タイトル未定2026/10/25 21:28
是非読んでくださるとありがたいです!!
「……おす……? おす、とは……。一体、何の、儀式だ。それか、新手の呪術か?」
あ、やばい。
油断したら、本当につま先とつま先がぶつかるんじゃないかっていう距離。
見上げればそこにいるのは、帝国で知らない奴はモグリと言われるガルディニア公爵、レナード閣下だ。
巷じゃ『氷の死神』なんて物騒な二つ名で怯えられてる。
だけど、その冷徹極まりない顔面は、確かに一見の価値があるというか……普通に息を呑む。
そのレナード様が、いま、私の目の前で本気で眉間に深いシワを刻みつけている。
サファイアブルーの冷たい瞳に浮かんでいるのは、敵意っていうより、もっと生々しい困惑。
「なんだこいつ……」という、直球の不審者を見る目だ。
そりゃそうだ。
私が前世の記憶を持っていようが知ったこっちゃない。
「最推し」とか「推し活」なんて言葉、このファンタジー世界の辞書にあるわけがないのだから。
「呪術ではありませんわ、レナード閣下。私の全存在を賭けて、あなたという存在を全肯定し、愛で、守り、破滅の運命から救い出すという……いわば、私の崇高なる意思表明です」
「……意味が分からん。要するに、俺の忠実な配下になりたいということか?」
「いえ、配下ではなく、私はただの壁になりたい限界オタクなのですが……。あ、分かりやすく言うなら『無償の愛を捧げる、超強力なビジネスパートナー』だと思ってください」
私が引きつった笑顔のまま、なかばヤケクソで一気にまくし立てる。
レナード様は、しばらく私をじっと見つめていた。
それから、ソファの背についていた手をゆっくりと離す。
……沈黙。
じわり、と部屋の空気が重くなる。
押し潰されるような威圧感が、肌にピリピリと刺さる。
彼はゆっくりと上体を起こした。
端正な顎に、すっと長い指を当てる。
ふむ、と。
深く、考え込み始めた。
(あぁ……悩む推しのポーズ! ゲームの立ち絵のまんまじゃないの……! 陰のある美貌が今日も今日とて五臓六腑に染み渡るわ……生きててよかった……っ!)
こんな緊迫した空気なのに、私の心臓だけが、まったく別の意味でバックバクと音を立てていた。
うるさすぎて、レナード様に聞こえてないか心配になる。
「……お前が俺の敵でないこと、あるいは、誰も知り得ない俺の過去と『厄災』の予兆を知っていることは理解した。その異常な魔力も含めて、お前をこのまま野放しにする選択肢は、俺にはない」
「おっ、囲い込みですか?」
「……言い方が不穏すぎる」
レナード様は、本当に呆れたように、小さく息を吐いた。
そのままデスクへと歩いて戻り、すらすらと万年筆を走らせ始める。
カリカリ、という硬い音が部屋に響く。
乾いたインクの香りが、ふっと鼻をくすぐった。
すぐに、一枚の書類が私の前に差し出される。
「俺の『専属魔力管理官』として、今日からこのガルディニア公爵邸に住み込め。身分は俺の直属だ。お前が持つ、俺の暴走を鎮める魔力と、その未来の知識。それを、すべて俺のために使え」
(――ッ!!!!)
喉の奥で、引きつった悲鳴が爆発した。
住み込み。
専属。
ちょっと待って、まだ出会って2日目よ……?
原作ゲームのレナードルートなら、物語の中盤、ボロボロになったヒロインがようやく公爵邸に身を寄せるはずなのに。
まさか、こんな序盤で同居ステージに強制ジャンプするなんて聞いてない。
「もちろん、ただでとは言わん。お前の身の安全、及びブラウエル公爵家と同等の生活水準を保証する。隣国でお前を断罪したあの愚王子どもが二度と手出しできないよう、俺の権力で完璧に庇護してやる。……どうだ?」
どうだ、じゃないですよレナード様。
隣国のあのクズ王子への牽制までセットになってる。
至れり尽くせりの、スパダリ保護プラン。
断る理由なんて、逆立ちしたって見つかるわけがない。
むしろ私から天文学的な額の逆貢ぎ……というか、納税をさせてもらいたいくらいだ。
「喜んでお受けいたしますわ、レナード閣下。私のすべてを、あなたのために捧ましょう」
「……そうか。ならば交渉成立だな」
レナード様が、フッと笑った。
それまでの凍りつくような冷徹さが、ほんの少しだけ緩む。
綺麗な唇の端が、かすかに上がっていた。
(ひゃんっ!!! 出た、ゲーム未実装の『不敵なデレ微笑み』!!! 立ち絵の差分にないやつ!!! 新規描き下ろしスチルを今すぐ網膜に焼き付けろーーー!!!)
