第6話
これが最後のチャンスだと思った。
何とかっていう森に勇者がいて、長身で白髪の男、黒い剣に純白の宝石の首かざりをしているらしい。
あと勇者は特有の変わった魔力を持つそうだ。
けど森には『多喰らい』という何でも食べるヤバいバケモノもいる。
南の魔女に追放された勇者の情報を聞いた瞬間、アタシは話の途中で魔女の館を飛び出していた。
仮にこれが嘘でも、アタシは信じるしかなかった。
特有の魔力を持つのであれば、それを感じ取ることである程度の場所は分かる。
アタシにはそれが出来る。
とはいえ、だだっ広いこの森から勇者1人を見つけるのは、無謀だなと我ながら思った。
だけどアタシは運が良かった。
この森には本来感じる魔物の魔力が全くなく、余計な魔力に邪魔されることはなかったからすぐに感じ取れた。
感じ取ったのは2つの魔力。
片方は勇者でもう片方は『多喰らい』。
本来、人間と魔物の魔力は微妙に異なる点がある。
しかし両者も異質な魔力で判断がつかなかったため、アタシは賭けに出るしかなかった。
命懸けの2択だ。
だから本当に勇者に出会えた時は驚いたし、安堵した。
でも生きた心地はしなかった。
だってアタシは、悪魔だから。
剣を向けられた時は、そうなることだと受け入れるしかなかったし、何とか強がるのが精一杯だった。
でも幸か不幸か勇者は自身に関する記憶を失っていたおかけで先入観に囚われずに、彼はアタシと一緒に魔神討伐に向かってくれることになった。
今になれば出来すぎた話だったのよ。
勇者の探索にほとんどの体力を使い果たしてしまってもう一度多喰らいを止めることは出来なかった。
さっきのだってだいぶ無理をしたのに。
ましてや動けなくなって彼の足手まといになってしまった。
「もちろん。任して。僕は勇者……そう!勇者なんだから!」
アタシの「信じてるから。」に微妙に閉まらないセリフと満面の笑みを最後に、いや最期に彼は多喰らいに向かっていった。
記憶を取り戻したって言っていたけど、あれは嘘だ、アタシにはわかる。
信じてるなんて、どの口が言えたものか。
もっと必死に止めるべきだった。
それでも彼なら■■■■みたいに、きっと戦いにいくのだろうけど。
……。
悪魔のアタシには暗闇の中で何が起きているかがはっきり見えた。
……多喰らいは悪魔の力を吸収していた。
アタシ以上に悪魔の力を使いこなし、その魔力のうねりがこの場を支配する。
そのうねりにまるでのしかかられたように体が重くなって息苦しくなる。
多喰らいに近い彼はもっと辛いのだろう。
実際アルタスは既に地に伏していた。
それでも、それでも彼は勇敢にも立ち上がろうとし、剣を地面に突き立てた。
しかし、もう遅い。
新たな悪魔の大きな口が彼の目前に迫っていた。
……また失敗しちゃうんだ。
アタシに優しくしてくれたみんなが死んでいく。
どうして、どうしていつもいつもこうなっちゃうんだ!
ああ、アタシは……私は!
せめて、この目で彼の最期を見届けよう、そう覚悟した。
その瞬間だった。
多喰らいの動きがピタリと止まる。
あの突進の速さで急に止まれる機動力が?
いや違う、ヤツはその巨体をよじらせて必死にもがいている。
まるで誰かに動きを止められたようだ。
でも一体誰がそんなことを出来るのだろうか?
