泥舟王国の沈没 〜クズ王子と腹黒聖女の末路〜
番外編です!!
「おい! なぜ夜会の予算書類の計算が全く合わないのだ!? アシュリーがいた時は、私がサインをするだけで完璧に片付いていたというのに……!」
きらびやかだったはずの王宮の執務室。
第一王子カイルは、机の上に山積みにされた書類の束を前に、ボサボサの髪を掻きむしって絶叫していた。
アシュリーを「冤罪」で国外追放してから、わずか数週間。
王国は、文字通り未曾有の「大混乱」に陥っていた。
それもそのはず、高慢ちきな悪役令嬢として蔑まれていたアシュリーは、実は公爵家の優秀な教育を受け、王国の面倒な内政や予算管理の「実務」を裏で一手に引き受けていた超有能令嬢だったのだ。ストッパーを失ったカイルの無能さは、秒速で露呈することとなった。
「カイル様ぁ、そんなにイライラしないでくださいな。エレン、悲しくなっちゃいます……」
隣でうるうるとした瞳(いつもの被害者面)で寄り添う聖女エレン。だが、今のカイルにはその顔を愛でる心の余裕すら残っていなかった。
「エレン、お前こそ『聖女の奇跡の力』で我が国の来期の予算をどうにか増やせないのか!? 商業ギルドのエリオットに金の融通を頼もうとしたら、なぜか『アシュリー殿の命の恩人を害した国など、金の一枚も貸せるか』と、完全に取引を停止されたのだぞ!」
「えっ……? エ、エリオット様が……?(そんなゲームのイベント知らないわよ!?)」
エレンは引きつった顔で固まった。彼女もまた「転生者」としてゲーム『クリスタル・ラプソディ』の知識を持っていたが、アシュリーが【50周やり込んだガチ勢】の行動力で、すでに帝国の金策イベントをすべて先回りしてクリアしていることなど知る由もなかった。
さらに、追い打ちをかけるように執務室の扉が勢いよく開け放たれる。
「カイル殿下! 大変です!!」
息を切らせて飛び込んできたのは、王室の財政官だった。その顔は完全に絶望に染まっている。
「ブラウエル公爵家が……アシュリーお嬢様の婚約破棄および冤罪による国外追放の慰謝料として、我が国の国庫の【約半分】に相当する天文学的な額の手切れ金を正式に請求してきました!」
「なっ……なんだと!? たかが小娘一人を追い出しただけで、なぜそんな額を払わねばならん! 拒否しろ!」
「それが、拒否できないのです……! 公爵家側から、殿下が聖女エレン様に貢ぐために行っていた『国庫の大金横領の裏帳簿の写し』が提示されました……! もし支払いに応じなければ、この証拠を他国や国民に全面開示すると……!!」
「なっ、がああああああ!?? なぜあの秘密の引き出しの中身を公爵家が知っているんだぁぁ!?」
カイルは椅子から転げ落ち、白目を剥いて泡を吹いた。
すべてはアシュリーが「出国手続きのついで」に実家に匿名リークしておいた、完璧な防衛フラグの成果である。
「カ、カイル様!? 嘘でしょ、こんなの私の知ってるゲームのシナリオじゃないわよぉ!」
エレンが悲鳴を上げる。
だが、彼らの絶望はこれで終わりではなかった。
財政官は震える手で、もう一枚の、禍々しいほどの重厚感を持った「黒鉄の親書」を取り出した。
「さらに……ガルディニア帝国より、レナード・フォン・ガルディニア公爵の直筆による親書が届いております。……読み上げます」
『我が最愛の婚約者であり、帝国の至宝たるアシュリー・ブラウエルに対し、これ以上の不敬や嫌がらせ(悪評の流布など)を行う場合、――我がアスラン公爵家直属の騎士団をもって、貴国を文字通りの【更地】にする。覚悟しておけ』
「ひっ……ひいいいいいいい! 死神レナード!!?」
カイルとエレンは、互いに抱き合ってガタガタと震え上がった。
数年後に訪れるはずだった経済制裁による国のガタツキは、アシュリーを怒らせた(結果的にレナード様を本気で怒らせた)ことにより、マッハの速度で「国家存亡の危機」へとジャンプしてしまったのだ。
「ア、アシュリー……! 頼むから戻ってきてくれぇぇぇ!!」
王宮に響き渡るカイル王子の情けない泣き叫び声。
しかし、その声が、愛する推し(レナード様)の隣室で「吸う空気の成分が尊い……!」と毎晩悶絶している幸せ絶頂のアシュリーのもとへ届くことは、未来永劫、絶対にないのであった。




