第二十一話 丸根・鷲津砦の戦い(その9)
「朝比奈様、敵将三名を討ち取りました。首はこちらにございます」
差し出された三つの首実検を行い、朝比奈泰朝は深く安堵の息を漏らした。
「うむ。佐久間盛重、飯尾定宗、織田秀敏の首で間違いなきこと、確かに見届けた! 急ぎ義元様のもとへ届け、戦果を報告するのだ!」
「ははっ!!」
首を携えた使者が去るのを見送りながら、泰朝は冷や汗を拭った。
(恐ろしい敵であったわ……。しかし、これで何とか儂の首も繋がったというもの。義元様もお喜びになるであろう。
だが、我が方も手酷い痛手を負った。まずは兵の再編が必要じゃな。戦死者の収容と休息ののち取り掛かるとなれば、義元様の本隊へ合流できるのは、どれほど早くとも二日はかかるであろうな……)
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一方、丸根砦の正面から突撃した松平勢の被害は、さらに凄惨を極めていた。
軍勢二千のうち、戦死者が二百。さらに負傷者は五百を超えている。
初陣の元康にとって、それはあまりにも重すぎる代償だった。
「殿! 丸根砦、鷲津砦が陥落いたしました! 敵将三名も無事に討ち取られたとのことにございます!」
報告を持ってきた家臣に対し、松平元康は苦渋に満ちた表情で低く応じた。
「……そうか」
元康は拳を血がにじむほど強く握りしめ、遠く煙の上がる砦を睨み
つけた。
(なんなのだ、この戦は! 織田め、これほど出鱈目な戦を仕掛けてきおって……! だが、これで終わりではないぞ。
兵の再編が終わり次第、ただちに義元様へと合流し、尾張の田舎侍どもを根こそぎ制圧してやるわ!!)
◆
今川義元は、本陣の床几に腰掛け、丸根砦と鷲津砦の攻略報告を今か今かと待ちわびていた。
ドゴゴゴオオオオーー!
地を震わせるような轟音が、遥か遠方から響いてきた。
驚いて砦の方角を見ると、天を赤々と染め上げる凄まじい炎が見える。それから暫くして、息を切らせた伝令が本陣へと駆け込んできた。
「伝令にございます! 丸根・鷲津の両砦、ともに陥落いたしました! 敵将三名も無事に討ち取りましてございます。首はこちらに!」
「うむ、ようやった。
ふむ……フッ、フハハッ!よほどこのわしの首が欲しいと見える。いくら睨み据えられたとて首となってはな!! この三つの首は確かに敵将らのものよ。偽物の首を届け、小細工を弄してくるかと思うたがな。ガハハハッ、見事な戦果よ!!」
差し出された首を検分し、義元は満足げに頷いた。
しかし、すぐに不審げに眉をひそめる。
「それにしても、先ほどの爆発は何事じゃ。あの炎の勢いはただ事ではなかろう」
「はっ! 織田方が砦に火薬を備蓄していたようで、落城の火がそれに引火して爆発したとのこと。砦が吹き飛んだようでございまする」
報告を聞いた義元は、扇子でポンと手を打ち、低く笑い声を上げた。
「くっくっくっくっ……。備蓄していた火薬に火がついただと? 敵は焙烙玉を使っておったと聞いたが、扱いを誤って自ら引火させたのであろうな。火薬の危険性すら知らぬとは、織田の身の程知らずどもは、やはり噂通りの『うつけ』よのう!!」
義元は悠然と立ち上がり、全軍を見渡して堂々と軍配を掲げた。
「全軍、前進じゃ!! この先の桶狭間まで進み、本日はそこで陣を張る。明日、残る残党の砦どもを滅ぼしたのち、兵を集めよ。いよいよ尾張を根こそぎ滅ぼす戦じゃぁぁぁ!!」
「「「応!!! 応!!!」」」
今川軍本隊の地鳴りのような勝鬨が響き渡る。義元は、運命の窪地へと歩みを進めるのだった。