私の脳内がお祭り騒ぎになっているのなんて気にも留めず、レナード様は手元の静かに鈴を鳴らした。
チリン、と高い音が響く。
「では、さっそくお前の部屋を手配させよう。――おい、ギルバート」
扉が、音もなく開いた。
入ってきたのは、やっぱり。
あの『胃薬が手放せない苦労人眼鏡副官』のギルバートさんだった。
「お呼びでしょうか、閣下」
「アシュリー嬢が、今日から我が邸の専属魔力管理官として同居することになった。彼女と、そのメイドの部屋を、俺の寝室の隣の最高客室に用意しろ」
「……はい?」
ギルバートさんの眼鏡が、一瞬、ガチでズレた。
彼は信じられないものを見る目で、レナード様と私を何度も交互に見つめている。
それから、観念したようにこめかみを指で押さえた。
「か、閣下? 今、なんと? 同居? しかも閣下の寝室の隣,ですか……? 出会ってまだ、実質まともに会話されたのは初めてのはずでは……」
「問題ない。彼女は俺の『すべて』を知る者だ。物理的な距離は近い方がいい。今すぐ手配を」
「は、はぁ……」
ギルバートさん、本当にごめんなさい。心から同情します。
でも、私。
推しの隣室とかいう神席(最前列チケット)を、他人に譲る気なんてサラサラありませんの。
「よろしくお願いいたしますわ、ギルバート様」
私が淑女の完璧な笑みで挨拶すると、ギルバートさんは「あぁ、閣下がまたとんでもない爆弾を拾ってきた……」と言いたげな顔で、深々とため息をついたのだった。
こうして、国外追放されたはずの悪役令嬢は、爆速で最推しの公爵邸へと居を移すことになった。
守られるばかりのヒロイン枠だと思ったら大間違いよ、レナード様。
あなたの隣室という最高の特等席から、私は全力で、あなたの破滅フラグ(魔力枯渇の厄災)をボッコボコにへし折りに行きますからね!
◇
「……というわけでね、マリア。私たちは今日からこの、国一番の広さを誇る公爵邸で暮らすことになりました。やったね」
「お嬢様、ちょっとお座りいただけますか。今すぐ、大至急です」
ギルバートさんに案内されたのは、確かにレナード様の執務室兼寝室の、本当にすぐ隣にある部屋だった。
王宮の賓客用ですか? と聞きたくなるほど馬鹿げた広さの客室。
ふかふかの絨毯を踏みしめながら、私に付き従って隣国からついてきてくれた唯一のメイド、マリアが、完全に般若の顔をしていた。
彼女は私の両肩をがっしりと掴むと、恐ろしいほどのローテンションで語りかけてくる。
「断罪されて、国外追放されて、命からがらこのガルディニア公爵領に逃げ込んできたのが、一昨日の夜です。お嬢様、覚えていらっしゃいますか?」
「うん。寒かったねぇ」
「そうです、寒かった。凍死するかと思いました。それを、たまたま通りかかったレナード閣下が、お嬢様の『異常な魔力の揺らぎ』を検知して拾ってくださった。そこまでは、いいです。奇跡の救出です。感謝しかありません」
「そうだね、閣下は生きる神様だね」
「話を遮らないでください。……で? なんで出会って二日目の、しかも冷酷無比で有名な『氷の死神』の寝室の隣に、私たちが寝泊まりすることになってるんですか!? お嬢様、閣下にどんな怪しい呪術をかけたんですか!?」
揺さぶられる。ガクガクと脳が揺れる。
マリア、違うのよ。私は呪術をかけたわけじゃない。ただ、ちょっと前世の記憶(この世界が乙女ゲーム『クリスタル・ラプソディ』であるということ)を使って、彼の最大の秘密と、これから起こる破滅の未来をペラペラと喋っただけなの。
レナード・フォン・ガルディニア。
彼はこのゲームの圧倒的人気キャラクターでありながら、どのルートを選んでも最終的に「魔力の暴走」を起こして世界を巻き込んで自滅する、確定破滅枠の悲劇のヒーローだった。
