第9話
あれ……僕は何をしてたんだっけ……。
ええっと確か何かに襲われて、食べられそうになったら急に苦しくなって……。
ダメだ、しっかり思い出せない。
でも今はもう苦しくない。
全身が柔らかい何かに包まれている様な心地よい感覚だ。
……誰かの話し声が聞こえる。
どこかで聞いた覚えがあるような……。
うーん……これも思い出せない……。
直接見たら、もしかしたら思い出すかな……。
「あ、起きた。」
目を覚ますと僕は知らない部屋でベッドの上で横になっていた。
そしてその隣には2人の姉妹と思われる少女が座って一緒に絵本を読んでいた。
「あっ!おとうさーん!おとうさーん!えいゆーさんおきたよー!」
妹であろう子は部屋を飛び出して行ってしまったので、お姉さんの方に尋ねた。
「……ここは一体どこ?僕はどうしてここに?」
「ここはワタシ達が探していたウルバルの森の村の療養所よ。どうやら多喰らいと戦ったあと、この村の人達に助けられたみたいね。」
「多喰らい……あっ!思い出した!彼女は、彼女は無事なの!?」
「うるさい、急に大きな声出さないでよ。ワタシならここにいるでしょ。出会った時はボロボロなコート纏ってたけどそれでも分かりませんでしたってちょっと酷くない?」
「あーええっとその……た、確かにその雰囲気は間違いない。その服似合ってるね。」
「まあ会って1日も経たずにいきなりだったしょうがないわよね。それよりアナタ、体の方は大丈夫?もう2日も寝たきりだったのよ。」
「えっ!2日も!確かに言われてみれば……お腹がペコペコかも。」
「……元気そうでなりよりです。」
「そういう君は大丈夫なの?」
「ワタシは大丈夫よ。村の人達はみんな優しいし、特にあの子、エリィがずっと一緒にいてくれたからそれなりに楽しく時間を潰せたわ。」
エリィが部屋を飛び出して間もなくして、部屋の外から足音と誰かの話し声が聞こえてきた。
「多分団長達だわ。アナタを助けてくれた人よ。命の恩人に後失礼のないようにね!」
「う、うん分かったよ。」
足音は部屋の前で止まり、彼らは扉をノックする。
「お目覚めのところすぐにすみません、アルタス様。今少しよろしいでしょうか?」
予想通り扉の向こうから男の声が聞こえてきた。
「は、はい!どうぞ。」
「失礼します。」
入ってきたのは、鎧を身にまとった、ガッチリとした体格の男と少し細めな体格の青年だった。
「改めてまして。私はこのウルバルの村の自警団団長、ジグランド・レシルバと申します。こちらは第一魔術部隊隊長で私の甥のベルー・レシルバです。」
ベルーはジグランドに紹介されると僕に向かって頭を下げる。
緊張しているのか彼の動作はどことなくぎこちなかった。
「ど、どうも初めまして……」
こちらも少しぎこちなく挨拶をする。
見た目的には僕と年齢は近そうだ。……自分の年齢覚えてないけど。
それで隊長なんてすごい人なんだな。
「初めまして、ですか……。」
「えっ!いや、その……!……ごめんなさい、団長さん達の顔を覚えてなくて……」
「い、いえいえとんでもない!こちらこそ配慮が足らず余計なことを口走ってしまって申し訳ございません!何上あの時は夜の森の中でしたので、顔などよく見えなくて当然かと!」
「助けてもらった分際で本当にごめんなさい……」
「いえいえそんな!ええっと、こういう時は……」
「団長、これ以上失礼を働く前に早く本題に入った方が。」
「そ、そうだな。済まない配慮が足らんかった。アルタス様すみません、では早速本題に移らせていただきます。アルタス様、ウルバルの民を代表させて私から。この度はウルバルの村及びウルバルの森周辺の国々を多喰らいの危機から救っていただき、誠にありがとうございました。」
「私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。」
2人は謝礼の気持ちを伝えると深々と頭を下げた。
……僕に向かって。
「……え?僕が団長さん達に助けられたはずじゃ……」
「いいや違います!間違いなく私達はあなたに助けられた!あなたのあの勇姿、今でも鮮明に覚えている!多喰らいをいとも容易くあしらい、リシア様を助けようとするその姿!その様はまるで……!」
「団長、!……すみませんアルタス様、私から失礼します。アルタス様が無事お目覚めになったということで、この度の多喰らい討伐を祝して我々で祝杯の宴を開くことにしました。そこでぜひアルタス様にもご出席していただきたいと思い、今回訪れた所存です。村の皆、アルタス様に感謝の気持ちを伝えたがっています。小さな村なので程度は知れてはいるかもしれません。しかし村の皆で誠意を込めておもてなしさせていただきます。ご迷惑でなければご参加していただけませんか?もちろんリシア様もです。」
舞い上がった団長に代わってベルーが落ち着いて要件を伝えてくれた。
「え、宴!ってことは料理もたくさん出るの?」
「ち、ちょっとアルタス!」
「ごめんなさい。つい……」
宴と言う言葉に多喰らいの件の疑問など吹っ飛んで、つい食いついてしまうも彼女の制止で我に返る。
「いえ構いません。むしろたくさん食べていただけるのなら、我々としても本望です。」
「どうしようか……?」
ベルーはそう言ってくれるが僕には多喰らいを倒した記憶がない。
あの時は確か何かに飲み込まれるような感覚の後……
やっぱりそこからだ、記憶が無いのは。
ならば本当に僕が感謝されていいものなんだろう。
僕はリシアの方を向き、彼女に意見を求める。
