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第十七話 丸根・鷲津砦の戦い(その5)

元康からの伝令が朝比奈 泰朝のもとを訪れていた。


「これより我が方、丸根砦へ攻め込みまする。時を同じくし、鷲津砦へ攻め込まれんことを、とのことです」


「うむ、しかと承った。

松平勢の動きに合わせるゆえ、まずはそちらから先陣を切られたし、と元康殿にお伝えくだされ」


伝令が去った後、朝比奈勢の家臣が口を開く。


「元康殿は、先刻の口合戦で相当にお怒りのご様子ですな」


「うむ、怒りに任せてあの砦を攻めようなどとは。まだまだ戦の経験が足りぬわ。

あの程度の煽りには、儂は簡単には乗らん。


良いか、我らはまずは囲むだけでよい。敵方の出方を見極め、攻め手を考えるとしよう。

あの不気味な口合戦を仕掛けてきた男の裏、何か別の罠を警戒せねばならん」


「ははっ! 承知いたしました」





「これより砦へ攻め入る! 一兵たりとも逃すなッ!!」


「おおおおおっ!!!」


二千の松平勢が、雄叫びを上げて丸根砦へ襲い掛かった!


槍衾を先頭に、砦の登り口へと一気に突っ込む。


「な、なんじゃこれは! 聞いていた話とまるで違うぞ!」


なだらかだったはずの斜面は、崖のように削り落とされていた。

上るには、くねくねと折れ曲がった狭い一本道を進むしかない。


勢いのついた松平の兵たちは、その狭い山道を強引に駆け上がっていく!


しかし、どれほど大軍を送り込もうとも、その狭い山道はあまりにも狭すぎた。

先頭が立ち往生すれば、後ろがドミノ倒しのように詰まる。

角にある木柵の前で、動きが止まった。

そこへ。

ヒュンヒュンヒュンッ! と、矢倉から織田方の矢の雨が容赦なく降り注ぐ!身動きの取れない松平勢は、格好の的だった。


たちまち大混乱に陥る。

必死に崖をよじ登ろうとする兵には、上から煮えたぎる油がぶちまけられ、弓矢で次々と射落とされた。


半刻が経った。だが、一歩も砦に近づけない。

ただ、味方の死体の山だけが積み上がっていく。


「ええい、引け! 一旦引くのじゃーーっ!!」



丸根砦の陣中。


織田方の将、佐久間盛重、横井時延、飯尾定宗、織田秀敏の四人が、泥まみれの顔で膝を突き合わせていた。


「ハハハッ! 見ろ、松平のやつらめ! 面白いように引っかかりおったわ!」


飯尾定宗が、砦の隙間から下を見下ろして大笑いする。


そこには、狭い一本道で大混乱に陥ったり、斜面を登ろうとしたりして、次々と射落とされていく松平勢の無残な姿があった。


「盛重殿の策が嵌まりましたな。事前に斜面を削り落としておいて大正解だ」


横井時延が、満足げに深く頷く。

(ふっふっふっ、ほんとは時泰の策なんじゃ)


守将の佐久間盛重は、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ふん、松平め、口合戦で少し煽られただけで、周りも見えずに突っ込んできおった。青二才が、まんまと罠にかかりおったわ」


(それにしても、時泰がやった煽りは傑作じゃったわ。思い出すだけで笑えるわ!)


そこに、織田秀敏が引き締まった表情で言葉を挟む。


「だが、敵は二千。まだ油断はできぬぞ。元康の背後には、今川の朝比奈勢も控えているはず。奴らが動き出せば、この砦とて瞬く間に呑み込まれるぞ!」


「わかっておる。矢をケチるなよ! 登ってくる奴らは全員、崖の下へ叩き落としてやれ!」


盛重の鋭い一喝に、将たちの士気が一気に跳ね上がる。


「おうッ!!」


織田方の守備兵たちが、さらに勢いづいて矢を放ち始めた。




side 時泰と藤吉郎。


「時泰様,松平勢が攻めてまいりました!」


「朝比奈勢はどうした?」


「はっ! 朝比奈勢は鷲津砦を包囲したまま動いておりません。」


(なるほど、元康のようには煽りにのらないか。さすが朝比奈!おれが知っている有名武将だけあって、簡単にはいかないな)


「では、丸根砦側を中心に守るぞ!矢を切らさないように気をつけろよ。あと、焙烙玉はまだ使うな」


「ははっ!」


佐久間様を始め、織田方の将は経験豊富なだけあり的確に指示をしている。だが、その実動指示を受けて動く藤吉郎の動きは、凄まじかった。


横井領の訓練施設で鍛え上げた兵たちを巧みに操り、矢玉の補給から進退の差配、疲弊した兵の入れ替え、さらには押し込まれそうになった前線への怒号のような鼓舞まで、すべてを一人で完璧にこなしている。


こいつの頭の回転はどうなっているんだ。

これが、未来の太閤秀吉か。



(勝負は、朝比奈勢が攻め込んできた時だ。そこからいかに耐え抜くか。作戦の成否はそこに懸かっている)


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