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お料理教室、はじまるよー

 野菜を切るだけ。



 なんて舐めた態度をとるのはやめ、真剣に野菜と向き合う。

 眼の前にはレベル1、きゅうり。


「刃物というのは押し付けるだけでは切れない。前後に押すか引くかすると切れるようになるのだ」


 講師が包丁を前にすっとスライドさせると、きゅうりがストンと輪切りにされる。


「さぁ、やってみるが良い」

「わかったっす!」


 左手できゅうりを押さえ、右手で包丁を握る。下に押し付けるんじゃなくて、前にゆっくりとスライドさせるとスーッと輪切りになった。

 試しにスライドさせずに下に押し付けてみたら、一応輪切りにはなったけどザクッという感じで切れた感じがしない。


「ちなみに切った野菜はギルド職員の食事に供される故、粗末に扱わないよう」

「何切りにした方がいいとかあります?」

「きゅうりは薄い輪切りで頼む」


 切り方を覚えれば食材を切るのはなんとなく楽しい。

 トントントンとスライドを意識しながら輪切りを量産していった。


 ――

 ――――

 ――――――


「にゃんにゃんっす」

「だから猫の手は違うって言ってたろ」

「ほら先輩も、にゃんにゃん!」

「しーなーいー」


 レベル1のきゅうりを終えたら、次はレベル2のネギ。

 きゅうりと同じく輪切りだが、こいつは押し付けるだけでは大人しく輪切りになってくれず、うまくスライドしないと潰れるだけだ。


「これ、前と後ろ、どっちにスライドさせたほうがいいとかあるんかな?」

「いい質問だ! 押す方向は体重を乗せやすい故、野菜など繊維質で堅いものを切る時に適している。

 引く方向は包丁だけの重さで切る故、魚など柔らかくて身崩れしやすいものを切る時に適している」


 あー、たしかに刺身を切る時とか引いてるイメージあるわ。聞くとやってみたくなるな。


「レベル4で魚とかありません?」

「ない! 一応これは剣の修業だぞ」


 しょうがない、今度リアルでマグロの柵でも買うようねだってみるか。

 多分ソムニアでも探せばあると思うけど……釣りから? 魚をさばくのはまだ早い気がする。


「先輩先輩」

「なに?」

「こうしてると、一緒に授業受けてるみたいっすね」


 何が嬉しいんだかニヤニヤして。同じ学年じゃなかったから仕方ないだろ。


「そういや教科書まだある? 俺のあげたやつ」

「ふぇっ!?」

「教科書なくしたーつってたからあげたじゃん、小学校のさ」

「あ、あるけど、返した方がいいっすか?」

「……あー、もしかして変な落書きでもした? 別に構わないけど」

「あたしが構うっす!」


 そんなぷりぷりせんでも。教科書の作者近影に落書きをするのは誰もが通る道だよな。


 ――

 ――――

 ――――――


 次はレベル3、ニンジン。

 野菜の中では堅い部類で、先程は薪割りみたいに割ってしまったが。


「ニンジンは半月切りで切るように。やり方はわかるか?」


 講師は手慣れた手つきで横半分に切り、さらに縦半分に切ってかまぼこのような形にしてから半月切りにする。


「力任せに切ろうとするな、力を込めすぎると刃をダメにするばかりか、思わぬ怪我に繋がる」


 刃物での傷って地味に痛いよな。カッターや彫刻刀で何回か怪我したことあるが、血がとまんねーんだ。

 怪我しないようにまずは横半分に切る。スライドを意識して……おーっ、スッと切れた! 次に横半分にして、後はきゅうりやネギと同じように半月切りだ。確実に包丁を使うのがうまくなっている気がする。

