第十八話 丸根・鷲津砦の戦い(その6)
丸根砦で松平勢が文字通り血の海に沈んでいるのを見て、朝比奈はつぶやいた。
「やはりな。だが、あの砦の弱点も見えた。鉄砲隊を準備させろ! 撃ちかけながら登れば矢も射ることができまい。松平勢へも鉄砲隊を送れ」
◆
「佐久間様! 朝比奈勢が動き出しました。鉄砲隊を前に出しております」
盛重は砦の狭間から身を乗り出し、敵の陣形を睨みつける。
「なに! いかほどじゃ!」
「はっ! およそ二百。松平勢へも鉄砲隊を同数送っております」
「ちっ、二百だと!? 松平のバカどもと違って、朝比奈のやつは嫌な手を打ってきやがる。外からバンバン撃ちかけられたら、こっちが矢を射る前に頭をぶち抜かれちまうぞ!」
盛重は床を踏み鳴らし、周囲の伝令たちに怒鳴り散らした。
「守備隊に伝えろ! いいか、敵の火縄が火を吹いている間は、絶対に頭を出すな! 盾に隠れて鉄砲に注意しろと触れて回れ!!」
指示を飛ばしながら、盛重は不敵に笑った。
「くっ、さすがは朝比奈よ。この砦の弱点をもう見抜いたか。だがな……織田にも素晴らしい才覚をもった武将が育っていることを思い知るがいい!」
敵の鉄砲雨が降り注ぐ中、盛重の視線の先では、時泰と藤吉郎が指示を飛ばしていた。
「怯むな、盾板を前に出せ!今のうちに焙烙玉の準備じゃ!導火線の長さを揃え、湿気らせるなよ!指示があるまで絶対に点火するな!」
「火縄の予備を回せ!タイミングはおれの合図をまて!!」
命を輝かせる若者たちの胆力を前に、盛重はふっと、穏やかな笑みを浮かべた。
「横井の倅と藤吉郎といったか……。頼もしいじゃねえか。未来のあるガキどもにお膳立てしてもらえるたぁ、冥土の土産にゃ上等だ。……よし、朝比奈の鼻をあかしてやろうじゃねえか」
◆
「時泰様、朝比奈勢が動きました!」
「佐久間様からも伝令が届いた。敵は鉄砲隊を前に出してきたそうだな。……よし、予定通りだ。できるだけ持ちこたえながら、順次後退しろ。ここが一番の勝負時だぞ!」
「ははっ!」
藤吉郎が力強く頷き、すぐさま守備隊のもとへ駆けていく。
ドドドーーン!!!
凄まじい轟音とともに、鉄砲の銃声が砦中に響き渡った。
麓からの激しい鉄砲の援護射撃を受け、松平勢と朝比奈勢の兵たちが怒涛の勢いで坂を登ってくる。
「無理はするな! 曲がり角まで敵が迫ったら、道を崩して後ろへ退け!」
織田勢は犠牲を出しながらも、藤吉郎の的確な指示のもと、混乱することなく一歩一歩防衛線を下げていく。
一方、ふもとの朝比奈陣中。
「朝比奈様、織田勢を中腹ほどまで押し込んでおります!」
報告を聞いた朝比奈泰朝は、険しい表情で砦を見上げた。
「二刻(約四時間)ほどか……。思いのほか時がかかっておるのう。織田勢め、退き際に道を崩しておるせいで、こちらの足並みが乱れて補修に時間がかかるわい」
泰朝は忌々しげに舌を打った。
「なんとか日暮れまでには落としたい。あと少しだ、覚悟しろよ!」
◆
「佐久間様! 時泰殿から、例の仕掛けを発動する許可を求めております!」
伝令の叫び声に、佐久間盛重はニヤリと豪快に笑った。
「よく粘った! 時泰に伝えろ、時は来たとな!!!」
丸根砦と鷲津砦の斜面に沿って作られた九十九折りの通路には、普段から道が崩れないように、あちこちに頑丈な木柱で補強が施されていた。
だが、その補強のための柱を破壊することにより、人為的な大土砂崩れを引き起こす。それこそが、時泰たちが仕込んでおいた秘密の罠だった。
(もっとも、大雨でも数日続けば自然に崩れちゃうくらいの、かなりギリギリの強度で作ってあったんだけどな。とはいえ、今川勢への仕掛けならば、これで十分だ!)
佐久間様から、ついに許可が下りた。
「藤吉郎、点火してくれ!!」
「ははっ!」
藤吉郎が合図を送ると、直後、大地を揺るがすような低く重い「ズズズズーーン!」という不気味な地鳴りが響き渡った。
時泰たちが仕込んでおいた火薬に火を付け、通路の補強柱の土台をごと一斉に吹き飛ばしたのだ。
「ゴゴゴゴゴ……」
支えを完全に失った斜面が一気に大崩落を起こし、九十九折りの狭い通路を密集して登っていた今川の兵たちが、大木や大量の土砂へと容赦なく巻き込まれていく。
「松平様、お下がりください! 本陣まで土砂が迫っております!」
元康はふもとの本陣から、山が丸ごと崩れていく光景を、信じられないものを見る目で見つめた。
「な、な、な、何があったんじゃ!? なぜ山が崩れたのだ! いや、崩したのか。そんな馬鹿な! このような戦い!!!!」
一方、朝比奈の陣中にも悲鳴のような報告が飛び込む。
「朝比奈様! およそ五百の兵が、あの山崩れに巻き込まれました!」
「おのれ、佐久間! 己の立て籠もる山を自ら崩すとは、正気かっ!!」
朝比奈泰朝は怒りで顔を歪ませ、即座に軍配を引いた。
「体勢を立て直す、一旦引け!!!」