「まあ、いいんじゃない?多喰らいを倒したのは事実なんでしょ?こういうのはアナタがどうであれ形式上やらなきゃいけないものだから。せっかくなら参加したら?」
彼女は冷静にそう淡々と答えた。
「ならぜひ参加させてください。僕も皆さんに感謝したいですし。」
「ならワタシもぜひ。」
「……本当ですかっ!よかった……。分かりました、すぐに皆に伝えます!行くぞベルー!」
団長はホッとした表情を浮かべると早速を部屋を出ようとする。
「ちょっと団長!それではアルタス様、リシア様、今すぐにご用意いたしますので宴の時間までごゆっくりしていてください。では失礼します。」
ベルーはこちらに一礼すると呼び止めた団長と一緒に少し足早に部屋を後にした。
「宴かぁ。どんな料理が出るかな?ますますお腹が減って来たよ、ねぇリシアはどんな料理が好き?」
彼女に話しかけるも返事はなく、何かを考え込んでいるようだった。
「リシア?」
「ねぇアルタス。アナタ本当に多喰らいと戦った記憶が残ってないの?」
もう一度話しかけると、リシアはこちらの目を見て真剣に問いかける。
「えっと……うーん……。多喰らい?に食べられそうになって……。あれ……?うん、ここまでしか思い出せないや。」
「……なるほど。もしかしたらなんだけど…………いや、やっぱりいいわ。まだ確証が持てないし。」
いや僕は覚えている。
多喰らいに食べられそうになった時に聞こえたあの声を。
自分が無理やり別のものに書き換えられるような感覚、決して忘れはしない。
だから彼女には悪いけど言わなかった、言えなかった。
口に出すとあの時の感覚を思い出しそうだったから。
「それは置いておいて、この村でのワタシ、なんかただの女の子ってことになってるから、伝えておくわね。」
「あれ?リシアって悪魔だよね?バレなかったの?」
「あら、よく覚えてたわね、忘れてると思ってたわ。そうよ、こっちは悪魔だって必死に言ってるのに、全然信じてもらえなかったわ。舐められてるのかしら。」
「まあ村の人達に認めてられてよかったじゃん。実際リシアは悪魔って感じじゃないし。エリィもそんな君だから一緒にいてくれたんだよ。」
「なんか不服ね。まあいいわ。」
彼女は少し不貞腐れながらも、どこか嬉しそうだった。
「これ読んでたの?」
僕はおもむろにベッドの脇の机に置いてある本を手に取った。
「それ?ええそうよ。アナタ、字は読める?待ってる間、良ければ読んであげるわ。」
「文字は……分からないや。どれが面白い?」
「ならこのお話にしましょう。これはエリィが大好きな物語よ。彼女と仲良くなるならこれが1番いいわ。」
彼女が手に取った絵本の表紙には、銀色の龍と黒い剣を持った人が描かれていた。
「これはさっき2人で読んでたやつだよね。どんなお話なの?」
「『厄災と王子』、とある国の王子が厄災の象徴である銀龍と戦う話よ。作者は好かないけど中身は面白いわ。」
「へえ、厄災ってのがよく分からないけど。じゃあそれを読んで。」
「もう覚えるくらい読んだからね、任せてちょうだい。」
リシアは本を広げ、物語を読み始めた。
大いなる闇に立ち向かうため、6つの神器に選ばれた使徒と不思議な力を持った王子が冒険をする物語。
僕は空腹も忘れるほど夢中になって、彼女が語る話を聞いていた。
そしていつの間にか空は赤くなり、夕日が部屋に差し込んできたところ、扉のノック音が聞こえた。
「アルタス様、リシア様、自警団のヤルファです。宴の準備が整ったのでお迎えに上がりました。」
「はいどうぞ。絵本は一旦終わろう。」
「失礼します。」
部屋に入ってきたのは、昼間に入ってきた2人とは打って変わって1人の軽装備の女性だった。
「改めてましてアルタス様、リシア様。この度は急なお誘いなのに関わらず宴にご出席していただきありがとうございます。こちらアルタス様の着替えとなります。」
そういうとヤルファという女性は、僕に持ってきた着替えの服を渡した。
「ありがとう。これが服……あれ?今着てるのは?」
「それは、この療養所のもの。アナタが着てたあの服、あの戦いでボロボロになったらしいわよ。」
「リシア様の言う通り、アルタス様の召されてた装備は大変傷んでおりましたので、勝手ながら宴用の衣装をこちらでご用意させていただきました。……お気に召しませんでしたか?」
「あ、いやいやそんなつもりじゃなくて、新しく用意してくれてありがとうヤルファさん。……けど」
「どうかされましたか?」
「このネックレスとか、なんだかすごいキラキラしてるね。」
なんだが重いと思ったら、ヤルファさんに渡された服の中には、色とりどりの宝石でできたネックレスやピアスなどの装飾品があり、その一つ一つが先程絵本で読んだ王様と同じぐらい派手だった。
「ええ。この村の英雄としてふさわしいものをご用意させていただきました。生半可なものでは良くないと思い、服の生地、宝石の質までこだわり、村一番の仕立て屋と加工屋が仕上げました。」
「すごい気合いの入りようね。まさに今回の主役って感じだわ。」
「リシア様にも別室に衣装をご用意しております。よろしかったこちらへどうぞ。」
「えっ!?ワタシも着るの!?」
「ええもちろんです。リシア様の知識には、自警団も大変助かったと伺っています。」
「リシアなんかしたの?」
「いやちょっと、悪魔について話しただけで……」
「アルタス様の元にもすぐに着付けの者が参りますので少しお待ちください。ではリシア様も着替えましょう。」
「わかりましたヤルファさん。行ってらっしゃいリシア。」
「いや、別にワタシは……」
リシアはなんとも言えない表情でヤルファさんとともに部屋を後にした。




