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第7話

『王様が銀龍と戦う様は、まるで劇のようで、皆は夢中になって見ていました。』


娘によく読み聞かせる絵本のとある一節。

厄災の象徴たる銀龍に襲われた大国の姫を、小さな隣国の王子が神器の力を借りて救い出す、その戦いの様を劇に例えたものだ。

内容はなんとも在り来りで、しかしながら誰もが一度は夢見る英雄譚。

所詮はただの作り話だ、そう思っていた。

"あれ"を見るまでは……。

いつも冷静沈着で表情をあまり顔に出さないヤルファが多喰らいの偵察から戻った時、誰が見ても明らかに動揺していた。

若い彼女だが対魔物の経験は豊富であり、このウルバルの森についても村で一二を争うほど詳しい。

彼女が任務で大きな失敗をしたことは今まで一度もなかった。

だから彼女がすぐに偵察から戻らなかった時は、最悪の事態を覚悟するしかなかった。


「事前の調査通り、この先で例の異常な魔力を感知しました。」


部隊が多喰らいとの接触の寸前、彼女は戻ってきて私にそう報告してきた。

私は彼女が帰還して安堵したが、どこか様子がおかしい。

ヤルファ自身は必死に普段通りを演じていたようだが、どことなく落ち着かず、目も私と合わせなかった。

まるで何かを隠しているようだった。

あのしっかり者のヤルファがこうなのだ、皆が異常を察し部隊全体に緊張が走る。

その後彼女の案内に従い、もう真っ暗な森を、魔術部隊が放った照明代わりの光魔法で照らして黙々と進む。

途中、ヤルファに何があったかを聞くが、少し考えたと思えば口を噤んで黙り込む。

一体、彼女は何を隠しているのか。


「団長、この先で多喰らいの姿を確認出来ています。ですが……」


魔術に疎い私でも魔力の異常に気づいた辺りで、彼女はついに口を開いた。


「どうしたヤルファ?やはりヤツに何か異変があったか?」


高まっていた緊急の中、つい食い気味に聞いてしまった。


「……実際に見てもらうのが一番かと。」


「実際にって……!?なんてことだ……!」


光魔法に照らし出されたのは、あの多喰らいが崖下で横たわっている姿であった。

そしてその側には佇む一人の黒い男の姿があった。

なるほど、ヤルファはこれを見たのか。

なら今までの行動に説明がつく。

彼女は口で伝えても誰も信じないと考えたのだろう。

何上多喰らいが横たわっているのか!

アイツはこれまでに、3回も大規模な討伐部隊が組まれたというのに傷1つ付けることままならなかった。

たとえヤツに一撃を与えることが出来たとしても、それは高級な冒険者や近隣国の名のある騎士隊長でやっとだった。

その彼らですらことごとくヤツに喰われていったのだ。

あれはただの魔物ではない、その強さは神話の域だ、最強の魔神災獣のである所以を思い知らされた。

その多喰らいが、ただ一人の人間の前で倒れているのだ。

ありえない、ありえない!


「でもまだ息がありますねぇ。おや?あそこにいるのは……?」


マーレ先生も男の姿に気づく。

この状況はやはりあの男が作り出したのか?

彼は一体何者なのだ?