 本当にこれで剣が使えるようになるんかな、という一抹の不安はあるが。


 リコもさっきの大上段からの唐竹割りはなんだったんだというレベルでさくさくっと切り進めている。


「やっぱ女子って料理に適性あるんかな」

「急になんすか」

「いや、さっきまで変な切り方だったけど、もう上手だからさ」

「女子は料理上手ってのは都市伝説っす。やればやった分だけ上手くなるってだけっすよ」


 練習してるんだから上達するのも当たり前か。講師は難しい顔をしているが特に何も言わない。


 ――

 ――――

 ――――――


「よし! そんだけ切れれば十分だろう! レベル3クリアだ!」

「やったっすー!」

「よっしゃ!」


 いつかのように手をパンとぶつけ合って喜びを表現する。

 最初は野菜を切るだけとか思ってたが、学ぶ所は結構あった。



「このまま第二段階に進んでもいいんだが、受講者も少ねぇしもうちっと教えとくか。お前ら時間はあるか?」

「俺は大丈夫だけど」

「あたしもっす!」

「よし! ついでに砥石の使い方を教えてやろう」


 講師が机の下の棚を開けて、四角い石を取り出す。はぁーん、あれが砥石か。

 3個あるので1人1個ずつかと思って取ろうとしたら違うと制止された。


「砥石とは刃物を削る道具だ! 左から荒砥(あらと)、中砥(なかと)、仕上げ砥石といって、粒子の細かさが違う」


 砥石の側面には荒砥が#320、中砥が#1000、仕上げ砥石が#4000と記載がある。


「しつもーん! どう違うんっすか?」

「粒度が大きいほど、削れる力も大きくなる。荒砥が最も削れやすく、仕上げ砥石はほとんど削れん」

「じゃあ荒砥だけでよくないっすか?」

「よくない。削れる力が強い分、表面はギザギザになってしまう。逆に粒度の細かい仕上げ砥石は、削れる力は弱いが表面が滑らかになる」


 指で砥石を触ってみたが、たしかに荒砥はザラザラで仕上げ砥石は滑らかだ。


「刃物は使っていると切れなくなる。普段の手入れは中砥で十分!

 だが、刃が欠けた時は中砥で平らにしようと思っても時間がかかりすぎる。荒砥で大きく削って、中砥で刃をつけろ!

 切れ味が中砥で物足りないと思った時は仕上げ砥石だ!」



 こう研ぐんだと包丁を中砥に当て、前後にスライドさせる。シャーッ、シャーッと心地よい音が流れ、1分ほどで研ぎ直しは終了した。


「普段のメンテならこんぐらいで十分だ! お前らもやってみろ!」


 中砥を渡されたので、せっかくだし挑戦してみよう。

 右手で包丁の柄を握り、左手の人差し指と中指で刃元を押さえる。


「角度は15度ぐらいだ」


 15度ぉ? よくわからんがこんぐらいだろう。シャーッと前後にすべらせれば、シャランッ、ドゥーン、シャランッ、と謎の効果音が。


「ちゃんと研げてる時は正解の音が鳴るんっすかね」

「あーそういう」


 どうやら正しい角度だと褒められるっぽい。急にゲームっぽい要素だしてきたな。

 答え合わせがあると、これで合ってんのかなっていう不安が払拭されるのは良い。

 刃の顎から切っ先まで、裏も研ぎ直してもう終わりでいいかと思うと、短めのファンファーレが鳴って笑ってしまった。


 一度包丁を水で洗い、試しにニンジンを切ってみると……。


「あの、これ全然切れ味違うんですけど」

「それぐらいメンテナンスは大切ということだ」


 ストンッ、とニンジンが半月切りになった。え、ゲーム補正? リアルでもこうなの?


 切れ味に戸惑っていると、隣からドゥーン、ドゥーン、ガキッ、という嫌な効果音が聞こえる。研ぎに挑戦していたリコが涙目だ。


「せんぱ~い。教えて欲しいっす~」

「しゃーねーな」


 リコが包丁を握る手の上から手を重ねて、この角度だぞと導いてやる。なるほどっすねーと覚えた後は、補助がなくてもちゃんとできるようになっていった。

 こいつコツを掴むのは早いんだよなー。

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