「地獄のプレゼン」を想像して絶望し、半泣きでその場に固まっている藤吉郎一人を現場に残して。
「……これ、殿になんて説明すればいいんだ。儂、うつけの真似して誤魔化せるレベルを遥かに超えてるぞ……」
後に歴史を根底から覆す「ゲームチェンジャー」こと、豊臣秀吉がこの世に生まれた瞬間であった。