その正体は、すぐに分かった。
力強く、巨大で、そしてあまりにも黒く欲深い、多喰らいの魔力なんて比べものにならない程の魔力。
この場にいるだけで、自分を見失いそうなほど強力だ。
それぐらい今まで感じてきたものとは別格だった。
……でもアタシはこの魔力を知っている。
しかし、多喰らいの前にいたのは、アタシが知っているアルタスではなかった。
綺麗な白髪は何よりも黒く染まり、表情豊かだった顔は感情ひとつなく微動だにしていなかった。
ただあの首かざりだけは変わらず白く輝いてた。
目の前の状況を現実と信じて整理する。
彼は食べられる直前に多喰らいの上顎と下顎を掴んでそのままヤツの動きを止めていた。
その後、アルタスは多喰らいを見つめると、ヤツをそのまま持ち上げ、前方に投げ飛ばした。
そう、持ち上げて投げ飛ばしたのだ。
それはもう、まるで小石のように、軽々と投げ飛ばした。
飛ばされた巨体は暗闇へと消えていった。
あれが勇者の力……。
記憶を取り戻したってのは本当だったの!?
でもあの時の顔は嘘をついている時のものだった。
じゃあ一体……?
アルタスの力に驚いていると何度も聞いた轟音が森を揺らしながら聞こえてきた。
ヤツはまだ諦めていないようだ。
自分を投げ飛ばした相手に一直線に突進する。
アルタスはその場から動かない。
ただ多喰らいを静かに見つめている。
そして何かを呟いた。
何を言ったのか聞こえなかった。
が、何故か分かった。
分からせられたと言った方がいいだろう。
「身の程を知れ。」
アルタスの魔力が一段と強くなって……。
違う!これはアルタスの魔力じゃ、アタシが感じた魔力じゃない!
彼の魔力の中にある、何か違う力が、彼を中心にどんどん強くなっていく。
それでも多喰らいは止まらなかった。
自分より小さくただの食材だと思ってた存在に1本取られたのだ、今の多喰らいには食欲だけでなく怒りと憎しみもあるのだろう。
だから怯むことなく彼に一直線に突き進む。
そんな不届き者に制裁の一撃が放たれる。
彼の右手が強く握られる。
その刹那、目に見える程の高濃度の魔力が拳の周りを迸り、黒い渦を形作る。
そして多喰らいの正面から下顎にその拳を突き上げる。
力は空を厚く覆いかぶさっていた木々の葉を切り裂き、天へと突き抜けた。
その威力にこの場の全てのものが静まり返る。
突進の勢いを相殺された多喰らいが、声にならない悲鳴をあげて大きく仰け反る。
あの一撃をまともに食らって、形を保っているのは流石の防御力といえる。
なんて、関心しているのも束の間。
わずかな隙を逃すまいと次の瞬間にはアルタスは脅威の跳躍力で、反り返った多喰らいの顔の高さまで跳び、今度は左の拳でヤツの右頬を殴りつけた。
それは、あっという間だった。
気が付いた時には響き渡る轟音の中で、多喰らいは横たわっていた。
右頬の、岩のような重厚な外殻は砕け、大きく立派な右の牙もへし折れて、木々が吹き飛んでむき出しになった地面に突き刺さっていた。
あの二撃を受けても多喰らいはぜえぜえと、苦しそうに息をしていた。
しかしアルタスはとどめを刺す訳でもなくただ静かに見ていた。
……あんな魔法、今まで見たことがない。
肉体を常識の範囲外にまで強化する魔法があるのは聞いたことがある。
しかしそれならあの魔力の中にいた存在は一体何?
勇者として選ばれたのなら神器からその力を授かったはず。
どの神器が彼に力を与えたのか、アタシには検討がつかない。
いや、そもそもあれが本当に神器由来の力?
それとも今の神器はあれほどまでに力を取り戻しているの……?