こんな現実離れした光景、まるで……。

そうか、そういうことか。

我に返り、止まっていた思考でたどり着く。

わたしがとるべき行動は一つだけ。

……ただ見ていることだ。

ベルーやヤルファは今の多喰らいを見て士気が高まっている。

私は彼らの高まる気持ちをなだめる。

彼らの考えは痛いほど分かる。

以前の作戦で想定以上の大きな被害が出たため、周辺国は多喰らいの対策に奥手になっている。

この作戦が失敗すればもう大国からの支援は期待出来ないだろう。

つまり我々の村に犠牲になって時間を稼げと言うことだ。

所詮ウルバル同盟など形だけだった。

当然そんなことに納得する訳が無い。

だから皆何がなんでも今回であの憎きイノシシを討伐する気なのだ。

が、あの男には何があっても逆らってはいけない。

手を出してはいけない。

私たちは彼の前ではただの観客でなければならない。

こちらに気づいたのか、多喰らいは立ち上がり、崖上に向かって来た。


「……団長すみません。この好機を逃す訳には行きません。私1人だけでも!」


ベルーや他の賛同する者は、怯むことなく各々が剣を抜き、魔力を込めて臨戦態勢に入る。


「……俺は別に構わん。しかし、かの"王"の前でもその覚悟を保てるかな。」


私は静かに彼らに最後の忠告を告げる。

今思えば、本当に危険ならもっと彼らに強く言うべきだった。

でも何故だろう、その時、私は……何よりその光景に夢中だったのだ。


「第一魔術部隊構え!」


ベルーが魔術部隊に崖上から、迎撃するよう指揮をとる。


「そのまま多喰らいに向かって放……」


「ベルー寄せ!今すぐ迎撃を止めさせろ!」


「ヤルファ!いきなり何を!お前だってさっきは……」


場の魔力が、ある一点を中心に渦巻くように歪み出した。

その変化に何かを察したヤルファは、ベルーの指揮を止めに入る。

歪みは大きくなり、その圧倒的な力の中で部隊の何人かが、耐え切れずに倒れ始める。

私も立っていられず、思わず膝をついてしまった。


「魔力計がありえない数値を出しています!本当にこれが魔神災獣の力ですか……!?もっと、もっと近くでぇ……!」


「危険です!マーレ先生は後ろに下がっていてください!……やはりあの時に仕留めるべきだった!団長は一体何を考えておられるんだ!団長、団長!そこでぼーっとしてないで何か指示を!」


部下の必死の問いかけにも関わらず、私は目の前で起こる出来事から目をそらせなかった。

私は目を離さず見ていたはずなのに、王はいつの間にか多喰らいの右側にいた。

多喰らいもそれに気づいたようだが、勢いのついた巨躯ではもう遅かった。

そして右手の拳を握り込み、腕を引く。

その腕の動きに合わせてこの力場も揺れる。

異常な事態のはずであるのに、私の胸は、どうしてか高鳴っていた。


「ベルー、団長は既に見抜いていたのだ。」


「既にって……嘘だろ!?本当にやると言うのか!」


「……なるほどですねぇ。」


そうだ、ベルー、ヤルファ、マーレ先生。

王と同じ舞台に立つなどおこがましいのだ。

よく見ていろ、あの拳が今、多喰らいに向かって……。


───────!


