真性化
出来損ないの子供、冬竹氷唯。抱えたコンプレックスとライバルの言葉が蘇らせたのは、過ぎ去りし日の思い出。「さぁ、損傷上等の戦いを始めましょうっ!」そして、彼女はその力を手にした。
『真性化』とは、駒の中に封印された自らの能力を解放させた後、それでもまだ残るリミッターを解除した状態だ。その発現条件はいまだに解明されていないが、発現している生徒にとっては最高の切り札となりうる。そして氷唯は、何が起こったか、その『真性化』を発現したのだ。もともとの能力自体も最後まで解放しきれていない氷唯が、なぜ『真性化』できたのか。それは、この試合を間接的に見ていた数名の人物の興味の的となった。
あるいは絶対王者。
「へぇ、素晴らしいよ。能力の全解放ができていなくても、『真性化』はできるものなのだね……。」
あるいは分析屋。
「ヒイちゃんさんはあの時、何を思っていたんスかねぇ……。」
「ヒイ……ちゃん?」
「今までありがとう、凍空。でも、さっきも言ったけれど、私はあなたを超えた。だって……。」
放り投げられ、壁に打ち付けられた由紀乃から目をはずし、自らの主を見上げる。表情はわからなかったが、彼は笑っているような気がした。
「私は主を超えるよ。主とあなたを比べたら、雲泥の差だもの。あなたが超えられなくて、私はどうして主を超えられるっていうのかしら? あのね、凍空。あなたは知らないかもしれないけれど、私はいくつか修羅場をくぐってきたわ。……この身の純潔が奪われそうになったこともあった。そんな修羅場の一つの中で見つけたのが、主なの。主は……大きすぎる業を背負っている。私は、幾分無理矢理言って主の忍びにしてもらったわ。……だから、私は。」
瞬間、氷唯は由紀乃の眼前に現れた。目では認識できない速度だった。
「主の業も悲しみも……一緒に背負って生きていくって決めたの!」
手の内に出現した氷色の刀身を持った小刀を、ぴ、と軽く、まるで空を切るように振る。しかし、その剣閃は確かに由紀乃の左腕を捉えていた。
「う……うわあああああぁぁぁ!!?」
必要以上に大きな声を上げ、消えてしまった我が腕を見つめる由紀乃。ぼとりと落ちた肘から先は、地面に触れたとたんに、紫色の炎をあげながら消滅した。必死の形相で視線を上げた由紀乃が次に見たのは、いったんバックステップで距離をとった氷唯が、再度由紀乃へと突っ込んでくるところだった。由紀乃は目の前に手をかざし、地面と氷唯の腕を氷で繋げた。
「――……。」
氷唯は小首をかしげ。
自らの腕を、根元からもぎ取った。
「ひっ……!?」
慄く由紀乃の前で、氷唯は氷の中の自分の腕が消滅するのを確認し、肩を前から後ろへ、ぶん、と振った。途端に、妙に肌つやの良い細腕が、肩口からずるりんと滑り生えてきた。また出現した短刀を握り直し、青ざめる由紀乃に笑いかける。
「私の能力は、壁に引っ付くだけじゃないんだよ。」
その足を、再び由紀乃に向かって動かし始める。
「いや、いや、いや! 来ないでええぇぇ!!」
半狂乱で由紀乃が能力を発揮させると、彼女の生み出した氷は、氷唯の首から下を丸ごと呑み込んだ。氷唯はしばらくそのままでいた後、首から上を、背骨ごとずるるるー、と抜いた。これには観客側も吐き気を催し、中には本当に嘔吐してしまう者もあらわれた。
くるくると宙を回転する首と背骨。氷の中の氷唯の体が消えたのとほぼ同時に、背骨からあばら骨が生え、骨盤、脚の骨、腕の骨と再生していき、臓物が生成され、肉が覆われ、皮が張り付き、氷唯は着地した。ここまでで、約二秒。全裸のまま、短刀を由紀乃の首筋に突きつける。
「ひ、ヒイちゃんに羞恥心はないの!?」
錯乱した由紀乃の問いに。
「忍びのものに羞恥心なんて必要ないよ。」
無表情のまま言い切る氷唯。その眼差しを見た由紀乃は、一瞬驚いた顔を見せ、そして、うつむき、顔を上げて、笑った。
「そうだね、ヒイちゃん。あたいはどうやら――超えられちゃったみたい。あたいの負けだよ。」
『勝者ッ! 冬竹氷唯選手ううぅーーーーーっっ!!』
