欠如
巴桜五祭第二の決闘祭、『騎兵祭』開幕。様々な人々の様々な思惑を抱き込んで、波乱の一か月が始まる――。
騎兵祭が始まり、その幕開けたる開会式から一日、さっそく雑兵祭を勝ち上がった兵たちがぶつかり合い、勝者は歓喜し、敗者は涙をのんだ。放課後に開催される騎兵祭も、日が落ち、春とはいえ薄暗くなって、ナイトコートと化した闘技場の中央大型ディスプレイに、次の対戦者がそれぞれ映し出された。
そのアラーム音に談笑の口を止めディスプレイを見上げた氷唯は、目を真ん丸にし、顔を青ざめさせ、動きも止めた。
「せ……拙者。対。……いて、ぞら……?」
いつも氷唯の感情のままにまるで命を持っているかのように蠢くマフラーでさえも、微動だにしていない。彼女が決闘に向かう番になったことを察した将真は、氷唯の肩をぽんと叩き、激励する。
「なんや、氷唯ちゃんならできるて! 気後れすんなや! 要は苦手な奴とやりあうっちゅーことやろ? えぇやん! 俺やったら最高の気分やで!」
「どうした、氷唯。気分でも悪いか?」
主にも心配され、氷唯はハッとした顔で体を無理矢理に動かすような歩みで控室の方へ向かっていった。
「……。」
希は、そんな彼女の背を、いつもの眠たげな眼で、追いかけ続け、その姿が階段の下に消えたところで目を閉じ、背もたれにもたれて、寝息を立て始めた。
「ポーン・解放……。」
由紀乃と氷唯が向き合い、それぞれにそれぞれの能力を発揮させる。しかし、氷唯の表情は強張っていて、怯えているようだった。そんな氷唯に、由紀乃は朗らかに声をかける。
「こうやってヒイちゃんと喧嘩するのはとっても久しぶりだね? 里を出てからずっと会ってなかったもんね! ……そういえば……ヒイちゃん、能力の方はちゃんと全判明させられたの?」
途端に氷唯はびくりとまた体を凍り付かせ、なんの武器も顕現していない素手をぎりっと握った。それを見た由紀乃は、またもとても朗らかな声で言い切った。
「はははっ! やっぱり全部は制御しきれてないんだ! 武器も出てない――。半端ものだね! やっぱりヒイちゃんは忍者には向いてないよ! 今からでも間に合うよ、やめたら? ――ヒイちゃんもいやでしょ? みんなから後ろ指さされながら忍者稼業していくなんて。」
由紀乃は青く輝くその手を氷唯に向けてかざし、笑顔のまま手を振り下ろした。瞬間、巨大な氷でできた三日月型の刃が、氷唯を襲った。反応しきれず、氷唯はもろに刃にぶつかり、やや後方まで吹き飛ばされた。制服の胸から腹にかけて、ざっくりと切れ、やや紫色の炎も揺らいでいた。この炎が溢れすぎると、能力が小暴走を起こし、意識を失ってしまう。
「ヒイちゃん、君にはね、欠けているものがあるんだよ!」
言いながら、氷柱でできた手裏剣を投げつけてくる。氷唯はそれを蹴撃だけではじき切るも、脳がパニックを起こしているようで、先ほどから自分から攻撃しようという姿勢は一切見せていない。そうこうしているうちに、また由紀乃は大きな声で――朗らかに――語り始めた。
「変わり続けようとする姿勢と……誰かを守ろうっていう固い決意、それに、生きる目的だよ!」
「その三つが揃っていない限り、君は……忍者なんかじゃない、忍者崩れ、ただの半端ものだ!」
その言葉が、氷唯の記憶の片隅を刺激した。
「この三つが揃っていない限り、忍びは忍びたりえん。ただの半端ものなのだ。」
十数年前、日本の山奥に存在したとある『忍びの里』の、木造の小屋の中で、老爺が、二人の女の子に教えを説いていた。老爺は朗らかに笑う女の子の頭を撫で、その子をほめる。
「ユキ、お前は利発な子だ。もう主人を見つけたそうじゃないか。」
「うん! とっても素敵な人でね! あたい、あの人のためならなんだってできるよ!」
