第十四話 丸根・鷲津砦の戦い(その2)
とある日、佐久間様から呼び出しを受けた。
部屋へ入ると、父上はすでに佐久間様と向かい合って座っていた。二人とも険しい顔をしている。
盛重が口を開く。
「今川が京に向けて兵をだしたそうじゃ。三河の松平を含めて、その数は一万五千。
先鋒として大高城へ兵糧入れにくる。松平勢は二千。さらに朝比奈泰朝も加わるとの報せじゃ。合わせて五千ほどになろう。
佐久間様は地図の上に指を置いた。
「奴らはまず大高城へ兵糧を入れる。その後、丸根砦と鷲津砦へ攻め寄せるであろう。信長様より、両砦を死守せよとの命が下った。」
父上が俺を見つめて、静かに言った。
「時泰、お前はまだ若い。たとえ父が討たれたとしても、お前が生きていれば、お前の才覚があれば、横井家は立て直せる目もある。砦を去り、赤目城へ戻れ。」
「お断りします」
「時泰!!」
「父上の命といえど、それだけはお受けできませぬ!」
おれは立ち上がった。
戦わずに一人だけ逃げるために、この砦に来たんじゃない。生きるためだ!皆で生きて帰るためにここに来たんだ。
「佐久間様、父上!なにとぞ、聞いてください。私に案がございます。」
佐久間様が優しい顔で微笑む。
「申してみよ。」
佐久間様と父上へ俺の考えを説明した。
・今川軍は尾張への進軍を急ぐあまり、軍勢が大きく間延びしていること。
・各砦を攻めることで兵力が分散し、本隊を守る兵が薄くなること。
・佐久間様が討たれたように見せかければ、敵は砦攻略の成功に気を良くし、義元本隊は勢いづいて前進すること。
・その進路を考えれば、大軍が休息を取れる場所は桶狭間近辺になる可能性が高いこと。
・砦の守兵は限界まで粘った後に撤退し、信長様の軍勢へ合流する。そのうえで、桶狭間にて今川本隊を急襲すること。
・????
話し終える頃には喉がからからになっていた。ほぼ前世知識のカンニングだ。
桶狭間の根拠はと聞かれると困るが、そこは史実でも桶狭間を的中させた信長様を信頼するしかない。
佐久間様は腕を組み、しばらく考え込んでいた。
「砦の陥落を利用して今川義元を討つということか。がはははは!これは凄いのう!まだ十五とはとても思えん。よし、儂が直々に信長様へ願い出よう。」
「うむっ。さすがは、時泰!!佐久間殿、せがれの案なれば、某も共にまいりましょうぞ。」
◆
清州城 謁見の間。
「佐久間、横井。このような折に何用だ。砦を離れたからには、それ相応の訳があろうな」
「はっ、信長様にぜひともお聞き届けいただきたき儀がございます」
「ほう。
申してみよ」
佐久間盛重は、時泰から聞いた策を信長に説明した。
信長は終始、扇を顎に当てたまま、険しい表情で耳を傾けている。
丸根砦と鷲津砦を囮とし、今川本隊を桶狭間へ誘い出すこと。そして最後に、時泰が考えたとっておきの策を告げた。
すると信長の口元がゆっくりと歪む。
「クックックックッ……。
佐久間、これはお主が考えた案ではあるまい」
盛重は黙って頭を下げた。
信長は横に控える時延へ視線を向ける。
「横井が来ておるということは、考えたのはたこ焼きのあやつであろう?」
「はっ、ご明察にございます」
「ふむ……」
信長は再び扇を顎へ当てた。
「考えは分かった。だが、相手が今川義元となるとな……」
その言葉には珍しく迷いが滲んでいた。
東海一の弓取りと称される今川義元。
武名、兵力、家格、そのいずれを取っても織田家を大きく上回る大大名である。
策としては面白い。
だが、一歩誤れば織田家そのものが滅びかねない。
信長とて慎重にならざるを得なかった。
その時、盛重が一歩前へ進み出た。
「信長様」
「何じゃ」
「この案、ひとつ変更していただきとうございます」
「…………」
信長はしばらく盛重を睨みつけていたが、ふっと息を吐き、扇をバチンと叩んで立ち上がった。
「……好きにせよ」
その一言で、謁見の間の空気が凍りつく。盛重の隣にいた時延は、顔色を変えて叫んだ。
「なりませぬっっ!!!」
盛重が自ら丸根砦に残ると言い出した。砦に残るということは、死を意味している。
時延は目に涙を浮かべながら、何度も再考を求めた。
「佐久間殿、今一度お考えくだされ!そのようなことをなさらずとも、策は成り立ちましょう!」
しかし盛重は首を横に振る。
「ならぬ、義元ほどの武将となれば儂の顔を知らずとも、偽の首など直ぐに見抜いてしまうわ。」
短く言い切り、時延をまっすぐ見据えた。
「これでよい」
時延は何も言えなくなり、ただ唇を噛み締めた。