王が多喰らいに拳をぶつけた瞬間、渦巻き、歪み集っていた膨大な魔力が、一度に解放された。

解き放たれた力の激流は、空間を震撼させ、全てを飲み込み押し流す。

その圧倒的な力を前に自分の存在を見失いそうだった。

私は何とか取り出せた小刀で左手の甲を思い切り突き刺し、その痛覚で僅かながら何とか意識を繋いだ。

ほかの部隊員を気にかける余裕はなかった。

しかしそんな朧気な意識の中でもはっきりと見えたのだ。

あれほど強固であった外殻はいとも簡単に凹み、その巨躯が大きく反り曲がったのを。

多喰らいの身体に突き刺さっていた武器が宙に舞う。

そして目にも止まらない速さで空を切り、地面に擦れる鈍い音と森を切り裂く破裂音と共に、暗闇の彼方に消えていった。

静寂が辺りを包む。


……一方的、その一言に尽きる。

あの多喰らいが、意図も容易くやられるなど信じられなかった。多喰らい以上の圧倒的な力を持つ存在。

果たして彼は味方か、それとも新たなる敵か。

誰しもがかの王の実力を思い知った。

「まるで、アウロトーネ物語に出てきた、とある王のようです、ねぇ。」


後方に避難していたはずのマーレ先生が、四つん這いになりながらも前線まで這いずってきた。


「ええ、娘によく読んでいる絵本の内容にそっくりです。」


「団長さん、その手は一体?早く治療した方がいいですよ。まだ任務が終わったとは限りませんからねぇ。」


「え?ああ、そういえばすっかり忘れていた……っ!」


劇的な出来事を目の前に忘れていたが、マーレ先生に言われて左手に痛みが走り出す。

おかしい、この痛みで意識を繋いでいたのに。

思い切り刺したため小刀は手を貫通していた。

痛みに特段強い訳では無いが、それでも忘れるほどに夢中になっていたのも王の力の1つなのかもしれない。


「ああぁ……!俺は……俺(ぼく)は……!」


私が痛みを思い出したと同じタイミングで、先程の力の代償か王が突如頭を抑えその場でもがき苦しみ出した。

先程まで渦巻いていた力が段々と弱っていく。

先程の様子とは違って、人間の様に苦しんでいた。

一体彼は何者で、あの力は……?まさかな。

ひとまず、王の一撃のおかげで多喰らいは静かになった。


「各部隊長、動けるか!動けるなら部隊の被害状況を私に報告せよ!」


今の内に、部隊の状況を把握し直す。

ついでに小刀を抜き、低級の回復魔法で左手の簡単な応急処置を行う。

その後すぐであった、暗闇の中から、先程とは違う魔力を感じた。

息が詰まり命を蝕まれるようなこの感覚……間違いない、これは悪魔の魔力だ。

ヤツはたった今、悪魔へと昇格したのだ。

あの一撃をもってもヤツは生きていた。

王の一撃は言うまでもなく強力だった。

あの威力であれば多喰らいにも通用しているはずなのだ。

なのにまだそこに存在する、その意味を理解し皆が絶望する。

あの好奇心で体が出来ているはずのマーレ先生も言葉を失う。

魔物と悪魔、両者とも魔神の穢れから生まれた存在とされているが、似て非なるものだ。

魔物は所詮魔物。

簡単な話、それなりの実力者と適切な準備があれば、被害はどうであれいずれ討伐は可能である。

しかし、悪魔は違う。

あれは……到底人間が適うものでは無い。

精霊や勇者と言った伝説的な存在でやっと勝てるかどうかの天災そのものだ。

ただの魔物であったなら果てなき空腹を満たすためだけなら既にこの場を逃げ出して、他の弱い獲物を喰らいに行くだろう。

しかしヤツは変わった。

ただただ自らを弄んだ小さき存在とその弄ばれた事実が許せないのだろう。

怒りに満ちた闇力の本流は明らかにあの王もとい彼に向けられて……。


「団長!崖の影に1人の少女の姿が!」


冷静さを取り戻したヤルファが気づく。

そこには闇に隠れるように黒く汚れた外套を纏った少女が、崖に寄りかかるようにぐったりと倒れていた。


「何故こんなところに!早く助けねば……しかし!」


ベルーが思い留まる。

今ここから飛び降りることがどういう意味を持つかベルーは理解していた。

悪魔と同等の存在として恐れられていた魔物が、本当にに悪魔になってしまった。

王はうずくまって今だに苦しんでいて、多喰らいそのものに気づけていないようだ。

まるで別の誰かと戦っているようにも思えた。


……ああ、わかっている。

あの場は王の舞台であり、私ごときが助けに行けば間違いなく死ぬ。

あの魔力に触れるだけでも無事ではすまないだろう。

我々とて誰かを守る余裕などはない。

ましてや悪魔の前でそんなものあってはならない。

しかし、だからといって少女が犠牲になるところをただ見ているつもりは更々ない!


「黒式防御陣──喰魔!」


私は、黒式を発動し、崖を滑り降り、少女の元へと向かう

黒式防御陣の中でも攻撃は最大の防御を体現した諸刃の陣を、まさか使う時が来るとはな。


「団長!……第一、第二、第三魔術部隊、攻撃準備!団長、わかりました。我々も誇り高きウルバルの民としてあの悪魔と最期まで戦い抜くぞ!」


ワァっと大きな喊声が上がる。

そうだ、まだ何も負けた訳では無い。

部隊の士気は最高潮に達している。

さすがは私の誇るべき部隊員達だ。

こんな勝手を許して貰えたのだ、絶対にこの少女は救い出す!

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