彼が時折見せる冷徹さは、いつ暴走するかわからない自身の強大すぎる魔力を、必死に理性でねじ伏せている反動なのだ。
そして、隣国で「無能の悪役令嬢」として婚約破棄された私――アシュリー・ブラウエルには、なぜか彼の魔力の暴走を完全に中和し、鎮静化させることができる「規格外の無属性魔力」が宿っていた。
つまり、私は彼にとって、世界にたった一人の「歩く精神安定剤(特効薬)」なのだ。
「呪術じゃないってば、マリア。これはウインウインの関係よ。私は閣下の魔力を管理して、ついでに未来の危機を回避する。阁下は私を元婚約者のクズ王子から守ってくれる。ほら、完璧なビジネスでしょう?」
「ビジネスの相手を自分の寝室の隣に囲う男がどこにいますか! お嬢様は頭がよろしいのに、どうして自分のことになると、そうやって壊滅的に危機感が足りなくなるんですかね……」
マリアは盛大にため息をつくと、諦めたように荷解きを始めた。
ごめんねマリア。でも、危機感なんて持てるわけがないの。だって、目の前に「本物の推し」がいるのよ?
ゲーム画面の向こう側、ドット絵と綺麗なイラストでしか見られなかった彼が、いま、同じ屋根の下にいる。
吸っている空気の成分を今すぐ瓶に詰めて保存したいレベルの非常事態なのだ。
そんなことを考えながら、部屋に備え付けられた豪奢な姿見の前に立つ。
鏡に映っているのは、ウェーブがかったプラチナブロンドの髪に、気の強そうなアメジストの瞳。
典型的な「悪役令嬢」の容姿をしたアシュリーの姿だ。
ゲームの中のアシュリーは、ヒロインを虐めるだけのただの噛ませ犬で、最後は隣国を追放されて野垂れ死ぬ運命だった。
けれど、中身が日本の限界オタク(前世の記憶持ち)に切り替わった今の私は、死ぬ気なんて毛頭ない。
自分の命を守るため。そして何より、最推しのレナード様をあの悲惨な結末から救い出すため。
私はこの悪役令嬢の身体と、無駄に有り余った魔力をフル活用するつもりだった。
「よし、まずは状況整理ね」
私はデスクに座ると、引き出しから白紙の紙を取り出し、万年筆を握った。
人間、テンションが上がっている時こそ、冷静に文字に起こして作戦を立てるべきだ。
『レナード様の破滅フラグ(魔力枯渇と厄災)粉砕計画』
まず、第一の関門。
「魔力の暴走」。
レナード様は月に一度、新月の夜に魔力が制御不能になり、激しい激痛と精神汚染に襲われる。ゲームの立ち絵でも、その時期の彼はいつも以上に顔色が悪く、目の下にクマがあった。
これに関しては、私が毎日、あるいは定期的に彼の魔力を「調律(オタク的ふれあい)」することで回避できるはずだ。さっきの書類にあった『専属魔力管理官』の仕事の本質はこれだろう。
次に、第二の関門。
「ガルディニア公爵領を襲う、魔獣の大量発生」。
これは原作ゲームの序盤の山場だ。時期は……確か、今から約3ヶ月後。隣国のクズ王子が聖女とイチャイチャしている裏で、この地は地獄絵図になるはずだった。
魔獣が発生する原因は、公爵領の北にある「古代の結界」が劣化していること。
これも、私の異常な総魔力があれば、事前に結界の補強ができるかもしれない。
そして、第三の関門。
「隣国のクズ王子(元婚約者)による、嫌がらせと政治的圧力」。
あの馬鹿は、私を国外追放しておきながら、私がガルディニア公爵に拾われたと知ると、「我が国の財産(魔力)を不当に奪われた」などと難癖をつけてくるはずだ。本当に救いようのない脳みそをしている。
「……ま、これに関しては、さっきレナード様が『俺の権力で完璧に庇護してやる』って言ってくれたしね」
