予感
休日のショッピングセンターを占拠したテロリスト達の掃討戦を開始した忍達。テロリスト達の目的とは、一体何なのか。
希は、薄暗い自室の中で、珍しく自分で起き上がった。忍がいないことに気付くが、ちゃぶだいの上にショッピングモールに行っているという旨の書き置きを見つけ、もう一度寝ようとした――が。
(……インキくさいなぁ。)
半分寝ぼけた頭でそんなことを思い、ふと自分の手の甲を見下ろした。黒マジックで横に一本線が書き込まれている。瞬時に飛び起き、覚醒しきっていない意識のままテレビの電源を入れる。
『――リスト達は身代金と刑務所に収監された仲間の釈放を要求しているとのことですが、現場には能力者専門学校、「巴桜高等学校」の生徒が――。』
しかし希は、ショッピングセンターで中継放送する派遣員が説明する現状より、画面奥でかすかに揺れる紅炎に目が行った。
「……あのバカぁ……っ!!」
希は怒りと心配の入り混じった眼で、拳を握りしめながら、放送を凝視していた。
各員がそれぞれにテロリスト達と立ち向かう様子を遠目に眺めながら、自分も次々にスナイパーライフルから放たれる高水圧の弾丸でテロリスト達を昏倒させていく茜。彼女が今居る場所は、氷唯によって大穴を空けられてしまったガラス天井を支えていた、合金の梁の上だった。
「へへっ、オレの姿を目視できた奴には特別に痛いのをぶちこんでやるぜ、さぁ見つけてみなぁ!」
そんなことを呟きながら、ひとり、またひとりと倒していく。しかし、どうやら連絡を受けたらしい他のブロックを占拠していたテロリスト達が続々と南ブロックに集結してきていた。中にはちらほらと能力者も見える。
「ったく、何が楽しくてこんなところを襲ったのやらなぁ……!?」
スコープ越しに階下を見渡していた茜は、突如テロリストの男と目が合った。――スコープの先には、同じように狙撃銃をこちらに向け、スコープに目をあてがう男がいたのだ。
「しまっ……!」
反応速度追いつかず、とっさにその場から離脱しようとするも、男が発砲したのがスコープ越しに見えた。能力によって強化された茜の動体視力が、その弾丸を捉える。茜は瞬時に目をつむってしまった。だが、いつまで経っても、その銃弾が茜に命中することはなかった。
「――おいおい、必中必殺のスナイパーさんも不意打ちには弱いか?」
恐る恐る茜が目を開けると、そこには、炎の翼を広げ、空中で弾を一人差し指と親指だけで受け止める忍の姿があった。
「まったく、狙撃兵の基本は動き回ることだろ。狙撃位置割り出されて逆に狙撃されて倒されるなんてアホみたいじゃねぇか。」
そういって飛び去る忍の背中に、茜は咄嗟に尋ねた。
「あ……おい! どうして私をかばったんだよ!? お前が死んでたかも知れないのに!」
「……お前さぁ。自分の大切な人を自分の手で殺めてしまった過去を持ってる奴にそれ言うか?」
そこでため息をひとつ、忍はまた口を開く。
「……俺はもう、この手の届く範囲で、この目の届く範囲の中では、もう誰も死なせないって、あの日誓ったんだ。どんなに窮地でも、目の前に死にそうな人がいるなら……俺はそいつを助ける。だからお前を守った。それに……。」
最後に言葉を残し、忍は氷唯が空けた大穴から屋上へと飛び立っていった。
「……お前は俺の大切な仲間だからな。」
その言葉を聞いたとき、茜の心の中で、温かい何かが産声を上げたような感覚がしたが、茜にはそれがなんなのかわからなかった。
男は、総髪に黒い全身マントローブという出で立ちで、屋上のヘリポートの上に棒立ちでいた。忍と将真がその場にやってきても、表情ひとつ崩さず、その何を考えているかわからない微笑みを浮かべたままでいた。
「……お前が首謀者ってことでいいか?」
「それでいいよ。巴桜の生徒さん。ところでそこの赤黒い君。私に見覚えは?」
「――は?」
その場にしばらくの沈黙が漂い、それを回答だと受け取った男が、その口から答えを開示した。
「長らくの外界生活で記憶なんて薄れてしまったかな。……”S-04”番。」
男が首を傾けていなければ、男の頭部は全損していただろう。蒼穹の彼方へ、忍が投げ飛ばした炎の槍が消えていく。
「そうか……そうかい。室長ってそういうことかい。」
「今川、どういうこっちゃ!?」
「は、ははは、会えて嬉しいぜ、大橋室長……。髪型変えててわからなかったぜ。昔は前髪で目元が見えなかったからなぁ……。ほら、俺の中の同居人も暴れたくて仕方なさそうにしてるぜ。」
「今川……まさかこいつ……。」
「あぁ、俺とあの焔姫サマにとって一番憎たらしい相手……俺の体の半分をバケモノにしやがった責任者だ!!」
人質が避難している、南ブロック地下駐車場。直立不動で膨大な数の人質を見守り続ける氷唯に、幼い少年が話しかけた。
「おねえさん、あのおじさんたちは、どうしてこんなことしたのかな?」
その質問に、氷唯は目線も表情も姿勢も変えずに、その少年が成長したかのような声色で答えた。
