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あゝ憎むべき紅炎の騎士  作者: 和泉キョーカ
校内大会編
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10/24

対五十嵐戦・後編

忍は、修験者の娘、リクガメの能力者五十嵐若菜を偵察することになる。彼女は、次の対戦者・希に対して、伝言を預けた。「鹿毛井さんに言っておいて。私は一筋縄ではいかない――少なくとも、今まで鹿毛井さんが相手にしてきた人たちとは……私は、違うよ、ってね。」

 五月二十九日、巴桜中央競技場のいつもの席についた忍は、隣にいた轟に声をかけられた。

「よう今川、おまんオペレーター見つけたんやて?ほんまうらやましいやっちゃなぁ。俺だってほしいで。」

「別に俺とマレだけのモノじゃないし、いいんじゃね? 相互使用で。」

『モノって! モノってなんスかセンパイ! イヨリはモノっスか!』

 忍のウォッチバンドから、伊予理の声が響く。

「あれ? サクラはどこだ?」

『スルーッスかそうっスか。』

 轟の隣の席が空席なのを見て、忍は妹の名を口に出した。

「あぁ、サクラちゃんやったら、天城先輩に呼ばれとったで。」

「何ッ!?」

『センパイちょっと! あまり大声を出さずに……。わかりますけど。』

 と、そこにちょうど桜が現れ、轟の横に座った。

「サクラ、大丈夫だったか? 何をされた?」

「うわぁお兄ちゃん! カオ! 顔近いよっ!」

 詰め寄る忍に気圧され、桜は顔を上気させながら首を振った。

「なんでもないの! 天城先輩からは、お兄ちゃんのことをよく見ておきなさいって言われただけ!」

『センパイ、言っておきますがそのシチュ、私めさ萌える配置ですよ。』

 妹に息がかかるほど近寄る兄と、それに顔を真っ赤にする妹。『そのシチュ』に気付いた忍は、ウォッチバンドの向こうにいる頼もしきオペレーター兼サポーターに。

「イヨリ。終わったらHR棟裏に来てくれ。話したいことがあるんだ。」

『うわぁー! イケボで言われると妄想はかどるけど結末見えてコワイーっ!!』

 笑顔で死刑宣告を放った。

「今川を……よう見る、やて……?」

 言い合いをする忍と伊予理の耳に、轟の呟きは入らなかった。


 中央闘技場に広がる歓声の中、二人の少女が対峙する。黒髪ポニーテールの少女と、銀髪セミショートの少女。

「さぁーッ! 本日一番の見所勝負! “因果応報”五十嵐若菜選手バーサス! “華胥の剣姫”鹿毛井希選手ーっ!!」

 歓声と嬌声と悲鳴が最高潮まで響き渡り、闘技場はさながらに絶叫の檻となった。

「大事な騎士様に私のこと聞いたかな? もう一度言うけど、一筋縄じゃ行かないからね。」

「ふぁあ……。」

「はは、余裕だねぇ……。ナイト・解放っ!」

 若菜が盾を持ち上げたのを認めると、希も袖の中から駒を滑り出した。

「ポーン……解放。」

 紫色の炎が希の身体を硬質化させ、身体能力も飛躍的に底上げする。最後に大剣を掴むと、希はそれを片手で持ち上げ、肩に担ぐ。

「わぁ。すごい力だね……。じゃないや、おいで、“華胥の剣姫”さん。」

 大盾の後ろに身を隠し、若菜は動かなくなる。

 が。

「……あれ?」

 いつまで経っても攻撃が来ない。こっそり盾から顔を出して覗くと。

「む……ゃう……。」

 希はうっつらうっつらと舟をこいでいた。ずっこけそうになる若菜だったが、だからといって動けるものでもない。能力が解放されている今、若菜はその能力内訳に含まれている『鈍足』によって、移動する速度が並々ならぬ遅さになっているのだ。

「おきてーっ! 鹿毛井さん、頼むから起きてーぇっ!」

 小声で希に向かって叫ぶ若菜。その声が聞こえたのか、希は急に背を正した。

「みっ!?」

 そのままふるふると首を振り、若菜に向かって跳躍してくる。よしよかったと息をつくも、とてつもなく大きな衝撃が、盾越しに伝わってくる。立て続けに二回、三回。

(速い……。あんなに大きな大剣を、こんなに高速で振るっている?)

 盾を持つ左手に力を込めながら希の方を伺うと、信じられないような光景がそこにあった。希が、空中でくるくると縦横斜めに三百六十度回転しながら、大剣を若菜の盾にぶつけていたのだ。

(剣を振る遠心力で地面に足がついていないの!? 一体、体重何キロ!?)