思い出すだけで、顔の筋肉が緩みそうになる。
あの冷酷無比なレナード様が、私のために隣国を敵に回すのも辞さないと言ってくれたのだ。
(いや、実際は私の魔力が惜しいだけなのは百も承知だけど。でも、推しの口から出る『庇護してやる』の破壊力はノーベル平和賞ものよ……)
「お嬢様、ニヤニヤしながら不穏な書き置きをするのはやめてください。呪いの書か何かですか?」
「違うよマリア、これは希望の書だよ」
私がノートを閉じようとした、その時だった。
コンコン、と低く、しかし明確なノックの音が部屋に響いた。
マリアと顔を見合わせる。ギルバートさんだろうか、それとも他の使用人だろうか。
マリアが急いで扉を開けると――そこに立っていたのは、他でもない、レナード閣下その人だった。
しかも、先ほどまでの完璧な軍服姿ではない。
上着を脱ぎ、白い上質なシャツのボタンをいくつか外した、驚くほどラフな部屋着姿。少し乱れたプラチナシルバーの髪が、彼の端正な顔立ちをよりいっそう引き立てている。
「ひゃっ……!?」
変な声が出た。咄嗟に口を押さえる。
立ち絵にない! 立ち絵にない衣装です、レナード様! ゲームの公式設定資料集の「没カット」か「ファンディスク」でしか許されないタイプの、大変心臓に悪いお姿です!
「アシュリー、少し時間があるか」
レナード様は、部屋の中にいる私を見つめ、静かに尋ねてきた。
その声はいつもより少しだけ低く、かすかに掠れているように聞こえた。
「は、はい! もちろんですわ、レナード閣下! オタ……じゃなくて、私に何かご用でしょうか!?」
「……お前のその、時折混ざる妙な言葉遣いは一度矯正した方がいいな」
レナード様は少し頭を痛めるようにこめかみを押さえると、マリアに向かって一瞥をくれた。
「席を外せ」
その一言に、マリアは一瞬だけ私に「お嬢様、生き延びてくださいね」というアイコンタクトを送り、音速で部屋を出ていってしまった。待って、マリア、置いていかないで。推しと二人生体監禁はさすがに私の網膜と心臓がもたない。
静まり返った部屋。
広い客室に、レナード様と私の二人きり。
彼はゆっくりと私に近づいてくると、部屋の中央にあるソファに腰掛けた。そして、私にも座るよう、視線で促す。
私は借りてきた猫のように、対面のソファの端っこにちょこんと腰掛けた。背筋が完全に凍りついている。
「閣下……? お顔色が少し、優れないようですが……」
そう、気づいたのだ。
ラフな格好のせいもあるかもしれないが、彼の肌はいつも以上に白く、唇の色も少し薄い。
サファイアブルーの瞳は、どこか熱を帯びているように潤んで見えた。
「……察しがいいな」
レナード様は、自嘲気味に低く笑った。
その手が、自身の胸元を強く掴む。
「お前の言う通りだ。俺の魔力の暴走……周期的な揺らぎは、本来なら新月の夜に来るはずだった。だが、お前という『異常な魔力源』と接触したせいか、それとも、ここ数日の無理が祟ったのか……。今、体内の魔力が、信じられないほどの速度で逆流を始めている」
「えっ……!?」
嘘でしょう、原作ゲームより時期が早すぎる。
新月はまだ数日先のはずだ。
レナード様の呼吸が、目に見えて荒くなっていく。彼の身体から、目に見えるほどの濃密な、そして禍々しいまでの青い魔力が陽炎のように立ち上り始めた。
部屋の温度が、一気に氷点下まで下がる。壁や窓ガラスに、バリバリと音を立てて霜が降りていく。
「くっ……、あ……」
レナード様が、苦しげに声を漏らし、ソファから崩れ落ちそうになった。
(大変、本気でやばい奴だこれ!!! ゲームのバッドエンド演出のやつじゃん!!!)
