夢にお金は持ち込めない
「紛うことなき、もふもふだ。抱き心地も申し分ない。落ち着くな」
卸したての新品の枕を抱きしめて大層ご満悦のうゆ様だ。
抱き枕代理のフェリシアはお役御免となり解放され、もふもふ枕の提供者は自分の行為の愚かさに悪鬼の顔で歯軋りを響かせている。
「他の2人はいいのかぁ? 睡眠は人生の1/3を占めるからなぁ。良い寝具を使って損はねぇぞぉ」
「それには激しく同意なんだが、こっちで寝具を充実させてもな」
そういえば一部のインテリアはソムニアから夢幻世界に持ち出せるとか言っていたな。寝具が持ち出せれば、マイホームのベッド周りにおけるんだけど。
というか、現実の寝具ならまだしも、夢の中で寝具は果たしているのだろうか。
「いや、そう悪いものでもないと思う。これが良いと思って枕やマットレスを買っても、実際使ってみると身体に合わないことなぞしょっちゅうだ。
現実の寝具選びの参考にはなるだろう」
「はぁ~、なるほど、です……!」
たしかに現実と限りなく近いフルダイブならではの着眼点だ。今のところ寝具に困ってはいないが、試せるなら試してみたい。
「ほんじゃ、その枕は2600トラオムなんだが、抱き枕の情報量で少しまけて2000トラオムにしてやるぜぇ。
中の綿がヘタったら交換してやるから定期的に持ってこいよぉ!」
……と、トラオム!? DPじゃなくて?
もしかして、もしかすると、夢幻世界とこの世界じゃ通貨が違うのか?
こういうのはメニューの端っこにこっそり表示されているものだ。虚空を2回叩き、メニューを開く。
…………0T。
そっとうゆを見る。見上げられる俺。
うゆの隣にいるフェリシアも青い顔をして震えている。
うゆは枕をそっとカウンターに置いて一言。
「縁がなかったということで」
枕を手放したうゆは、俺の腕に止まろうとしてハッと立ち止まり、フェリシアの腕に止まり直した。
一瞬、看板娘がえらい怖い顔になったが気のせいだろう。
「はぁ~? これでも良心的な価格だぜぇ?」
「生憎、駆け出しのペーペーでな。高い安いじゃなく、こっちで使えるお金が無いのを失念していた。本当に申し訳ない。
だが値段はわかったから、お金を貯めたら必ず買いに来る」
せっかく見繕ってくれたのに申し訳ないが、無いものは仕方がない。枕を買いにいこうと提案したフェリシアがすみません、すみませんと謝り倒しているが、決してフェリシアだけのせいではないだろう。
流石にこれはいたたまれない。
「では、うちからの依頼受けませんか? 旅人の方にお願いしたい依頼があるんですけど」
そそくさとその場を離れようと踵を返す直前、事態を見守っていた看板娘から救いの手が差し伸べられた。
浮かない顔をしていたうゆも、申し訳なさそうにしていたフェリシアも、その言葉に少し表情が明るくなる。
現実だと普通こういうのないよな。お金がないならうちで皿洗いしていきませんか、みたいな。
「ん、渡りに船だし願ってもないが……ギルド的な施設を経由しなくても受けて良いのか?」
「確かに悪質なヤツぁ依頼しといて報酬を踏み倒すことがあらぁ。
ギルドを通したほうが安全だがぁ、依頼自体は禁止されてねぇ」
うーん、どうするか……。
「作戦会議!」
俺達三人はサッと輪になって顔を近づけ相談する。
「俺としては受けたいと思っているが、2人はどう?」
「私も賛成だ。見ず知らずの余所者に対しても説明が丁寧だし、善良な市民であることは明白だろう」
「お、お二人と同じです……! そ、それに、枕屋さんの善意を無下にしたくありません……!」
よし、決まりだな。果たして看板娘が善良かどうかは疑問符が付くが、彼らは信じるに値する人達だろう。
超速で終わった作戦会議を解散し、寝具店の親父と娘に向き直り、
「依頼の話、詳しくお願いします!」
三人揃って深々と頭を下げるのだった。




