そんなの聞いてないっすけど
「ちょ、うゆ!? どうしたん……ってかその格好」
「…………」
大層ご立腹なのか、口を真一文字にしてリコを睨みつけている。軋むほど力を入れて腕に抱きつかれており、俺にも若干ご立腹なのかもしれない。
「あれ? あれあれあれ? 彼女さんっすか?????」
「いや、フレンド」
こいつに彼女だなんて勘違いでもされたら、からかわれること間違いない。それにうゆにも迷惑がかかってしまう。
「だよな?」
「……ん」
うゆの腕を掴む力が強くなる。わ、わかんね~! なんか間違えたか!?
誤答だとしても「彼女です」なんて言えねぇよ! 最初から選択肢は一つしかない!
「そっすか。あたしと同じっすね! それじゃ、しょーご先輩、また明日学校で!」
そう言うと数歩下がってゆっくり透明になって消えた。あれはログアウトの演出か。
もっとイジられるかと思ったが、大人しく引き下がっていったな。
「…………」
「あの、うゆさん?」
「…………」
「あいつは小学校の後輩で……あれ、学校でっつってたから、今年から中学でも一緒になるんかな?」
「…………」
腕を掴む力が強くなった。あぁ、流石にわかる。これは間違えたな。
――
――――
――――――
「…………」
「…………」
お互い無言で寝具屋への道を進む。腕にしがみついているので歩みは遅い。
困った、こういう時に何を言えばいいのかさっぱりだ。
っていうかうゆは何を考えてるんだ?
恐らく知らん女性と一緒に居たのが気に入らないのだろうが、偶然再会しただけだしな。ただ偶然リアルの知り合いに遭遇しましたって言っても信憑性は薄いだろうが。
……端から見たら、理由をつけて個別行動を提案し、その隙にこっそりリア友の女性と遊んでたクズ男じゃないか?
そりゃ怒るのも理解は……これ怒ってんのか? つば広の魔女っ子帽子で顔が伺い知れないのが悔やまれる。
「…………なぁ、うゆ」
「かずは」
……かずは?
やっと喋ったと思ったら要領を掴めない単語。
「それってどういう……」
「私の名前だ。こっちだけ本名を知っているのは不公平だろう」
…………あぁ。しょーご先輩ってのを本名だと思ったのか。あだ名みたいなもんだし気にしてなかったが、こんな事故が起こるとは。
もし明日リコが顔だしてきたら、文句の一つも言ってやらんとな。
「なんて言ったらいいかな。その……」
「…………」
「……悪い。あのしょーご先輩ってやつな。あれ、本名じゃないんだ」
「……ん?」
理解できなかったのか、足を止めて首を傾げた。
わかんないよな、俺もなんで変なあだ名で呼ばれてるんだかわからん。
「本名をもじったあだ名っていうか。まぁあいつしか言ってねぇんだけど」
掴まれている腕を解き、膝立ちになってうゆと向かい合う。膝立ちになってちょうど顔の高さが同じぐらいかちょっと低いぐらいだ。
表情は……なんだろう、悔しさを滲ませているように見える。本当はどう思ってるかは知らないが。
「あのな、うゆ。あんまりこういうこと言いたくないけど、あんまネットで自分の本名出しちゃダメだぜ?」
「…………」
「特に女の子はさ、何の犯罪に巻き込まれるかわかんないし。もっと自分を大切にしてくれよ」
「……ん」
俯いて、帽子のつばで顔が見えなくなる。せっかく膝立ちになったのに隠されちゃ困るんだよな。うゆの帽子の位置を斜めに調整したら、顔が見えるようになった。
「…………」
ここから先はあまり人に聞かれたくない。相変わらず無言のうゆの背中に手を回し、軽く引き寄せた。
「なっ……の、ノクス……!?」
「まひる」
「えっ……ん……?」
耳元に口を寄せそれだけ呟くと、珍しく赤面したうゆの肩を掴み体を離す。
「こっちだけ本名を知っているのは不公平、なんだろ?」
これでおあいこだな、と笑いかける。実際はどうか知らないが、勇気を持って名前を教えてくれたんだ、こっちもそれには報いなきゃな。
「ん。だから正午、か」
「笑っちゃうよな。連想ゲームかって」
気を取り直したのか、いつものように笑ってくれた。ほっと安堵していると、今度は向こうから抱きついてきて、耳元で囁かれる。
「まひる、まひる」
「なんだ?」
「ふふ、私は名前を覚えるのが得意だからな。忘れてやらないぞ、まひる」
「俺は名前を覚えるのが苦手だから、忘れないように努力するよ、かずは」
「そうか、なら忘れないように何度も名前を呼ぶように」