私の脳内ツッコミの余裕は、一瞬で消し飛んだ。
目の前で、大好きな人が、私の「推し」が、本当に苦しんでいる。
死にそうな顔をして、孤独に魔力と戦っている。
「レナード様……!」
私は考えるより先に、ソファから飛び出していた。
絨毯の上に膝をつき、倒れ込むレナード様の身体を正面から抱きしめる。
「な……っ、離れ、ろ……! お前まで、巻き込まれて、死ぬ……っ!」
レナード様が、荒い息の隙間から私を突き放そうと、私の肩に手をかける。
その手は、凍りつくほど冷たかった。
けれど、私は絶対に離さなかった。むしろ、その細い身体をさらに強く、きつく抱きしめる。
「死にません! 言ったでしょう、私はあなたを守るって! 私の全存在を賭けて、あなたを肯定して、救い出すって言ったのは、嘘じゃありません!」
私は目を閉じ、体内の奥深くにある、今まで「使い道がない」と言われ続けてきた、底なしの無属性魔力を一気に解放した。
アシュリーの魔力は、攻撃には使えない。火も出せないし、氷も作れない。
けれど、その性質は「全受容」。
どんなに狂暴で、どんなに汚染された魔力であっても、すべてを優しく包み込み、無害な水のように希釈して、持ち主の体内へと還すことができる、唯一無二の調律の力。
私の身体から、淡い、温かな紫色の光が溢れ出す。
それが、レナード様から吹き荒れていた禍々しい青い魔力を、包み込んでいく。
「あ……、これは……?」
レナード様の身体から、力が抜けていくのがわかった。
激しい呼吸が、少しずつ、少しずつ、穏やかなものへと変わっていく。
部屋の温度を下げていた鋭い冷気が霧散し、代わりに、春の陽だまりのような温かさが二人を包み込んだ。
どのくらいの時間、そうしていたハズだろう。
数分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。
「……もう、大丈夫、ですか?」
私が恐る恐る目をあけ、腕の中のレナード様を見つめると。
彼は、私の肩に顔を埋めたまま、じっと動かなくなっていた。
「レ、レナード様……? もしかして、逝ってしまわれました……?」
恐る恐る声をかけると、私の鎖骨のあたりで、ふ、と小さな、本当に小さな吐息が漏れた。
「……死んでいない。……それと、お前の脳内は、相変わらず騒がしすぎる」
レナード様は、ゆっくりと顔を上げた。
そのサファイアブルーの瞳からは、先ほどまでの狂気や激痛の色は完全に消え去っていた。
ただ、いつもよりも少しだけ、本当に少しだけ、バツが悪そうな、子供のような表情を浮かべている。
そして。
彼は私の身体を抱きしめ返したまま、耳元で、低く呟いたのだ。
「……信じられん。本当に、一瞬で、俺の暴走が収まった。……アシュリー、お前は一体、何者だ」
「ですから、ただの限界オタク、いえ、『あなたを絶対に死なせないビジネスパートナー』ですわ」
至近距離。
本当に、あと数センチで唇が触れ合いそうな距離で、レナード様はしばらく私を凝視していたが。
やがて、観念したように、フッと綺麗な唇の端を上げた。
それは、ゲームのどのルートでも、どんな公式イラストでも見たことがない。
本当に、優しく、慈しむような、本物の『デレ笑み』だった。
(……ア、アカン。これ、私が先に心臓麻痺で死ぬルートかもしれない……っ!)
私の脳内のお祭り騒ぎは、どうやらこのガルディニア公爵邸での同居生活の間、ずうっと終わりそうにない。
でも、決めたのだ。
この特等席から、私は全力で、彼の破滅フラグをボッコボコにへし折り続ける。
悪役令嬢アシュリーの、推し活(命がけの世界救済)は、まだ始まったばかりなのだから。
ありがとうございます!!次回読んでくださるとありがたいです!!




