騎兵祭
突如として巴桜に襲来した『野蛮の者』を撃退した忍。月日はとんで七月、とうとう巴桜五祭の二つ目、騎兵祭が幕を開けようとしていた。いくつもの想いを抱え、そして青年は、またも闘技場に立つ。
巴桜五祭が二つ目、騎兵祭。それは、雑兵祭を勝ち抜いた者たちと、俗に『黒駒』と呼ばれる、伝説や空想上の生物の能力を持った生徒たちが強制参加を義務づけられる、七月開催の決闘祭。
「だから別に雑兵祭に出なくても騎兵祭で強制参加になるってのに、どうして五王会は俺に雑兵祭に出るよう言ったんだ……?」
「天城先輩が、ホンマは今川んこと見たいだけなんかもな。」
「十分あり得るよね……。」
いつも通りのメンバー、忍、将真、桜、希の四人は、騎兵祭の開幕式に参加するため、中央闘技場に向かっていた。
「……のは、いいんだがよぉ……。」
忍は、少し前から思っていたことを、とうとう口にした。
「おいヒイ! なんてとこ歩いていやがる!」
「忍びの者。天井。歩行。常識。」
主である忍の三歩後ろを、氷唯がついてくる。上下逆さまで、天井を歩きながら。
「いや、常識にするな。もうこの世界に忍者はいねぇ。」
「え……。」
ぴたっ、と、氷唯が立ち止まる。それに釣られて、四人もその場で立ち止まった。氷唯は呆然とした表情で固まっていたが、やがて、目尻から髪の毛の方向へと、涙を流し始めた。
「忍びの者。最早。非存在……? 不要物……?」
「あーっ! お兄ちゃん女の子泣かせたぁーっ!」
「この子……忍び。……シノブ、存在、否定……した。」
『うわー、人じゃねぇっスまじ人外っス。あ、人外と人間の混血でしたネ☆』
逆さまになった氷唯の頭を抱きかかえ、彼女の髪を優しく撫でる桜と、それに便乗する希と、なぜかしれっと混ざった伊予理からの批難を受ける忍。将真は、ただにやにやと忍の方を横目で見ていた。
(というかイヨリ、そのことは誰にもばらすなって言ったじゃないか!)
氷唯が伊予理の言った『そのこと』に気付いたかどうか一瞥するが、氷唯はただただ目を潤ませていた。
どうにか氷唯をなだめすかし、深謝に深謝を重ね、おとなしくさせて、中央闘技場・アリーナ内に入ると、そこには出場する選手が集っていた。観客席には、出場しないものの、騎兵祭を楽しもうという思いでやってきた生徒が、座を埋め尽くすほどいる。氷唯や将真、桜も雑兵祭を無事通過し、忍、希と共にアリーナ内の中央に設置されたステージと、そのにある大型ディスプレイの方を見ていた。そして、数分が経った、あるとき。
「ハァイ! みんな元気ぃ? 今日から騎兵祭だよぉーっ!!」
突如、ディスプレイにひとりの女子生徒が映されるのと同時に、その光景と全く同じものがディスプレイ下のステージの上に広がった。
「……どちらさんや?」
「わぁーっ! エリナさんだ! 生エリナさん!」
温度差の激しい将真と桜。桜と同じように、アリーナ内にも観客席にも、ステージの上でマイクを握る、フリルが大量にあしらわれた赤色のコスチュームを身にまとうその女子生徒に、声援を送ったり黄色い声を上げている生徒が山ほどいた。
「今川、あのべっぴんさん誰や。」
「……知らん。」
「ふわーぁ……。」
忍も、希も、それぞれのやり方でその問いに答えられないことを示した。
『あの人は御手洗エリナ先輩っスよ。最近ブレイク中の超一流売れっ子アイドルっス。』
伊予理の説明を聞いた三人が納得してまたステージとディスプレイを見やると、エリナは歓声を上げる生徒たちに手を振って応えていた。そしてまた口元にマイクを寄せ、開幕式を進行していく。
「みんなありがとねー! エリナ嬉しいっ! さてさてぇ。これから騎兵祭の開幕式なわけだけど? まずは我らが五王会、誇るべき『騎士王』、キャバルリアキングの真坂聖くんのお話だよぉ! みーんな、びこわいえ!」
そう紹介され、ステージに現れたのは、精悍な体つきをした容姿端麗な青年だった。エリナからマイクを受け取り、場内に集まる生徒たちへ声を発した。
「――諸君! 私が騎士王、真坂聖だ!」
『ウホッ、いい男……!』
忍はひとまず今日の予定が全て終わったら、伊予理にヘッドシェイクでもかまそうと心に決めつつ、聖の声に耳を傾けた。
