第4話
「きゃっ!」
リシアを抱えて森に飛び込む。
間一髪だった。
直後に轟音に体全体を包まれて一瞬感覚がなくなった。
しかしその中でも紙一重でその圧倒的な力を背中で感じ取れた。
あと少し遅れていればヤツの大きな口の中だっただろう。
それとも引かれて原型も分からないほどバラバラになっていたかもしれない。
死線を1つ超えたことを実感する。
多喰らいはそのままあの道をまっすぐ突き進んで行った。
「通りすぎて行った……?」
「いやアイツに限ってそんなはずない!今の内に早く!」
リシアの言う通り、走り去っていった方からまた地響きと木々のなぎ倒される破裂音が聞こえてきた。
「早く!」
圧倒されていたところをリシアの声に突き動かされて走り出す。
歩くのさえ一苦労なこの森を必死に突き進む。
しかしあの巨躯には関係ない。
ヤツからしたら目の前にある邪魔なものは、その怪力で踏み潰し吹き飛ばせばいいのだ。
ただ僕たちを喰らうために木々を弾き飛ばしながら向かってくる。
こちらの努力虚しく、その距離はあっという間にヤツの吐息の熱を背中に感じるまで縮まっている。
来てる、すぐそこまで。
ならば─────────
さっき勢いのあまり僕たちを通りすぎて行った光景を思い出す。
直線距離なら到底勝ち目はない。
けどあの巨体なら1度スピードに乗ってしまえば小回りは効かないはず。
それを利用しよう。
ちょうどいいところにあった手前の木を蹴りつけ、不意に左に旋回する。
「どうだっ!」
ちらりと後ろを見てみると、予想通りヤツは急には止まれていなかった。
そしてスピードを落とし、こちらにゆっくりと切り返す。
これくらいの初速の速さなら追いつかれずに済みそう。
しかし限界はある。
いくら急旋回を繰り返して距離を離そうにも、ヤツより先に体力が切れたらダメだ。
リシアは思ったり軽いからそちらは問題はなさそう。
元勇者の仲間だったらしいからそれなりの体力はあるだろうと期待するけど、今回はタイミングが悪い。
記憶を無くして自分が何者かも分からない状態で、これまたどこか分からない森の中。
跳んでくる木々や岩の破片からリシアを守りつつ、生い茂る木々の間をくぐり抜けて逃げるのが精一杯。
剣はあるけど戦い方を思い出せないし、頭も切れないから反撃の手立ては思いつかない。
このままだといずれ……
「ねぇアナタ、ワタシが誰だか忘れてない?」
そんな時だった。
腕の中から声が聞こえた。
「あと強く抱き締めすぎ。少し苦しいわ。」
「ご、ごめん。」
「ワタシに1つ考えがある。アナタはその調子で逃げ続けて、少し時間を稼いで。」
「わかった!ここはリシアに任せた!」
「じゃあちょっと肩借りるわよ。」
リシアは僕の肩から少し身を乗り出し、後方の多喰らいに向かって右手をかざすように突き出した。
「絶対に止まったりしないでよ。」
わかった、とこの時は2つ返事で返した。
背中からリシアの手を中心だろうか、何かがうずまき出すのを感じた。
この感覚はどこか覚えているような……。
その何かのうずまきはだんだんと大きくなり、次第にリシアと出会った時に感じた気配になっていく。
そう、悪魔の気配だ。
その幼い姿のために忘れかけていたが、やはり立派な悪魔だと再認識させられる。
リシアの発言の意味を理解した。
恐怖で体が支配されていく。
そして言うことを聞かなくなっていく。
怖い、怖い、怖い。
多喰らいなんてどうでもいい。
だけど、そんなわがままは言ってられない。
止まれば2人とも喰われておしまい。
リシアは倒されるかもしれないと危険を侵してまでも、元勇者の仲間の俺の言葉を信じてくれた。
そして今こうして身を任してくれている。
なら僕もそれに応えなければいけない。
だからこの足は何があっても止める訳にはいかない!
震える体を無理やりにも動かす。
そしてまた木々の間を切り返して距離を稼ぎ続ける。
その間にも悪魔の気配の留まることなく拡大していき、やがて2人を包み込んだ。
この気配の中にいるのはいい気はしない。
なんなら意識が少し朦朧としてくる。
そんな頭を覚ますように、気配に飲まれないように地面を強く蹴りつける。
「……よし。アルタス、まっすぐ走って。」
「そ、そんなことしたらヤツに追いつかれるよ!」
「だから一発で決めるわよ。」
「……わかった!」
僕はリシアを信じ言われた通り、切り返し続けるのをやめてまっすぐ走り出す。
直線ならヤツの暴力的なスピードが活きる。
すぐに追いつかれて距離を離すことは出来ない。
だからこそリシアを信じる。
悪魔の気配が一段と強くなる。
「果てなき欲望はやがて黒くなり神をも喰らう。大いなる闇に包まれろ!『黒き帳』!」
少しの詠唱と聞き慣れない言葉の後にそれは放たれた。
うずまいていた気配が歪む。
体が持っていかれそうだ。
気になって少し後ろを振り向くと、目に見えるほど黒く淀んだ高濃度の悪魔の気配が、多喰らいの周りを包み込んでいく。
しかしそれでも多喰らいは止まらない。
そんな中進み続ける多喰らいを手前に突如出現した黒い壁が突進の勢いを受け止める。
黒い壁は微動だにせず、多喰らいは少しはね返され、動きが止まり隙が生まれる。
その隙を逃さぬように素早く背後と左右を黒い壁が囲い、蓋をして完全に閉じ込めた。
「よし、上手くいった。これで多喰らいは出てこられないはずよ。」
いつの間にか立ち止まって最後まで見てしまっていた。
多喰らいの姿は消え、代わりに残ったのはヤツが入りそうなほどの大きな黒い箱だった。
何が起こったのか理解できなかった。
中からは、暴れているような音が聞こえる。
しかし箱はびくともしない。
「さっきのは一体何?」
「何って結界の魔法よ。少し昔のね。閉じ込めたことだし、ゆっくり行きましょ。」
「あれが魔法……。すごい迫力だったね。」
「当たり前でしょ?アタシは立派な悪魔なん、だから……」
「リシア!?」
高々と話していたリシアが急に崩れるように倒れ込んだ。
僕は抱き抱え彼女に呼びかける。
「ごめんなさい、本当はちょっと無理しちゃったわ。今のでアタシの魔力はすっからかんよ……。」
リシアは力無く応える。
反応があったことにホッとする。
「今日はもう休もう。リシアのおかげで多喰らいの危険は無くなった。だからもう無理しないで。」
「こんなザマで、申し訳ないわね……。明日の朝になれば、歩けるぐらいにはなるから……。」
そう言うとリシアは目を閉じた。
すうすうと寝息をかいているようだ。
かなりの距離を進んだから疲れるのも当然かな。
あの黒い箱の横ではなんだか落ち着いて休めないので、彼女を両手で抱えて移動することにした。




