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たかがパンチ、されどパンチ

「って言っても、こんな一撃を毎回できる訳じゃないっすけどね」


 それはそう。敵は黙って突っ立ってちゃくれないし、なんなら攻撃もしてくる。


「さっきは準備時間もあったから全力を叩き込めたっすけど、実戦だともっと細かいダメージを重ねて、隙をついて懐に入って重い一撃を与えるのが格闘の戦い方っす!」


 シュッシュッとパンチが空を切り威嚇する。もう機嫌は直ったようだ、多分。



「あ、あの、リコちゃんはどうして格闘技を習おうと思ったんですか……?」

「どうせ苦労するならリアルでも役に立つ技術を覚えたいじゃないっすか。もし不審者に襲われても撃退……は難しいかもしんないっすけど、少しは抵抗できたほうがよくないっすか?」

「いやお前、襲われたら大声出して逃げろよ」


 まぁ格闘技ならリアルでも使えるというのはわからんでもない。剣なんて持ち歩く訳にはいかないし、魔法なんて言うまでもないしな。



 とりあえず俺とシオンも戦士ジョブに切り替えて、サンドバッグを殴ってみたが、うゆとどっこいだった。

 女の子と同じパンチ力かぁ、と思ったりもするが、当然ながらゲームの世界では性差なんてないので、男でも女でも頑張れば同じぐらい活躍できる。


 むしろ女性しか装備できないアイテムがあって不満が、みたいなゲームもあるが、今俺が女物の服を着ている以上、そういうのは無さそうだ。

 忘れていたのに思い出させないで欲しい。



 ――――――



「じゃあリコ先生、格闘家の技術を教えてくれ」

「よ、よろしくお願いします……!」

「ん」


「や、やめて欲しいっす! 先生なんて言われるほど偉くないっす!」


 そうは言いつつテレテレとしている。嬉しいは嬉しいのだろう。




「それじゃあまずは座学っす! 作用・反作用の法則って覚えてるっすか?」


 作用・反作用……そんなの習ったかな?



「すまん、わからん」

「……ん、同じく」

「あ、あれ? 知らなかったっすか?」


「あ、知ってます。物体に力を作用させると、同じだけの力が反作用として返ってくる、んですよね……?」

「そうっす! スケボーに乗って壁を押すと、押しただけ反対に動く絵で有名な……」


「……? あー?」


 俺とうゆは頭を傾げる。知らんもんは知らんが、感覚としてはわかる気もする。


「授業でやったっけ? リコは覚えてる?」

「あー……道場で教えてもらったのかもっす! とりあえず実演するっすね!」


 唐突に座学は終わった。やっぱ理科と言えば実験だよな!




「しょーご先輩、今から押すんで堪えてほしいっす」

「おっけ、耐えればいいんだな」

「いくっす! ふんーー!!!」


 リコは俺の背中に手を当て、力を入れて押し込む。

 だが踏ん張れと言われれば余裕で耐えられる程度で、そこまで強くはない。


「これが作用反作用の実験?」

「はぁ、はぁ……今のは普通のっす。次は作用・反作用を活かして押すっすよ!」



 リコの言うことには場所が重要というので、壁際まで移動した。

 壁、リコ、俺という並びで、さっきのように背中を向けて立つ。


「じゃあ行くっす! 歯ぁ食いしばれっす!」

「殴る時のセリフだぞそれ」



 先程と同じように背中に手を置かれ、ぐっと押され……おっ、おおっ!? 踏ん張っていたのにそれ以上に強く押され、前に飛び出てしまった。



「やったっす! これが作用・反作用の力っすよ!」

「すげ、一体どうやって……」


 振り向いてみれば押した手とは反対の手を壁につけている。もしかして、壁を押して俺を動かしたのか?


「おま、それずりぃだろ」

「ズルくないっす! これが作用・反作用なんす!」



 話を聞くに、10kgの強さで壁を押すと10kgの強さで押され返すので、その力を使って俺を押す力にしたんだそうな。


「間に入ってるあたしも重要っす。折角10kgの反作用があっても、途中で減衰してしょーご先輩に届かなかったら意味がないっす」

「ど、どうやれば減衰しないんですか……?」

「簡単っす、力を入れるだけっす。肘とか手首がクッションになって減衰するっすから、関節を固定するつもりでグッと力を入れるっすね」



「ん、なるほど。反作用の力を発生させ、正しく伝達させれば、ノクスは動かせるのか」

「そっす! 強いパンチを出すには、壁を強く押して反発力を発生させて、その力を良い感じにパンチに伝える必要があるんす」



 ふんふん。たしかに言ってることは正しいように聞こえる。壁を押せばこっちも押されるから、その力を利用しようって訳だ。


「でもさ、それができるのって壁がある時

 だけだよな?」


 空手や拳法の試合では壁なんてない。ボクシングだとリングロープがあるけど、あれは壁……じゃないよな?