凄まじい光景を何度も見せつけられた観客も、しかしその言葉に大歓声を上げた。またここに、勝者が現れたのだ。その歓声の中、希は、隣に座る忍に、何事かを囁いていた。氷唯には、その姿しかわからなかった。しかし、囁かれた忍の瞳は、驚愕に見開かれていた。
「……ヒイちゃん、早く服着たほうがいいよ。」
ピピ、と空中画面のタイマーが十分を告げたところで、忍と氷唯は動きを止めた。ふたりはその場でへたり込み、氷唯はタオルで汗を拭き、忍はただひいひいと喘ぐ。
「あ、主! 少しは手加減というものを……!」
「しゃあねぇだろ、<レベルワン>じゃお前の真性化には太刀打ちできねぇんだよ!」
由紀乃と自分の声を合成して作った声音で手加減を要求する氷唯に、忍はすげなくその願いを却下する。
ここは、希の所有するトレーニングルームだ。ふたりがここで戦っている理由は、伊予理の一言が発端だった。
今から数十分前、忍と希の自室にて。
「ヒイちゃんさん、真性化状態のデータが欲しいので、ちょっくらセンパイとヤりあってもらえません?」
「やる、の発音おかしかったで……。」
将真の突っ込みはさらりとスルーし、伊予理は次々に不明点を列挙していった。
「まず、どうすれば真性化できるのか。そしてヒイちゃんさんのあのマフラーはヒイちゃんさんの追加オプションであるにもかかわらず、真正化の影響を受けていた……変色したのはなぜか。なぜ全解放もされていなかった能力の真性化ができたのか……。」
「あう、あうぅ……。」
ものすごい迫力で詰め寄られた氷唯は、半泣きになりながら部屋の隅に隠れた。
「視りゃわかんだろ? やめてやれよ。」
「いえ……私にわかるのは個人情報までです。真性化のメカニズムまでは……。」
「……ん。私の、へや……使う……?」
少し興味があるのか、剣姫さまはそう言って胸ポケットの中からトレーニングルームのカギを取り出し、ちゃらりと鳴らして見せた。
「ふぅえあ……んにゃ。」
「センパイは<レベルワン>で充分っス。センパイの戦闘力なら、<レベルワン>でそこらのチリアクタなら倒せますから、ヒイちゃんさんは少し強い一般生徒と戦っていた程度です。やはり真性化に体が慣れていないんでしょうかね……。センパイ、戦った感想はいかがです?」
「死ぬわアホっ!」
「し、ぬ、わ、あ、ほ……と。了解っス。ヒイちゃんさんは?」
「し、正直きついです……。主は本当にお強い。凍空にあんな啖呵を切った手前面目も立たないのですが、主を超えられる気がしません……。<レベルワン>でこれとは……さすが我が誇りの主です。」
そこで、桜が一つの提案をした。
「ヒイちゃん、決闘の度に真性化すれば負けなしなんじゃない? お兄ちゃんと互角に戦えるってすごいよ?」
「え、えぇ!? あ、いえ、そんなことは……。ですがそれは不可能であるかと。そもそもこれだってかなり消耗が激しいのです。独特の呼吸法を使って体力がゼロ以下になることはないのですが……。」
「ほむほむ。意外と消耗が激しい――と。」
ボロボロの手帖にペンを走らせ、真正化への真理を見つけ出そうとする伊予理。そのまま目は手帖に落としたまま、ペンで忍と氷唯を指す。
「次は――<レベルスリー>でもう一度、十分。お願いします。」
「「ぎゃああーーーーーーーーー!!!」」
「んに……がん、ばれ……。」
なまじ希の命令なだけに、忍と氷唯には拒否権がない。ふたりの悲痛な悲鳴はしかし、防音壁のせいで外に漏れることはなかった。
「アカネちゃん、アカネちゃん。いるのーぉ?」
「……あ?」
巴桜開発途上区画。鉄骨だけで組み上げられたビルの奥、ブルーシートでできたテントの中に、ひとりの少女がいた。別の少女がその少女を尋ね、作りかけのビルの中に入ってくる。
「明日、アカネちゃんの番だよーぉ。」
「……相手は。」
「黒狼さんの話が合ってれば……今川、忍くん。」
その名を聞いた途端、少女は、満面の笑みを浮かべた。
「はは、ははははははっ! そうか! ようやくか! 待ってろ今川忍――! あっはっはっはっは!!」
その手に黒塗りの大弓を発現させ、呵々大笑する。
「葵の仇……必ず、オレがこの手で、お前を殺してやるッ!」




