表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/24

第十九話 丸根・鷲津砦の戦い(その7)

朝比奈泰朝は遠目に丸根砦を睨み据えた。


防壁すら瓦礫と化したあの砦には、防御する術など尽きたように見える。


しかし、山を崩すような常軌を逸した連中だ。


まだ他に何か恐ろしい手を隠しているかもしれん。


(ここは包囲に留めて、先に他の砦から落としたほうが賢明か……。どうせ奴らは砦に籠るのがやっとで、動くことすらできまい。周囲の砦を落とした後、じっくりと攻め殺してくれるわ!)


そう方針を固めかけたその時、血相を変えた伝令が陣中へ駆け込んできた。


「殿! 義元様より、直々の伝言にございます!」


差し出された書状を受け取り、一読した朝比奈泰朝の顔が真っ青に染まった。


書かれていたのは、砦の攻略に時がかかりすぎていることへの激しい叱責。そして、日暮れまでには何が何でも落とせという絶対の命令であった。


確かに、この圧倒的な兵力差であれば圧勝間違いなしと、松平元康を補佐して攻略を志願したのは他ならぬ泰朝自身だった。


ここで失敗すれば元康の初陣に泥を塗り、三河の松平勢からの不信を買いかねない。なにより義元様は、大高城への兵糧入れを成功させ、この両砦を速やかに落とすことで、一気呵成に織田を突き崩す算段なのだ。


その勢いのまま京へ進軍する。それが義元様の大方針であった。


(……俺に、後退の道はないか)



「皆の者、聞けいっ!!」



泰朝は血走った目で立ち上がり、全軍へ向かって吠えた。


「義元様より御下知があった! 日暮れまでにあの砦を落とせとのことじゃ。


まずは丸根砦と鷲津砦の連携を絶つ! 両砦を繋ぐ尾根道を分断し、孤立させた上で一気に攻め落とすぞ!」


朝比奈は凄まじい気迫で軍配を振り下ろした。



「全軍! 総攻めじゃあぁぁぁ!!!!」





「佐久間様! 今川勢、松平勢、総攻めにございます!」


物見の悲鳴のような報告を、佐久間盛重は泰然と受け止めた。


「皆の者、聞いたか。かねてよりの打ち合わせ通りに動け! 尾根の守備隊に伝えろ! 温存していた焙烙玉を今すぐ敵の頭上へ叩き込めとな!! 時延殿、時泰、藤吉郎。お主たちは尾根が分断される前に、すぐさま鷲津砦へ向かってくれ。飯尾定宗殿、織田秀敏殿は、儂と共にこの丸根砦に残って敵を食い止める!」


「佐久間様! お気をつけて。この後、大仕事が待っているのですから、絶対に遅れないでくださいよ!」


時泰の憎まれ口に、盛重は「がははははっ!」と豪快に笑い飛ばした。


「何を生意気な! 儂らがどれほどの死線を潜り抜けてきたと思っておる。お前ごときに心配されるいわれはないわい。 なあ、時延殿!」


「……盛重殿、世話になった。……いずれ、また、酒を酌み交わしましょうぞ!!! さあ、行くぞ、時泰、藤吉郎!」


時延に促され、時泰たちは走り出した。





「……行ったか」


横井親子らの姿が見えなくなったのを見届け、盛重はポツリと、沈痛な面持ちで問いかけた。


「飯尾定宗殿、織田秀敏殿。……貴殿らは、時泰の作ったあの脱出路から今すぐ逃げてくだされ。何も儂の我が儘に付き合う必要はありますまい」


今川義元の本陣を前進させるための策として残る自分とは違い、二人は生き残るべきだと諭す盛重。


しかし、飯尾定宗は「はっはっはっ」と愉快そうに笑い飛ばした。


「何をいまさら。義元を完全に欺く大芝居だ! 盛重殿の首一つだけでは重みが足りますまい。のう、秀敏殿?」


「さよう。それに儂ももう齢六十に近い。戦働きなど、これが最後になるじゃろうて。畳の上で病気で死ぬなど、まっぴら御免じゃ!!」


二人のいさぎよくも熱い言葉に、盛重の胸が震えた。


「がははははっ! わかりもうした! ならば、今川の弱兵どもに織田武将の誇りと意地、とくと見せてやりましょうぞ!!」


「「応!!!」」


本丸に立て籠もる三人の雄叫びが、迫り来る今川軍の足音をかき消すように響き渡った。





砦に迫り来る今川勢を巧みにいなしながら、時泰たちは砦の奥にある井戸へと向かう。


井戸の手前には頑強な門を設け、敵の侵入を徹底的に阻む構造にしていた。

ここが最後の防衛線だ。

手筈では、丸根砦から佐久間様たちが脱出する際、あちらの砦へ火を放つことになっている。


事前に油を深く染み込ませておいた木材だ、一瞬で激しく燃え上がるに違いない。

時泰たちは、その赤々と上がる炎を合図に、この鷲津砦からも脱出を開始する。


さらに、両砦の周囲にある雑木林へも余さず油を撒いてあるため、火が回れば山全体が大火災に包めるはずだ。


おまけに、砦には火薬樽を仕掛けてある。爆発と炎上が起きれば、遠く離れた今川義元本隊からでも、両砦が完全に攻め落とされて灰燼に帰したことがはっきりと確認できるだろう。


これが時泰、最後の策であった。



(ふっふっふっ、おれたちが初代ボンバーマンの称号を松永久秀から奪ってしまうな。)





ほどなくして、丸根砦の空から、ごうごうと真っ赤な火の手が上がった。



作戦の合図だ。おれたちは急ぎ、脱出路である井戸へと兵たちを誘導する。



だが、その避難する列の中には、なぜか丸根砦にいるはずの佐久間様の手勢が数多く混じっていた。嫌な予感が胸をよぎったその時、近くを走る兵たちの悲痛な声が耳に飛び込んできた。



「佐久間様から、拙者に最後の言葉があった……。お主たちの命を横井の若殿に託す、とな」


「おれもだ。本当なら、最後まであのお方のお供をさせて頂きたかった……!」


(……な、に……?)


何を言っているんだ、こいつらは。



おれは息を呑み、隣にいる父上と不意に視線を交わした。父上の顔は、苦渋に歪んでいた。



「時泰、盛重殿は砦に残る。これは、今川義元を完全に欺くための、盛重殿たっての願いなのじゃ!」



父上の言葉に、おれは頭がぶん殴られたような衝撃をうけた。



「……時泰!?  何をしている、戻れ!!  藤吉郎、力ずくでも時泰を連れ戻せ!!!」



父上の制止を振り切り、時泰は崩れゆく山道の向こう、炎上する丸根砦の見える最前線へと向かって、脇目も振らずに走り出していた。



藤吉郎が焦った顔で、時泰の後を追いかけていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