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あゝ憎むべき紅炎の騎士  作者: 和泉キョーカ
校内大会編
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18/24

戦い守る理由

学園女子二位の実力を誇る狙撃手鎺木茜との決闘を始めた忍。第三段階までその能力を解放させるほどに強大な好敵手との闘争の中、彼は、彼女の持っていた一つのロケットによって、忘れてはいけないその記憶を、思い出した。

 茜には、何よりも大切な妹がいた。人と違う運命を持ちながら、誰よりも他の人のことを気遣い、また励まし、常に笑顔を絶やさなかった、――そしてあの日、ひとりの少年によって、無惨にも殺害された妹が。


(おいおい、なんだってんだ?)

 茜はあの後、また別のビルの屋上に逃げ込み、狙撃体勢をとっていた。スナイパーライフルの照準器の向こうでは、五百メートル離れた忍が、うずくまって動かないでいる。すると、耳元に取り付けた小型機器から、少女の声がした。

『あ、あー。こほん、もしもしーぃ? アカネちゃん? ごめん、遅れちゃったーぁ。』

「宮下、おせぇよ! ステージを変更することはあらかじめ言ってあったろうが!」

『ごめんごめん、クラック時にいつもとは違うシステムウォールがあってさーぁ。』

「小難しい話ぁいいんだよ。……アイツ。あの野郎、何していやがる?」

『……泣いてるねーぇ。』

「は?」

 本来ならばステージが変更された場合、外部からの接触はルール違反となっているのだが、ほとんどのオペレーター持ちの生徒は、平気でそのルールを無視しているし、学園側も黙認している。

 小型機器の向こうから、コンピューターを操作する音が聞こえ、もう一度同じ解が告げられた。

『うん、泣いてるよーぉ。彼。どのカメラで見ても。』

「泣いてるだ? どっちが泣きたいと思ってんだ! 泣きてぇのはお前じゃない、オレやあの時死んだ数知れぬ人々だろうが!」

『数は知れてるけどねーぇ。……一応、声を拾うよーぉ。ナイト・解放。』

 憤慨する茜の耳に届いたのは、むせび泣く忍の、声にならないかすれた声だった。

『ごめん……ごめん……なさい! 守れなくて……救いきれなくて……!』

(何を言ってやがる……?)

『そうだ、そうだよ! あれだけ珍しい名前だっていうのに、どうして俺は忘れていた? 忘れちゃいけない――俺の生き様の遠因だってのに……! ごめんよ、アオイちゃん……!』

「――ッ!?」

 茜は、恐怖にも近い驚愕を覚えた。なぜ、彼が自分の妹の名を知っているのか。そして、なぜ彼女のことについて涙を流しているのか。疑問が次から次に浮かんでは頭の中を巡っていく。

『あぁ、そうだ。アオイちゃんの言葉を、あの子の姉――「鎺木茜」に届けなくちゃ……。俺は確かに彼女に恨まれてもいいことをした。俺は結局逃げてただけなんだな。全部シンシャのせいにしていた。だから――。』

 瞬間、茜は忍と目が合った。照準器を隔てた五百メートルの距離で。茜は、反応が遅れ、引き金を引いたのは、忍の声が頭上から聞こえた時だった。

「……よぉ、鎺木先輩。伝言がある。」

『センパイ、ごめんなさい、私としたことが相手にハッキングを許してしまいました!』

「大丈夫だイヨリ。もういいんだ。あとはすべて任せてくれ。」

『……。はい。』

 茜は、小型機器から聞こえる音が砂嵐になったことにも今気づき、そして、それほどまでに自分が動揺していることにこそ、動揺した。しかし、忍はどこまでも落ち着いて、言葉を紡いでいく。

「どうか、最後まで聞いてほしい。これは、お前の妹が、俺とお前に贈った、最期の想いだ――。」

 忍はここで一度深呼吸をし――茜には、その表情が後悔しているようにも見えた――、また訥々と語り始めた。


「なんで……? どうして……? なんで……? どうして、どうしてボクは……こんな……! もう、もういやだ! 誰も殺したくない! やめて、やめてよシンシャぁっ!」

『アバレタリナイ、コロシタリナイ、ニンゲンドモメ、……トメルナ、コワッパァッ!!』

「う、ぐ、ぐううぅぅ――!」

 高温すぎる炎によって、すべてが溶けた火の海に沈むショッピングモール。そのいちフロアで、少年は、心の中に巣くう存在と言い争っていた。

「そ、それがっ! その気持ちが作られたものだって、どうして気付けないの……! 今のシンシャはっ! 完全に、操り人形だよっ!」

『ウルサイ、ダマレ!!』

 その時、視界の端を、ふっ、と黒い影が横切った。全ての意識を口論に費やしていた少年は、その一瞬、心を乗っ取られた。

「『マダイタカ――!』」

 少年がすぐに意識を取り戻し、腕をひっこめた時には遅く、その人影に向かって、火球が飛んでいた。それは、齢九つかそこらの、女の子だった。

「あ、あぶな……!」

 運よく、なのか、女の子は、床のひび割れにつまずき、火球にはぶつからなかった。しかし、火球は彼女の背後にあった鉄骨に当たり、溶けた鉄骨の破片が、女の子を貫いた。女の子はこの世のものとは思えぬ悲鳴を上げたが、すぐに、ぐっと悲鳴を噛み殺した。