「そうか……。それはよかった。ところでヒイ、お前は……。」
そこに、老爺が呼んだ少女の姿はなかった。
「……やれやれ、筋はいい子なんだがな……。」
場所は変わって、里の全域が見渡せる丘の上の大岩の上。紅色のマフラーで口元を隠した少女は、瞑目し、心を落ち着かせていた。その心は、幼い外見にそぐわぬどす黒い感情で染まり切っていた。
昔から、大人に褒められるのは凍空の方だった。里に二人しかいない子供。ひとりは天才肌で、ひとりは何をやってもだめだめなミソッカス。刃物を構えても、水に潜っても、獣と対峙しても。天才肌の少女はいつも大人に褒められ、自分はいつも大人に叱られていた。
泣きそうになっていた少女の隣に、先ほどの老爺が現れた。
「あ……おじい。」
「隣、いいかい?」
少女がうなずくと、老爺は隣に腰かけ、氷唯に驚愕の真実を告げた。
「ヒイ。……正直に言うとな。優劣をつけるのならば、優はヒイ、お前だ。劣がユキだ。あのみっつがなければ……とは言ったが、私だってあの三つを本当に見つけたのは二十代のころだった。こんな早くに見つけてしまうと、自分の才に溺れ、ユキはいずれ――我が身を滅ぼしてしまう。それに対し、お前は悔しがっている。悲しんでいる。それはとても大事なことだ。」
老爺は驚く少女の表情を見て、にっこりと笑い、その額に手を当て、あることを命じた。
「ヒイ。これは命令だ。いつかでいい。焦るな――そして、必ずユキを超えろ。お前ならそれができる。」
そこから数年後。燃え盛る紅炎の中で、必死に人々を担ぎ上げ、窓から川に投げ捨てる小さな背。“こっちに来ないで! 死んじゃうよ!”泣き叫び、それでも自分は手を止めない。
あぁ、あぁおじい。見つけた。私はあの子のようになりたい。あの子を目指したい。それが『生きる理由』。あの子の元で、『あの子を守りながら』、『変わり続けていきたい』――!
「そんなんじゃ、君のご主人様も辟易しているだろうね! あたいはほら、見て! この青い光! これがあたいの武器! 『氷結具現』だよ! ヒイちゃん、見せてよ! あなたの武器、見せて? 自分の能力が制御しきれているなら、出せるでしょ!?」
氷唯は、先ほどから変わらず無表情だった。飛んできた氷塊は蹴り砕き、軌道のずれた氷柱は躱した。無表情のまま、ふと観客席の方を見上げる。そこで、氷唯は希と目が合った。希は、寝ぼけ眼のような、はっきりと覚醒しているような目のまま、左手の親指を立て――思い切り、下に振り下ろした。
「ご主人様もいい迷惑だよ! 忍者失格の子に従者にさせてほしいなんて押し付けられるなんて!」
氷唯は、やっと歩き出した。そのことにやや驚いた由紀乃だったが、まだ余裕の表情で氷の刃を投げつけ続けた。しかし、当たっても、それによって体中に傷がついても、氷唯は止まらない。そして、由紀乃の目と鼻の先にまで近づいたとき、凄まじいスピードでその首に手をかけた。
「っがぁ……!?」
その細腕からは予想もできない怪力で持ち上げられた由紀乃は、氷唯の瞳を見て戦慄した。
「なっ……ぐ、その色はッ!」
その瞳はそう、アメジストのような済んだ紫紺色に染まっていたのだ。そして、その色と同じ色に、氷唯のマフラーが染まっていく。最後に、ぶらりと下げた左手の中に、抜身の小刀が現れ、氷唯は口を開いた。
「……もう言わせないよ。」
完全に、冬竹氷唯のその声で。
「私は、あなたを超えた。今からその証明をしてあげるから……頼むから、死なないでね?」
そんな彼女の状態に、実況の美佳子はテンションを最高潮にして叫んだ。
『あぁっと! 感情の高ぶりが奇跡を生んだのか!? 冬竹選手……『真性化』を発動させたああぁぁーーーーっっ!!!』
「さ、損傷上等の戦い、始めましょうっ!」