 しかもそれを、相変わらずの寝ぼけ眼で行っているのだ。時折、欠伸すらしている。

「何回も繰り返すようで悪いけど、私はそんなに弱くないんだ。いくよっ!」

 力を込め、剣を弾き、そこにできた隙に盾を変形させる。

「さぁ、私の十八番、食らいなさい! これがあなたの力……あなたの業! <フルカウンター>!!」

 ハンマー状になった盾の先端部分は、見事に希の鳩尾に吸い込まれるようにクリーンヒットする。青い光が閃き、希は後方へ吹き飛ばされた。

 地面を数回バウンドしながら倒れた希は、しかしまだ意識があった。あったのだが。

「ふぇ~うぅ……んにゃ。」

 あってなきに等しかった。

「何でぇ!?」

「あっとぉ! 鹿毛井選手、五十嵐選手の渾身の<フルカウンター>を食らってもまだ眠たげだぁーっ!?」

 実況の安田美佳子ですら、驚愕に語尾が上がっていた。そんな希に、若菜もやや焦ったように糾弾する。

「いやいや! ちゃんと戦ってよ! 私だって次の騎兵祭に出場したいんだからね! ここで寝ぼけたあなたを倒しても何も嬉しくないのよ!」

 希はそれを聞きながら、おもむろに立ち上がり、膝の汚れを払い、そのままゆっくりと腕を上げ、打ち合わせ通り・・・・・・・、合図を送った。

「ん。わかった。……シノブ。」

「あいよっ!」

 希の背後から、威勢の良い声とともに、猛スピードで回転しながら、謎の物体が飛んでくる。希がそれを上げていた腕でキャッチする。その物体の正体に、若菜も、実況の安田も、そして観客も皆唖然とした。

「氷……、」

「水?」

 ペットボトル入りの氷水だったのだ。ゆっくりゆっくりと、希がそのキャップをひねり開けていく。

「本気……見せてあげる、よ。」

 キャップを外し、ペットボトルを頭上まで持ち上げ、ひっくり返した。陽光を受けてキラキラと輝く氷水が、希の髪と身体を濡らしていく。体中から水滴をしたたらせながら、希はペットボトルを放り、大剣を拾い上げた。その動きは、常時の希ならば考えられないほどきびきびとしていて――。

大剣を構え直し、今一度若菜と向き合う。

「騎士を名乗っておいて隠し玉しか持っていないウチのシノブとは違うからね。私は卑怯な真似はしない――。おまたせ。さ、おいで、“因果応報”先輩。」

「おぉー! なんと鹿毛井選手、氷水で自らの目を覚ましたぁ! 本気モードだぁーっ!」

 中等部以来の『本気』に、安田の声も自然とうわずり、若菜もやや表情を引きつらせた。

「おいで……って、私は、」

「あぁ、そういえば。『鈍足』だっけ? ごめんごめん。」

 本当に悪気のない笑顔で手を振る希。若菜はその変貌ぶりに我が目を疑った。

「うん。じゃあ私が攻めなきゃね。さて、とー。」

 大剣を地に突き刺し、かっと目を見開くと、朗々と口上をまくし立てた。

「月はあなたの心の鏡。己の醜さを恥じなさい!」

 大剣を掴み、地から引き抜き、若菜の元へと突進していく。

「華胥の剣姫と謳われる所以、教えてあげるっ!」


 ぎりぎりのところで盾を構え直した若菜に、大ぶりの逆袈裟斬りを放つ。、若菜はなんとかそれを防いだものの、衝撃で何歩か後ずさる。その後も希はひとつひとつが高威力の斬撃を繰り出し、若菜は元いた地点から十メートルほども後退してしまった。しかしそこは“因果応報”五十嵐若菜。ただの噛ませ犬ではない。希が大上段で大剣を振り下ろしたその一撃を、防がずに躱すことで生まれた一瞬の隙に、必殺の一打を打ち込む。

「……<フルカウンター>あああっ!!」

 希は苦悶の表情でその直撃に耐え、若菜から少し距離を取った。だが、すぐに姿勢を直し、にや、っと笑う。

「言ったでしょ? 月はあなたの心の鏡。――<ミラージュペイン>。」

「うがっ……!?」

 数十秒前の希と同じ表情で、今度は若菜がその場に崩れ落ちる。

「決ったあーぁ! 鹿毛井選手の捨て身の技、<ミラージュペイン>! 自分が受けたダメージをそっくりそのまま相手へ返却する防御不可の技だぁーっ!」

「安田先輩。ウルサイ。」

「あ、すみません。」

 希にたしなめられ、安田はピタリと黙った。若菜がふらふらと立ち上がるのを見て、希はほんの少し驚いた。何せ、希が若菜に叩き込んだ斬撃の二乗のダメージを返されたのだ。さすがは二つ名を持つ若菜であろう。ふ、と希は微笑み、最後の手段に出た。

「ありがとう、ここまで私と渡り合ってくれて。私に本気を出させてくれて。その力に敬意を表して……。――月の狂気をっ!」

 体中から霧状のどす黒いオーラをまき散らしながら、足元おぼつかぬ若菜に歩み寄っていく。そのオーラはやがて闘技場全体を包み込み、一点の光すらも存在しない完全な暗黒を作り出した。目の前にかざした手の輪郭すらも見えない。

「……<発狂化>。」

 その中で浮かび上がるふたつの紅い光。希の瞳だった。それが若菜に近づいていき、白刃の光芒が彼女を襲った。二撃、三撃、光芒だけを残し、何十回も斬撃がはなたれ、若菜と思しきシルエットに打たれていく。そして、暗黒が端から収束して希の体内へと消えると、とうに気絶していた若菜が、ぱったりと倒れた。

「し……勝者! 鹿毛井、希選手っ!」

 おっかなびっくり、安田が勝者の名を告げると同時に、下手なガラスなら割れてしまうのではというような音量の歓声が爆発した。そんな中、希は力を使い果たしてその場に倒れ込み、ブーイングを受ける忍によって回収されたのだった。

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