第十六話 丸根・鷲津砦の戦い(その4)
side 松平元康
大高城への兵糧搬入は成功した。
敵地を抜けて兵糧を運び込み、この後に丸根砦と鷲津砦を攻める。
言葉にすればそれだけだが、初陣のわしに任せるには十分すぎる大役だ。
正直、自信になった。
家臣たちの視線もどこか誇らしげだ。
このまま砦を攻略し、義元公に報告すれば、さらに評価も上がるだろう。
やがて前方に丸根砦が見えてきた。
小さな砦だ。
織田方の防衛線の一つではあるが、五千の軍勢を前にしては波に立ち向かう小舟のようなもの。
落とすのは難しくない。
だからこそ、わしはまず降伏を勧めることにした。
無益な死者は少ない方がいい。
功績も手に入り、慈悲深い武将という評判も得られる。
一石二鳥よな。
「もはや勝負は決しておる! 降伏せよ!」
しかし砦の上に現れた若者は、降伏するどころかこちらを指差した。
「元康! お主は五千で六百を囲んで、まだ不安だというのか!」
織田方の兵は喜んでいる。
とりあえず教えてやった。
兵法の基本を、当たり前の常識を。
「多勢で挑むは戦の常道じゃ! 織田の田舎侍は戦の基本すら分からんのか! 儂が直々に戦の常識というものを教えてやる!」
ふん、本当の戦も知らんのか! 田舎侍が!
ところが若者はなぜか勝ち誇った顔をした。
嫌な予感がする。
「おっと、真面目な返しは想定内。
お前の説教、ちっとも響かん。
ではここで元康殿の秘密を大暴露!」
な、何だ、わしの秘密だと!
「夜も眠れず敵を心配!
朝は薬湯をすすり腹いっぱい!
二千の兵を率いてもう限界!
そんな軟弱が戦に出る? 論外!
養生好きの坊ちゃん武将!
おれたち最強織田武将!
アイアム横井時泰!
おい、屁たれ元康!
その軟弱な尻に人参を
突き刺してやるわ!」
「なっ、なっ、なにを不届きな!!」
織田勢と松平勢の大歓声によって、元康の怒鳴り声が完全にかき消された!!
「夜襲を心配してなにが悪いんじゃ!
健康管理のなにが悪いんじゃ!
二千の兵をひきいて限界だと!
養生好きの坊ちゃん武将だと!
屁たれだとおぉぉ!!
わ、わ、わしの尻に人参っ!!!!」
「殿、落ち着いてくだされ」
あわてて、忠次が声を掛けた。
「こ、こ、これが落ち着いていられるか!!
アイアム横井時泰とやらを捕らえて儂の前にひきずりだせ!」
「殿、お待ちを!
攻めるには、朝比奈様に伺いをたてねばなりません。
それに、アイアム横井時泰ではなく、横井時泰かと。」
「そんなことはどうでもよいわあぁぁ!!!
ぜんぐーーーん、突撃いぃぃ!!!」
元康が青筋を浮かべ、
顔を真っ赤にして軍配をブンブン振りまわして叫んだ。
「いっ、いかんっ! は、早く殿をお止めしろ!」
元康は家臣たちに羽交い締めにされ、
陣中に下がっていった。
アイアム横井時泰!!
あいつだけは絶対に、絶対に許さん!!!




