磨く、削る、傷つける
「っつーか……えーと、ゼンカン氏? は、なんで宝石研磨なんて知ってんだ」
「趣味だ! 仕事にはなんねぇぐらいのな!」
ふーん、いい趣味してんなぁ。リアルで、趣味は宝石研磨です、なんて人がいたら一目置かれるレベルだとは思うがここは夢の世界、読書と同じレベルなのかもしれない。
「俺は磨くのが好きでな! みろよこの愛剣!」
ゼンカン氏が取り出したるは、ピカピカに輝く直刀。剣の腹が鏡のように反射し俺の顔がくっきり映っている。
「ふぉぉぉ!」
この奇声は俺の声。残念ながら俺はこういうのが大好物で、どうしてもテンションが上がってしまう。というか嫌いなやついるのか?
「ふっふっふ、ノクスも好きなようだな! 見よ、この鏡面仕上げを……!」
「え、見ていいのか!?」
「じっくり見ていいぞ! いやぁ、ここまで磨き上げるのに時間をかけたかいがあるってもんだ!」
ま、こんだけ磨いても切れ味には一切関係ないんだがな! とガハハと豪快に笑うゼンカン氏。
腹で斬るわけじゃないからなぁ……戦闘中にふと気になった時の前髪のお手入れぐらいにしか使えなさそうだ。
「さて、ノクス少年! お前は研磨についてどの程度知っている?」
「なんも知らない、かな」
「何もか!?」
ぴかぴか研磨仲間が増えて嬉しそうなゼンカン氏には悪いが、本当に何も知らない。ただやりたいという気持ちが先走っている状態だ。
「よくそれでやる気になったな!? いや、いらない知識がないだけマシと考えるか! 中途半端な知識が重荷になることもある!」
おお、ものは考えようだ。決して褒められてはいなさそうだが、矯正から始めなくて良いってことだもんな。
「ところで、ピカピカ泥団子は知っているか? 作ったことは?」
「なっつ! あるある、あれ地味に楽しいんだよな」
泥団子は、まずいい感じの土を探す所が大事になってくる。
そんで泥団子を丸く成形できたら、泥団子と同じ細かさの砂で形を整える。
そんで細かい砂をかけて表面を撫でて、良い感じになったらより細かい砂に変えて表面を撫でるの繰り返し。
やがて泥団子が黒光りしてくるから、最後にストッキングとかの布で磨いて仕上げだ。
いやぁ懐かしいなぁ、完成した渾身の光る泥団子を登校班のメンツに見せたら、下級生の悪ガキに全力で壁に投げつけられて一瞬で崩壊したっけ。りこがめちゃくちゃブチギレてたなぁあん時は。
「うむ! 語弊を恐れず発言するならば、宝石研磨は泥団子作りと同じだ!」
「いや語弊ありまくりじゃない?」
「そんなことはない! まずは研磨について学ぶべし!」
ゼンカン氏は机の下から、いたって普通の包丁と、何枚かの紙を取り出した。
紙には#40とか#120と書いてあるが、同じよう表記をどこかで……。
「これは見たことあるか? 紙やすり、サンドペーパーと言われるものだ」
「あ、紙やすり? へー、本当に紙なんだ」
数字が書いてある面はスベスベだが、裏面はザラザラしている。この面でやするのだろうか。
「包丁を研ぐための砥石は覚えているか?」
「あれ為になった! 今度家用の砥石買いに行くつもり」
「それは重畳! では此度の授業で存分に学ぶといい!」
まぁ授業料払ってないんだけどな。少し申し訳なさがある。
「これらの紙やすりは粒度が異なる。左から順に#40の紙やすり、#120、#280、#400、#1200だ。触って違いを確かめてみろ」
確かめてみろって言われてもなぁ、違いなんて……あっ、わかるわ。
#40はゴツゴツしててザラザラ、120もザラザラだが僅かにゴツゴツ度は減っている。
#1200になってくるともはやスベスベで、こんなんでやすれるのだろうか。
「粒度が粗い紙やすりで包丁の腹を磨くとだな!」
#40の紙やすりを持ち、特に汚い訳でもない包丁の腹をゴシゴシと横に往復させて磨く。
磨くっていうか、これ……。
「めっちゃ傷ついてない?」
普通だった包丁の腹はいくつもの横線が入り、見るも無残に。えぇ……。
「うむ! 粒度が粗いと削る力は強いが、表面は荒れる。泥団子もまずは大きめの砂で成形するだろう?」
ゼンカン氏は次に#120の紙やすりで包丁の腹を擦る。
これでさっきついた傷がキレイに……という訳でもなく、より細かい傷がついたように見える。
「なぁ、これ……」
「泥団子では砂を粗いものから細かいものにしていくように、研磨も粒度を粗めから細かめに変えていく」
次は#400で擦っていくと、より細かい横線がつく。最初についた大きめの横線は細かい横線に埋もれ、だんだんと気にならなくなってきた。
「研磨っていうのはな、原理的には傷をたくさんつけることと言って差し支えない!」
「キレイにすんのに傷をつけるだって?」
どう考えても真逆の思想な気がするが。
「ざらざらしている表面というのは、高い部分、低い部分が疎らに分布している状況だ。故に引っかかりが生じ、ざらざらと感じる」
「それはまぁたしかに」
「逆に、つるつるしている表面はどの箇所も高さは均一だ。故に引っかかりがなく、つるつると感じる」
あー、なるほどな。ざらざらとつるつる、そういう違いで感じるのか。
「粒度の粗い紙やすりで生まれた大きな傷をざらざらと感じるのは、傷による段差が大きいからだ。粒度が細かい紙やすりで生まれた細かい傷は、段差が均一な為すべすべに感じるが研磨力が低い故、成形には向かん」
「はえー」
「まずは研磨力の高い、粒度の粗い研磨剤で大きな傷をつけ成形。そして研磨剤の粒度を徐々に細かくしていき、普通の傷、小さな傷、より細かい傷……と研磨していくことで、表面の高さが均一になり……このようにスベスベで光沢を放つようになるのだ!」
いつしかゼンカン氏の磨いていた包丁の傷は消え、眩い輝き……とまでは言えないが、それでも磨く前よりピカピカに見えた。
「泥団子も宝石も金属も原理は一緒だ! 磨くというのは無数の細かい傷をつけることと道義! 根気のいる作業だが、完成した時の感動もひとしおだ!」




