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あゝ憎むべき紅炎の騎士  作者: 和泉キョーカ
校内大会編
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11/24

誰かの視線

 対五十嵐若菜との戦いで本気を出した希。そして、雑兵祭は終わりを迎える。そんな中、忍は謎の視線に悩まされていた。

 忍はふいに、背中に走る寒気に驚いた。

(またか……。)

 六月に入り、雑兵祭は終了。複数ある決勝戦を勝ち残った者たちが、一ヶ月後に来たる『騎兵祭』に向け、鍛錬や勉学に励む時期だ。忍は成績上の問題もあって、マジメに勉強していようと考えたのだが。

「ったく、ここ最近ずっとだよなぁ……。」

 そうぼやきながら、図書館へと向かう。その呟きの原因は、先程の寒気である。忍は抱えている事情上、人の視線は毎日浴びている。そのほとんどが、恨みか好奇の目だ。だがここ最近、そのどちらでもない視線を感じるのだ。その正体はわからないが、気持ちの良いものでないことは確かだ。

「しかも何か周りに人がいなくても感じるんだよなぁ。」

 まさかあの事件・・・・の被害者が化けて出たか――。とそう考えているうちに、忍は図書館に着いた。ひとつの学園としては世界一の広さを誇るので、図書館の広さも尋常でない。ラグビーコート五面分の面積と、それが四階まであり、所狭しと本棚が並んでいる。その四階にある自習用スペースの一角に落ち着くと、かばんから問題集とノート、ペンケースを取り出し、黙々と数学Ⅰの問題を解き始める。

と。

「……ちっ。」

 数ある恨みと好奇の視線の中に、やはりひとつだけ、それらとは全く別の、気色の悪いものが混じっていた。忍が背後に目を向けた途端、その視線もなくなる。だがまたノートに目を落とすと、延髄辺りがちりちりするような奇妙な視線を感じた。

(なんなんだ一体……まるで虫かごの甲虫の気分だ……。)

 そこでようやく忍は、自分が『観察』されていることに気付いた。だが、その理由がわからない。

(まさか天城の差し金か……?)

 そこまで考えて、さすがに勘ぐりすぎかと判断し、その視線と格闘しながら、忍は閉館まで勉強していた。


 すっかり夕暮れ時になり、忍はふと考えた。

(この視線の主は男なのか?)

 そこで、忍は一計を巡らせた。忍がやってきたのは、巴桜生活区の中心部にある、大浴場だった。

(風呂入っても視線を感じるようなら……これの正体は男だよな。)

 と、そういうわけで、律儀にあとをつけてくる視線を意識しながら、彼は入り口でタオルを受け取り、桜に希を風呂に入れるようメールし、男湯に入った。いつもと違うだだっ広い浴槽を独り占めしながら、誰もいない浴室を見回した。やはり誰もいない。

(……えぇー……。)

 忍はもはや唖然としてしまった。浴室は隅から隅まで誰もいない。浴槽を使っているのも忍ひとり。なのに何故か、視線を感じるのだ。ここまで来ると視線の主が人間なのか、はたまた生物なのかという疑問すら生じてくる。

(透視能力があれば女湯からでも見られるか……。じゃあ、女か?)

 ひたすらに硬派な忍でもさすがに女湯を覗くのははばかられるが、さりとてこのまま正体がわからずじまいなのも歯切れが悪い。

(帰ってマレに相談するか。)

 いちいち迷いが発生すると希に依存してしまうのが忍の欠点だが、とにかく忍は寮に戻るために湯から出た。……いちおう前を隠しながら。


(なんてこった。)

 忍は自室に帰り、下着を新しくし、風呂場の前を通り過ぎた際に誤算を痛感した。桜を希と一緒に風呂に入れると、とにかく時間がかかるのだ。風呂場からはまだシャワーの音ときゃっきゃとはしゃぐ桜の声が聞こえる。

(しまったぁ、俺としたことが。こいつの正体にばっか脳を使ってたぜ……。)

「ただいまー!」

「おかえりぃ!」

 ここはお前の部屋じゃねぇよと内心つっこみながら、忍は桜の返答を適当に聞き流し、リビング兼寝室のちゃぶ台前に座り、テレビの電源を入れた。そして夜七時半からのクイズ番組を見ながら、携帯食料をかじってペットボトル茶で流し込む。ちなみに忍にとってはこれが夕食のつもりだ。

まだ、視線は忍の背中に集中している。さてこの限られた寮の部屋の中でなら隠れようがあるまいと、忍は思いきって後ろを振り向いた。

 いない。

(わっっっつ!!?)

 しかし先程から視線は感じる。と言うか後ろを振り向いた今も感じている。穴が空くかと言うほど見られている。

いない。

(ちょちょちょ待って!? つまりこれって――。)

 忍の脳内に、『ゆ』『う』『れ』『い』の四文字が浮かぶ。

「マレちゃん、ちゃんと髪乾かさなきゃー!」

 そこに、希と桜がやってきた。ふたりともパジャマ姿だ。ふたりは忍のいるちゃぶ台へと近づいてきたが、希は途中でピタリと止まり、部屋の一点を見つめた。それは、忍が見ていた場所と同じだった。

(なんですかマレさんもしかして視えちゃう人でしたか!?)

 ハラハラしながら立ち止まる希を見つめる忍。ややあって、希が動き出した。二段ベッドの上段に昇り、壁に向かって手を伸ばす。そして、壁のすぐ近くの空を掴むと、一気に引っぺがした。

「んにゃ?」

「はっ?」

「え?」

 そこには、ひとりの女子高生がひっついていた。……壁に。黒髪のボブと黒曜石のような瞳を持ち、巴桜の制服に薄紫色でアヤメ柄のマフラーを首に巻いていた。身長は桜と同じかそれより少し小さいくらい。世間一般に照らせば美少女に分類される女の子だった。

「……無念。」

 そうぽつりと言って、少女は希に引っぺがされた。


「拙者。冬竹。氷唯。こおり。ゆい。……ひい。」

「冬竹……さん?」

「否。要請。呼称。……ヒイ。」

 幼さの残る声で淡々と話す氷唯は、二段ベッドの柱に麻縄でグルグルに巻かれていた。

「えっとー。普通に喋ってくれないか?」

「不可。拙者。日本。言語。話術。皆無。」

「はぁ?」

「日本語が喋れないんでしょ。」

 希にドライヤーをかけながら、桜が意訳する。

「いや、喋ってるじゃないか。」

「ん……口述。不許可。……師匠、不許可。」

「師匠に喋ることを禁止されているんだって?」

「ん、ん!」

 氷唯はその桜の意訳に激しくうなずく。

「……どうやったら普通に喋ってくれるんだ?」

「お前が主と認めた者が、信頼に値し、お前を信頼するまでだ。」

 そう、氷唯はいきなり老爺の声でそう言った。

「拙者。伊賀流忍術家。末裔。先程。使用。――声色の術。」

「ホントかぁ?」

「……ん。」

 目を閉じ、ただうなずく氷唯。

「……あっ!ちげぇよ、なんでずっと俺のこと見ていた?」

「あぁー、そういうことだったの。」

「今川……忍……御仁。……ヒト、ゴロ、シ……?」

「ストップヒイちゃんっ!」

 次の瞬間、ずっと微動だにしていなかった希が、ちゃぶ台の下からエチケット袋を取り出し、素早く広げて忍の口に押し当てた。案の定、顔を真っ青にしていた忍は嘔吐し、それを見た氷唯は無言のまま驚愕の面持ちでことの顛末を理解した。


(御仁。『ヒトゴロシ』。単語。禁忌。委細承知。)

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