 少年が女の子のもとに駆け寄り、女の子を抱き上げると、女の子は虫の息になっており、弱々しくも芯のある光を宿した瞳を、少年に向け、微笑んだ。

「ごめん……ごめんなさい……! ボクは、ボクはあなたを殺してしまう……!」

 少年は、大粒の涙をこぼしながら、女の子にひたすら謝罪した。

「ううん、いいの。」

 そう言って、女の子は、少年の頬にそっと触れた。

「あなたは……あたしたちには、見えない誰かと、戦っていた。そう、なんでしょ?」

「どうして――。」

「わかる……んだよ。あたし、ね。昔から、人と……違うから。……誰しも、負けちゃうときはあるよ。」

 突き刺さった鉄骨の破片の奥から漏れるおびただしい量の血は、彼女の命がもうじき途絶えることを物語っていた。

「あたし、ね。運命っていう言葉が好きなんだ。あたしが、ここで、死んじゃうのも、きっと……運命なんだ。あたしが、ここで死ぬことで、きっと、未来は……面白くて、楽しくて……。あたしの人生は無意味じゃなかった、って、そう……思える未来が、待ってるんだよ……!」

「ちがうっ!!」

 少年は、涙ながらに叫んだ。

「君は生きたかったはずだ。生きながらえたかったはずだ! それを……ボクは……!」

「……優しいんだね。」

 どこまでも芯の強い彼女は、まだ涙を見せていなかった。女の子の腕をつかむ少年にはありありとわかった。彼女の脈が、徐々に小さくなっていた。

「あたしは、天国でみんなを……あなたを見守ってるから。あたしには、見守ることしかできない……。だから、あなたは……。誰かを、『守って』あげて? 今、あたしにできなかった分を……。」

 もうそろそろかな、と女の子はつぶやいた。あぁそうだ、とも言った。

「最期に、私のお姉ちゃんへの伝言をお願いしたいな。お姉ちゃんの名前は――。」

 女の子はその名を告げ、自らの名を告げ――そして、その、最期の力を振り絞った、拙い言葉を口にし、息絶えた。最後まで、涙は流さなかった。


「――おねがい、おねえちゃんに、つたえて? あたしがしんじゃったのは、あのこの――あなたのせいじゃ、ないんだよ? だから……おねえちゃん。そのこを、せめないで……。そのこは、きっとこれから、じぶんのいちばん、たいせつなひとをまもることになる。おねえちゃん。あおいからの、さいごのわがまま。もしも、そのこがまた――。」


「――見えない誰かと闘っていたら、その時は、お姉ちゃんが助けてあげて。それじゃあ、ちょっと早く向こうで待ってるからね……。」

 茜は、いつの間にかとめどない涙を流していた。そこまで終えて、忍は、その場にしゃがみ、気が緩んで武器が霧散し、瞳も元通りに戻った茜の正面に直った。彼女の手を握り、指を『拳銃』の形にさせると、その人差し指を自らの額に伸ばした。

「さぁ、これで俺の役目は終わった。どうするかはお前次第だ。俺の話を嘘と切り捨て、この身を撃ち抜くでもいいし、……どうする。」

 茜は、ゆるやかに腕を下ろし、自分の思いを告げた。

「アオイは、未来予知の天兵世代だったんだ。オレと、あいつの事柄に対することに限った、未来予知の能力だった。そんなあいつが運命と言ったんだろ? ……正直、お前のことは今も憎んでるし、許せないかもしれない。けれど、オレはお前を許していこうと思う。アオイが言うんだ。間違いはない。」

 主な能力の他に、能力の源たる『素力』の異常発達によって、別能力に目覚める希少な人々のことを、『天兵世代』と呼ぶ。どうやら、茜の妹、葵は、天兵世代だったようだ。

「妹を殺した奴の保身のための口八丁かもしれないんだぞ?」

「はは……そうだな。でも、お前の話しぶりの節々から、アオイの痕跡を感じた。オレは、オレの感覚を信じるさ。」

 目尻に溜まった涙を拭い、茜は立ち上がった。

「オレも、アンタらと一緒にいていいかい。」

「――こうなることはさすがに予想してなかったな……。」

『……シノブ。えぇっと……。』

「いいよ。」

『えっ!?』

「あぁ、ありがとう……シノブ。」

 そう言って、茜は微笑んだ。

『シノブが……私の許可も取らずに……?』

(……ごめん、マレ。これだけは、俺に決めさせてほしい。)

『……はは、よかった。いつまでも私に依存し続けるわけじゃなさそうだね。』

(もちろん、お前のことも第一に考えていく。けれど、これからは、自分の身でも考えたいんだ。)

 茜が降参し、決闘が終着した後、控室に戻っていく道中で、忍はどこか晴れ晴れした気分で、希にそう伝えた。

 そして、茜は。


(あぁ、けったくそわりぃ。お前、最期までメンドクセーよ、アオイ。)


 微笑み、決闘終了後に忍に返してもらったロケットを弄りながら、茜は、葵の姉は、自らの専属オペレーターにフリーになるよう伝えるのであった。

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