第十一話 砦を作るぞ(その1)
転生して、十五年の歳月が流れた。
食事改善の成果か、身長180cmはある。利家、成正と同じくらいか。
おれは利家や藤吉郎の隊と共に、領内の治水工事に追われる充実した日々を送っていた。
その傍らで、おれが小山を丸ごと一つ使って作らせた例の特訓場も、相変わらず大いに活用されている。もっとも、その実態は前世のテレビで見た『SASU◯E』の記憶を頼りに再現した、アスレチック障害物競走場なのだが。
最初は家臣たちから「若殿が怪しげな奇行を始めた」と奇妙な目で見られたものの、今ではみんな競うようにコースに挑んでいる。
おかげで、おれの周りの兵たちは目に見えて逞しく、筋肉モリモリで引き締まっていった。
利家と成正などは、毎日楽しそうに先頭を切って、訓練に励んでいる。バドルロープを肩に担いでさわやかな笑顔で歩く姿などカッコよすぎて惚れそうだ。藤吉郎は相変わらず要領よくさぼろうとしては、利家に怒鳴られていた。
また、増水対策の現場でも、おれのわずかな前世知識を活かした。
地元の鍛冶師に頭を下げ、現代の形状を真似た鉄製の『スコップ』や『ツルハシ』を特注で作らせた。
もちろん前世のホームセンターで売っているような精巧なスチール製ではないが、ただの木製の鍬で泥を掘っていたこの時代において、土木作業の効率は格段に、それこそ数倍のスピードへと向上した。
さらに、いつか来るであろう有事に備え、父上の名前を使って陶工に命じ、焙烙玉の容器となる頑丈な土器を大量に焼かせてもいる。
中身の火薬は、商人のルートを使って少しずつ、怪しまれないように買い集めた。
今、横井家の蔵の隅には、使う日が来ぬことを心から願う焙烙玉と火薬樽と油が大事に保管されている。
(……こんな物、使わずに済む平和な人生が一番なんだけどな。でも、戦国時代に『絶対安全』なんて言い訳は通用しないからな)
◆
そんなある日、おれは神妙な顔をした父上に呼び出された。
織田方であった山口教継が突如として離反し、織田の最前線である「大高城」と「鳴海城」が、丸ごと今川義元側に寝返ったという一報だった。
信長様のリアクションは早かった。
すぐさま寝返った「鳴海城」を包囲・監視するために丹下砦、善照寺砦、中島砦をスピード建築。さらに「大高城」を包囲しつつ、二つの敵城の間を分断して連絡路を遮断するために、「丸根砦」と「鷲津砦」をセットで築いて対抗するという大方針を打ち出したのだ。
「時泰、我が横井家は、守将の佐久間盛重様と共に、その丸根砦と鷲津砦の普請を任されることになった。
また、朝の鍛錬に来ておる藤吉郎殿の隊も砦の工事に参加することが決まっておる。
……それとな、信長様より直々の御指名でな、『時泰もその工事に加えろ』との御下知じゃ。
おい時泰、お前、清洲城の工事の時に、何やら泥をこねて妙な白い壁を作らせただろう。一体何をしたのだ?」
父上の鋭いツッコミに、おれは冷汗を流しながら最速で言い訳を考えた。
「はっ! あれは、前世……ではなく、大昔の中国の古い書物にあった『こんくりーと』なる特殊な工法を、木下隊へそれとなく伝えただけでございます。
壁を実際に築いたのは木下隊の功績であり、私はただ知識を授けただけで、現場の普請へ直接加わったわけではございません!」
「なるほど、普請は藤吉郎殿か。で、中国の古き秘術を用いたと。時泰の知恵はとどまるところをしらぬな!!」
(いや、『とどまるところを知らぬな!』ではない。俺も絡んでることが、信長様に足がついているじゃないか。あの時、完成したデカいコンクリ壁の引き継ぎと説明を「あとは任せた!」って藤吉郎に全部丸投げして逃げ出したのが、ここにきて完全に裏目に出た)
あのイケメン猿め、信長様に問いつめられて、おれの名前を白状したな。
でもまぁ、信長様のあのプレッシャーの塊みたいなブラックで命がけの評定になんて、おれのような元平社員は一秒たりとも出たくないから仕方ないが。
だが、父上の話を聞きながら、おれは最近、父上が頻繁に武装して出かけていた理由をようやく理解した。
今川義元の大軍が、この尾張へ来る。おれが生まれてからずっと恐れていた、あの歴史のターニングポイント「桶狭間の戦い」が、すぐ目の前まで迫っていた。