「雑兵祭から勝ち抜き、今この地を踏む者たちよ! これまでの奮戦、ご苦労であった! またこれから争いに身を投じる者も、まずは自身のことを最優先に考えてくれたまえ! その上でこの騎兵祭を勝ち抜き、その栄誉を手にするがいい! では……。」
聖は呼吸を整え、一息に言い放つ。
「騎兵祭をッ! ここに開幕するッ!!」
再び、天にまで届くかという歓声が爆発した。
「雑兵祭と違う点はみっつ! いち! 黒駒生徒は強制参加! に! 『環境変化結界』の使用の許可! さん! タッグ、またはトリオバトルの許可! ルールを守って楽しくバトろうね! でなきゃエリナおこだぞ?」
「……あー、うん。無理なタイプだわ。」
「無理やなぁ……。」
「正直。無理。愛嬌。散布。過剰。」
忍と将真は、苦笑いで済んでいるが、同じ女性として思うところがあるのか、氷唯はもろにいやな顔をしていた。
「なんで!? カワイイじゃない! それに歌もうまいしダンスもとっても上手なんだよ!」
『センパイ。こうなってしまったドル勢は止められません。流してください。』
「りょーかい……。」
妹の暴走を尻目に、忍は空間画面で出場日時を確認した。
「えぇーと。俺は明後日か。マレは明明後日、……お、ヒイは明日だな。」
「俺も明明後日や。」
「私は明後日だ!」
各自確認を終え、(忍、将真、氷唯はげんなりしながら)エリナのスペシャルステージを一通り見てから帰ることにした。
そんな彼らを、遠くで睨む少女がいた。
「アカネちゃん、眼が怖いよーぉ。」
その少女の肩を、なだめすかすかのように撫でる少女も。
「うっせぇ! 今川忍……あいつだけは絶対ぇに許せねぇよ……アオイの仇、この騎兵祭で取らせてもらうからな……!」
「シノブくんだって、色々悩んでるんだから……少なくとも、好きで人を殺したわけじゃないみたいだしーぃ……。」
「だからうっせぇっつってんだろ! 人を殺すのに好きも嫌いもあるか! あいつはオレの大事な妹を殺したんだ、それだけで、それだけで充分だ!」
五人が帰路についていた、その途中。五人は、ひとりの少女に呼び止められた。否、氷唯が呼び止められた。
「あれれ? ヒイちゃんじゃない!」
五人して立ち止まり、木陰で手を振る少女を見やる。
「ひっさしぶりぃー! もう七年は会ってなかったよねぇーっ!」
「……凍空。どうしてここにいるの。」
氷唯は、桜と希、そして伊予理の声を合成したような声を使って、少女に返答をした。
「あれぇ? もしかしてまだご主人様が決まってないの? そんなんだから声色の術ばっかりうまくなっちゃうんだね!」
「どうしてここにいるの……二度目よ。」
「やだなぁ、そんなに睨まないでよぉ、暇だったんだよ!」
忍は、この人もエリナテンションかと腹をくくりながら、一応どこの誰かと尋ねた。
「あたい? あたいはねぇ、凍空由紀乃! ヒイちゃんとは数年来の仲なの!」
「それは違う。強いて言うなら、犬猿の仲。」
「んで? ヒイちゃんの……カレシさんかな? 君のなま……うぇっ?」
いつのまにか、由紀乃は桜に羽交い締めにされ、希に頭蓋を掴まれ、氷唯に足を踏まれていた。
「ごめんねー、お兄ちゃんまだ彼女いない歴イコール年齢で、しかも周り結構ハゲタカだらけなのー。」
至極明るい、だが目が完全に笑っていない笑顔で、どんどん肩の関節を極めていく桜。
「うわわ! ごめんね! そんなつもりじゃ……ね!」
バキッ、と音がしたかと思うと、これまたいつの間にか、由紀乃は三人の前に立っていた。
「関節を外したか……ちっ。」
「うーん、お兄ちゃんって呼ばれてるって事は、君はこの女の子のお兄さんなんだね? でもってこのちびっ子と……それにヒイちゃんかぁ。君意外と倒錯しゅ……わわわ!」
「おにあい、って略称知ってるかな、凍空先輩?」
「……ちびっ子、じゃない。アヤメの……ヘアピン。私は、……高一。」
「私を単一属性みたいにいうのやめてくれないかな。」
ぐいぐいと詰め寄ってくる三人に、気圧されて後ずさる由紀乃。忍としても早く帰りたかったのだが、女子たちの戦いはそこからが本番だった。




