第二十話 丸根・鷲津砦の戦い(その8)
「はっはっはっ!! 織田の兵どもが弱兵だらけというのは、どうやら誠だったようだな! 逃げ回るばかりで、まるで手応えがないわ!! おらぁ、そこをどけえぇぇい!!」
「忠勝、初陣といえどいささか張り切りすぎだ。あまり前に出すぎるでない!」
叔父の本多忠真の制止の声にも、若き日の本多忠勝は不敵な笑みを崩さない。
「叔父上、織田の弱兵など物の数ではござらん! このまま丸根砦へ乗り込み、大将である佐久間の首をこの手で挙げてみせましょう!」
忠勝は、当時の平均を大きく上回る身の丈一九〇センチメートルはあろうかという見事な体躯を躍動させ、大槍を勢いよく振り回しては、織田の兵を次々と薙ぎ倒していく。技はまだ粗削りながらも、その生まれ持った膂力は目を見張るものがあった。
その時、後方の鷲津砦の辺りがにわかに騒がしくなった。ふと見れば、織田方の武将が一人、迫り来る今川勢を凄まじい勢いで蹴散らしながら、こちらへ向かって猛然と突進してくるではないか。
(ふん、織田の雑兵の中にも、少しは骨のある奴が残っておるようだな。……よし、俺の槍の錆にしてくれるわ!)
「織田の将よ、ここから先へ通すわけにはいかんな! 貴様も俺の槍の錆となれぃ!!」
忠勝は、大槍を中段に構え、ギラリと目を輝かせて敵を待ち受けた。
◆
丸根砦までもう少しというところで、行く手を遮るように今川方の武者が立ち塞がった。
「はっはっはっ! これから討ち取る佐久間の前菜代わりだ! 死ねい!!」
敵の言葉が、時泰の逆鱗に触れた。
(なんだと……、佐久間のおっさんを討ち取るだと!)
「お前ごときが、佐久間のおっさんの首を取るなどと抜かすなぁぁぁ!!!」
時泰は突進してきた勢いのままに、猛然と地を蹴ると、棒高跳びの要領で長槍の石突を地面へと突き立てて前方へ跳んだ。
自身の身体を宙へと浮かせる。槍の柄が限界までしなり、ギシギシと悲鳴のような音を立てた。
次の瞬間、『ガッガガガッ!』と石突が地面を削る。しなった反動を利用して槍の石突を鋭く前方へ跳ね上げた!
その一撃が、中段に構えていた忠勝の槍を捉え、遥か空中へと弾き飛ばした。
腕ごと槍を跳ね上げられ、完全にがら空きとなった忠勝の胸元。そこへ時泰は、かつて前田利家相手に繰り出し、苦い失敗を味わったあの技を放つ。
「螺旋突きぃぃ!! 死ねぇぇぇい!!!」
凄まじい回転を伴った穂先が、容赦なく忠勝へ迫る。それを見ていた叔父の本多忠真は、全身の血の気が引くのを感じた。
(い、いかん! 忠勝では、あの武者には逆立ちしても勝てぬ! まるで修羅のごとき化け物じゃ……!)
忠真は咄嗟に己の槍を時泰へと投げつけ、その必殺の突き技を強引に阻んだ。そしてその隙に、恐怖で顔面を引き攣らせ、立ち尽くしている忠勝へと飛び掛かり、二人はもつれ合うようにして尾根の下へと転げ落ちていった。
◆
丸根砦にはすでに無数の今川勢が殺到しており、押し寄せる敵兵の波に阻まれ、時泰はそれ以上近づくことができずにいた。激しく燃え上がる炎を前に、時泰は喉がちぎれんばかりに、力の限り叫んだ。
「おっさん! 佐久間のおっさん!! 時泰だ! 約束が違うぞ!!!逃げろ、逃げてくれえぇぇ!!」
「時泰様、もうこれ以上は危険でございます! 鷲津砦へ引きましょう!」
ようやく追いついた藤吉郎が叫び、足軽たちと共に後ろから時泰を羽交い締めにする。それでも時泰は暴れ、赤々と燃える砦に向かって叫び続けていた。
◆
一方、火煙が立ち込める丸根砦の本丸。
「秀敏殿、定宗殿。……どうやら潮時でござるな」
黒煙にむせびながら、守将の佐久間盛重が静かに刀を抜いた。
「がははははっ! いや、実に楽しい戦であったのう! これだけ大暴れできれば、今生に一片の思い残しもないわ!!」
織田秀敏が血まみれの顔で豪快に笑う。
「ここへ火を放って、あやつらに合図を送った後、脱出した兵たちに井戸を爆破して塞ぐよう命じてある。ほどなくして、砦の周りの雑木林や葦原へも火が回るはずじゃ。……いい塩梅に薄暗くなってきたわい。これだけの大花火、遠くの義元もさぞや喜ぶことだろうて!」
飯尾定宗が、満足そうに夕闇の空を見上げた。
「では、最後に今川の雑兵どもに、織田武将の誇りと意地を見せてやりましょうぞ!
義元おぉぉ! 信長様が貴様の首を必ずや獲ってくれるわ! 楽しみに待っておれえぇい!!」
盛重たちの凄絶な怒声が、殺到する今川勢の怒号を圧して、赤く染まる空へと響き渡った。
◆
丸根砦が激しい炎と黒煙に包まれた直後、今川勢の地鳴りのような勝鬨が戦場に響き渡った。
「織田秀敏、討ち取ったりぃ!!」
「飯尾定宗、討ち取ったりぃ!!」
「佐久間盛重、討ち取ったりぃ!!!」
(おっさんたちが、討たれた……)
その無情な勝鬨をかき消すように、次の瞬間、丸根砦が天地を震わせる大音響とともに吹き飛んだ。
ドゴゴゴオオオオーー!!!!!
時泰たちが仕掛けておいた火薬樽が、一斉に大爆発を起こしたのだ。炎が夜空を真っ赤に染め上げ、砦のすべてを飲み込んでいく。
「おっさん、うぁっ、うわああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
時泰は、糸が切れた人形のようにその場に膝から崩れ落ちた。
目の前の大火災をただ見つめるだけの放心状態となった時泰を、藤吉郎たちは無理やり抱え上げる。
そのまま兵たちと共に、命からがら鷲津砦の脱出路へと運んでいくのだった。