「お前ら、もうすぐ偵察部隊が異常な魔力を検知した場所だ。気を引き締めろ。」
朦朧とする意識の中で神器について考えを巡らせていると、少し遠くから男の低い声が聞こえた。
「今回のヤツは動きが読めん。何が起きても対応出来るように準備しろ。」
次第に声は近くなってこちらに向かってくる。
「団長、この先で多喰らいの姿を確認出来ています。ですが……」
背後の暗闇から今度は若い女の声が聞こえた。
この気配は、人間だ。
他にも大勢の人間の気配がする。
また金属が擦れ合う音も聞こえる。
状況から、おそらく多喰らいを倒すために部隊を組み、武器や防具を装備しているんだろう。
「どうしたヤルファ?やはりヤツに何か異変があったか?」
「……実際に見てもらうのが一番かと。」
「実際にって……!?なんてことだ……!」
アタシの背後の少し崖上の方から、余程想定外だったか、顔こそ見れてないが今の倒れ込んだ多喰らいを見て明らかに困惑し、言葉を失っていた。
「でもまだ息がありますねぇ。おや?あそこにいるのは……?」
どこか気の抜けた男が予想外の状況の中アルタスに気づく。
アルタスは人間たちを気にも止めず、変わらずただ多喰らいを見つめていた。
しかし多喰らいの目線は、彼を避けるように崖上の人間たちの方に向けられている。
そしてよろけながらながらも何とかその巨体を立ち上げる。
ヤツはまだ諦めていない。
きっと人間たちを食べて飽くなき食欲を満たし、反撃の力をつけるのだろう。
「おっと、立ち上がりましたよ。こちらを見ています。流石のタフさですねぇ。」
「このままだとこちらに向かってきます!団長、これは好機です!ヤツは手負いで、部隊はすぐにでも戦える状態。ここで一斉攻撃を仕掛ければあの多喰らいでもきっと仕留められます!」
「私も珍しく彼の意見に賛成です。」
多喰らいが動き出したため、人間たちがざわめきだす。
そんな中、若い男が攻撃に出るよう提案をする。
人数と状況から見て的確な策だと思う。
ヤルファと言う女は賛成していたが、アタシはそれに反対だ。
あれはもうアタシの知っている彼ではない。
一体どんな能力でどれほどの力を持っているかも分からない。
アタシは、恐怖しているのだ。
「……いや、手を出すな。絶対にな。今俺たちがするべきは、ここでアイツがどんな末路を辿るかを大人しく見届けることだ。」
団長が昂った若い男を冷静になだめる。
まるでアタシの考えを受け取ってくれたような気がした。
「だ、団長!一体何を言ってるんですか!多喰らいの恐ろしさを誰よりも知っているのは他でもない、団長貴方じゃないですか!確かにあの方は強いかも知れません。でもやはり人間独りで適う相手ではありません!」
先程の男が団長に意義を唱える。
どうやら彼らは多喰らいと幾度と戦って来たのだろう。
多喰らいに残された傷と体中に突き刺さった武器の数が戦いの凄惨さを改めて物語る。
「そんなことわかってるし、ベルーの言うことも十分理解出来る。しかし、だからだ。大人しくじっとして見てろ。」
再度団長は傍観の姿勢を貫こうとする。
しかしヤツは待ってくれない。
ついに多喰らいは崖上の部隊に目掛けて走り出した。
もうアタシには興味が無いらしい。
あの巨体なら易々と崖を乗り越えられるだろう。
「……団長すみません。この好機を逃す訳には行きません。私1人だけでも!」
金属の擦れる音から、ベルーと言う男が剣を抜いたようだ。
それを皮切りに、団長の意見に同意出来なかった他の部隊員も、ベルーに賛同して剣を抜き、弓を構える、そのような雰囲気を感じる。
魔力の流れを感じたので中には魔法が使える部隊員もいるのだろう。
「……俺は別に構わん。しかし、かの"王"の前でもその覚悟を保てるかな。」
そう、ここは彼、王の支配する舞台。
余計な手出しは王への不敬となる。
それを団長は理解していた。
しかし接近してくる多喰らいに、部下のベルーは今にも手を出そうとしている。
それを見てなのか、それとも多喰らいの興味が自分から変わったからかは分からない。
王が、ついに、動いた。
なんてことない所作一つで発生する強大な力によって、空間がうねるような感覚に、体が呑まれそうになる。
意識が……遠のいていく……もう……限界だ……。
王による第2幕が、始まる。
アタシはもう見届けることは出来ない。
後は、あの人間たちに任せよう。
どうかアルタス、アナタが無事ならば。
こんな不甲斐ないアタシを、どうか許して欲しい……。




