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第十五話 丸根・鷲津砦の戦い(その3)

父上と佐久間盛重様が、清州城から帰ってきた。

無事に、おれの案は信長様に受け入れられた。


これで後は、今川軍相手にどれだけ粘れるかにかかっている。





夜明けとともに、物見の兵から鐘の音が騒がしく響いた。


敵襲!!!


遠くに見える東の街道に土煙を上げ軍勢が侵攻していた。

先頭には三河の旗。


「松平勢じゃ!!」物見の兵が叫んだ。


「兵はいかほどか」


「二千ほどかと!」


「さらに後方に敵軍!

 数はおよそ三千!」


朝比奈泰朝だ。


砦には、佐久間盛重様の軍勢と横井勢を中心に兵数は合わせて六百。


まともにぶつかれば勝負にもならない。

そのまま砦で様子を見る。


松平勢は砦を無視して、大高城へ兵糧を運び入れた。

荷駄隊が次々と城へ吸い込まれていく。

大高城では兵たちが勝ち鬨を上げている。


昼前には、松平勢と朝比奈勢がこの砦を囲むように布陣した。


布陣した松平勢の軍勢から一人の武将が前に出た。


年の頃はおれと大して変わらない。


「我が名は松平元康!」


砦の兵がどよめく。


「今川治部大輔義元公の命を受け、大高城へ兵糧を届けた!」


若々しい声が丘に響く。


「そして此度の戦いが俺の初陣となる!」



なんと大将の松平元康みずから出てきた。

おれと同じで初陣らしい。


「もはや勝負は決しておる。

 降伏せよ!

 降伏すれば兵の命は助けてやる」


佐久間盛重様はニヤリと笑い時泰を見た。


「初陣同士の口合戦じゃ、時泰やってみろ」


なんという無理難題。

前世でも二十人程度の会議の発表で、どもりまくってたおれに、五千人の相手の前で口合戦しろとは!


「痛っ!」


口をパクパクさせてるおれの尻を

佐久間盛重様が思いっきり蹴り上げた。


「なにをビビっておるんじゃ!

 信長様へ"たこ焼き"の販売を願った時の気概はどうした!」


「それとこれとは話が違います!」


「違わん!  あの時のお主は信長様相手に、『もっと儲けたい!』だの『上がりが三割は高すぎる!』だの 好き放題言っておったそうではないか!

あれを思い出せば怖いものはない!」


た、たしかに。

信長様の前であれだけ言えたんだ。

あの時の勢いで、口合戦やってやるか。


時泰は覚悟を決め、砦の物見櫓へと駆け上がった。


そして、喉がちぎれんばかりの大声で叫ぶ。


「元康! お主は五千の兵で、たかだか六百の我が砦を囲んでおきながら、まだ不安だというのか!」


「な、なにいっ!?」


織田方の兵たちから、ドッと地響きのような歓声が上がった。


しかし、敵の総大将も応える。


元康はキッと櫓をにらみつけ、言い返す。


「多勢で挑むは戦の常道じゃ! 織田の田舎侍は戦の基本すら分からんのか! 儂が直々に戦の常識というものを教えてやる!」


今度は今川方の兵たちから、勝ち誇ったような歓声が上がる。


時泰は、このタイミングだと意を決して叫ぶ。


「おっと、真面目な返しは想定内。

 お前の説教、ちっとも響かん。

 ではここで元康殿の秘密を大暴露!!」


「な、何だと!?」


時泰は両手を高く上げ、頭の上でパン、パン、と一定のリズムで手拍子を打ち始めた。

それに合わせて、背後にいる織田勢の足軽たちを身振りで盛り上げる。

足軽たちも、お祭り騒ぎのノリで一斉に「パン! パン!」と手拍子を真似し始めた。


すると、信じられないことが起きた。

対峙しているはずの松平勢の足軽たちまでもが、つられて「パン! パン!」と楽しそうに手拍子を叩き始めたのだ。


ふっふっふっ、おれは知っている。


この戦国時代という世の、圧倒的な「娯楽の無さ」を。

誰かが泥道で転んだだけで爆笑が起き、ちょっとした小競り合いがあればあっという間に人だかりができる世界だ。

村祭りの狂気じみた盛り上がりなんて、現代人のおれからすればドン引きレベルだった。


そんな娯楽に飢えまくった戦国時代において、この「口合戦ラップバドル」なんていう最大級のエンタメが目の前で開演したのだ。


手拍子が起きれば、たとえ敵方であろうとも、体が勝手にノって盛り上がらずにはいられない。



「忠次! 足軽どものあの間抜けな手拍子を今すぐ止めろ!」


真っ赤になって怒る元康に、老練な重臣・酒井忠次は困ったように頬をかいた。


「いやぁ殿、ここまで盛り上がってしまってはもう無理かと。……それよりも戦の前に、敵方でありながら我らの足軽どもまでこれほど楽しませてくれたのです。ここは、あやつに感謝しましょう」


「クックックックッ、あの馬鹿が! 敵方まで盛り上げてくれるとはな」



敵も味方も完全にライブ会場のようになった戦場で、時泰は覚悟を決めて、大音量で元康へのディスを刻み始めた。


「夜も眠れず敵を心配!

 朝は薬湯をすすり腹いっぱい!

 二千の兵を率いてもう限界!

 そんな軟弱が戦に出る? 論外!


 養生好きの坊ちゃん武将!

 おれたち最強織田武将!

 アイアム横井時泰!

 おい屁たれ元康!

 その軟弱な尻に人参を

 突き刺してやるわ!」


「なっ、なっ、なにを不届きなーーっ!?」


織田方の大歓声によって、元康の怒鳴り声が完全にかき消された!!元康は顔を般若のように真っ赤にして何かを喚いていたが、これ以上はメンタルが持たないと判断した忠次たち家臣に、ずるずると後ろへ引きずられて下がっていった。


ふーっ。汗を拭いながら櫓を降りる。


(こんな感じでいいんだっけ?)


振り返ると、櫓の下では盛重様と父上が「ひ、腹が、腹が痛いーーっ!!」と涙を流して床を叩き、腹を抱えて大爆笑していた。


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