「知り得ませんね。何が目的か……いや、そもそも、これだけの規模のテロを起こしてまでしたかったことは『国への要求』……と、主からは聞いていますが。どうもどのテロリストも詳しい要求内容は知らなかったようなのです。果たして、本当に『国への要求』が目的だったのか……。」
その声の異様さと話していることの難しさから、少年は途中から聞いていなかったのだが、氷唯はそこから口元のマフラーを少し上げ、ひとり黙して考え込んでしまった。
忍が繰り出した右ストレートをかわし、その手首を掴んで、同じく殴りかかってきた将真の腹に蹴りを入れる。そして掴んだままの忍の手首を捻って地に叩きつける。
「ぐあっ……!」
忍が身体を捻って繰り出した回転蹴りを腋で押さえ込み、背後から殴りかかってきた将真を後頭部による頭突きで反撃する。忍の背骨を蹴って吹き飛ばすも、忍はバク転で姿勢を直した。
「どうして能力を暴走直前まで解放した能力者相手にそんな体捌きができるんだかな……。」
「まぁ君ならだいたい想像はつくだろう、S-04番?」
「人をむかつかせることが得意なのは昔から変わらねぇなぁえぇ!?」
そこからは忍も能力を使った。炎を纏った拳と脚で攻め込むも、そのことごとくを男は防いで見せた。しかし、男は異変に気付いた。
「……もうひとりは――。」
「そこやッ!」
突如虚空から将真が現れ、男の首筋に蹴りを入れた。
「っぐ――!?」
体勢を崩したところに、忍のアッパーが入る。
「がっ! い、いつからだ……透明化、なのか?」
「気配消してるだけやで。肉食獣……こと虎ってのはなぁ、草むらで身を隠して得物に忍び寄り、一気に襲いかかる……そういうスタイルの狩猟方法をするんや。知っとったか? あの縞模様は草むらに隠れるための迷彩模様なんやで。」
そう言って、将真はまた虚空に消えて見せた。
「あんさんはイマガワと闘ってればええ! 俺のことまで考えて防ぎきるのは人間じゃ無理や!」
そこからは、どちらが『正義』かわからなくなるほどのリンチだった。忍の拳をいなす途中で将真からの一撃が入り、体勢を崩したところをふたりで一斉に殴るという繰り返しだった。
「結局何が目的だったんだよ。」
最終的に倒れ伏し、動けなくなった男の髪を掴んで持ち上げ、忍は尋ねた。
「……今日お前がここに来るという情報を掴んでな。久しぶりに成長したお前の実力をこの身で確かめに来たのだよ。……ふっふ、健康に育っているようで私はとても嬉しいよS-04番。君より前に死んだ数知れぬ被験者達のためにも、もっと強くなってくれよ!」
男はそう言って驚異的な体捌きで忍の顎を蹴り上げ立ち上がり、言葉の途中で飛来していたヘリコプターに屋上のフェンスを跳び越え飛び乗り、去って行ってしまった。
直後非常階段の扉が開き、ふたりの少女が現れた。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「殺せばよかったってのに、何をちんたらしてるんだか。」
桜と茜だった。ふたりとも服はボロボロだが、目立った外傷はないようだ。
「殺すのはだめだって言われてたんだよ。こっちだって殺したくてたまらなかったわ。」
「駒壊してんなら核融合だって楽勝に使えただろうによぉ。」
「話聞いてたか? あとそれお前らも死ぬからな?」
「俺らは見ての通りや。そっちは?」
「私たちも大丈夫。ピンピンしてるよ。ヒイちゃんが今人質の皆さんを外に案内しているところ。」
そう言われて屋上から下を見てみれば、確かに数百人という人々が南ブロック臨海ゲートから氷唯の案内で外へ駆け出し、各々抱き合ったり歓声を上げたりしていた。
外には野次馬やマスコミもいて、当分騒ぎは静まりそうもなかった。忍はこっそり、あれだけのマスコミの前で茜の言うようなド派手な攻撃を出さなくてよかった、と安堵した。
「おいヤン、行くぞ。」
「あー、ちょっと待ってよフェイウン。あれが『トモエザクラ』の人でしょ?」
「お前が言っているのはあのマフラーの少女か?」
「いや、あっちの。」
「――屋上? あぁ、確かに人影は見えるが。まさかお前……。」
「うん。強かった。」
「はぁ……また『聴里眼』を使ったのか。いつか失明するぞ。」
「天兵世代に不可能はないのだよ。」
「ほざけ。ほら、フータオが待っている。行くぞ。」
「はいはい。ねぇフェイウン。彼らと闘ってみたくない?」
「トモエザクラ側の事情もあるだろう。それにそんなことしようものなら他の三校が黙ってないぞ。」
「フェイウン、ニホンには『赤信号・みんなで渡れば・怖くない』って格言があってね?」
「あってたまるかそんな教育に不適切な格言。」
「要はみんなで行けばいいじゃんってこと。なにも僕らで強者との闘いを独占しようとしなくていいじゃん。ヒキコモリのサムライ達に見せてあげようよ。」
野次馬の中に紛れてその場にいた、見慣れぬ制服のアジア人青年ふたりは、そう中国語で言い合いながらどこかへと消えていった。
「世界がどれだけ恐ろしいものか……ってさ!」