「さすが先輩、いいところに気づいたっす! 今はわかりやすくする為に壁際でやったっすけど、毎回都合よく壁がある訳じゃないっす。だから、壁の代わりに別のものを押すっすよ」


 何もない空間で壁の代わりに押すもの……なんだ? なぞなぞか?



「あ、あの……良いですか?」

「わかったっすか? どうぞっす」


 俺にはさっぱりだが、しかしそこは作用・反作用の法則を知ってたシオン、この答えにもたどり着いたらしい。


「その、地面……だと思います」

「地面を押す?」

「は、はい……足で地面を蹴って、その反発力を使うのかな、って……」

「正解っす! フェリちに1ポイントあげちゃうっす!」

「は、はい……?」



 あ~、地面かぁ~? 軽く地面を踏んでみるが、あまりしっくりは来ない。


「ノクスくん、うゆちゃん。ジャンプしてみてください……!」


 カツアゲではないが突然ジャンプしろと言われた。

 言われたとおりにぴょんと飛ぶ。おっと、僧侶服のスリットが……やめろうゆ、見んな。


「このジャンプは、地面を押した事で返ってきた反発力を利用してるんです……」

「ん? あー、おー。言われてみれば?」


 強く踏み込めば高く飛び、弱く踏めば軽く飛ぶ。これ、作用・反作用なのか。


「歩いたり走ったりも同じ原理っすよ。地面を蹴って反発力で推進を得てるっす」

「へー、めっちゃ重要な概念じゃん。何で覚えてねーんだ?」

「私は習ってすらないが」


 俺だけわかってないと不安が強いが、もう一人いると心強い。ダメな心強さ。知らない仲間を見つけて心の安定を図ってはいけない(1敗)。



「え……あっ。そういう……」

「ん? フェリシア、何かわかったのか?」

「い、いえ、なんでも……」


 なんかシオンの目が柔らかくなった気がする。背中にゾワッと何かが走る気配を感じた。




「つまり纏めるとっす。地面を蹴って反発力を得て、足、腰、肩、腕、手と良い感じに力を伝達させると、腰の入ったパンチが打てるっす!」

「パンチなのに足が重要なのか。盲点だな」

「っすよね! ちなみに腰を捻ったり回転をかけると、より増幅させることができるっすよ!」


 ――――――


 流派によって違うらしいんすけど、と断りがありながらも、パンチのオーソドックスな姿勢を教えてもらった。


「ふんっ!」


 ダンッ! 46ダメージ!


「先輩、コツ掴むの早いっすね!」

「先生の教え方がうまいのかな」

「だーから、やめてっすよ~!」


 剣での攻撃もファンタジーしてる感じがしていいが、肉弾戦も衝撃が体の芯を震えさせる感じがして戦ってる感が気持ちいい。

 棍棒も剣も素手も、それぞれ良さがあるな。


「ふぬーっ!」

「え、えいっ!」


 うゆとシオンも改善されつつはあるが、今まで縁がなかった部類な為か習熟度の上がりは緩やかだ。



 地面を蹴る。

 腰や肩を捻る。

 力を入れて関節を固定する。

 パンチを相手に当てる。



 一連の動作を淀みなく行うのは一朝一夕では難しい、練習あるのみだ。

 実際、捻りを意識してみたら良い感じにヒットしたし、地面の蹴りを意識すればダメージは目に見えてあがった。


 武器に頼れない分、己の技術とパラメータだけを頼りとするやりがいのある戦法だ、素手。




「あ、そうだ。スキルとか使ってみてもいい?」

「パワーアタックっすか?」

「いや、攻撃スキルじゃないんだけどさ」



 名前詐欺のザコオロギから入手した、奴らの脚力を模倣する敏捷スキルカード。

 蹴りの威力を上げるのではなく蹴りの反動を増幅させるという、ハイジャンプやハイステップを含有した移動スキルカード、と思っていたが。




「スクイークストンプ!」



 大地を踏みしめ、強く前に蹴り出す。

 スキルで反発力だけが大きく増幅され、足から腰、肩、腕を媒介にして次々と伝播し、拳からサンドバッグに衝撃を伝えんとする。





 バッコォ!!



 サンドバッグの悲痛な声がこだまする。

 ……390ダメージ。


 格闘を習いたてのなんちゃってパンチでこれ……。

 あれ、もしかしてこのスキルカード、ぶっ壊れじゃね?

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