宵闇の街
友達の家を出て、アンダーグラウンドな空気の路地裏を歩く。
仄かに揺れるガス燈は優しく石畳を照らし、2人分の影を形作る。
バーチャルドリミティ技術とは恐ろしいもので、緻密に再現された乾いた匂いが懐かしい気持ちにさせた。
ゲームなのだから早速モンスターを倒してレベルアップ!
と洒落込みたい所だが、ソムニアを本格的に遊ぶ前に町中を歩きたい、という友人殿の要望を受けて、散策中という訳だ。
「いきなりファストトラベルというのも風情がないしな」
「RTAをしている訳でもあるまい。これから毎日遊ぶのだから、少しぐらい寄り道しても十分追いつけるさ」
「へぇ、RTAとか知ってるんだ」
「それなりに見てはいる。一応言っておくが走者ではないぞ?」
「俺も見るけど、うゆみたいなアクの強い走者は知らないな」
俺の軽口に、軽い体当たりで返事がくる。
抗議の意味も込めて軽くやり返せば、体当たりのラリーが始まるというものだ。
マイホームから離れるごとに少しづつ、整った外装の家も出てくるもので、扉だけ豪華な家、とりあえず貰ったのをぶら下げて見ましたな家が散見される。
全く手付かずの家もあるが、装飾には興味ないぜバトルだバトル、という戦闘狂の家なのかもな。
「ん? あれは店、か?」
どうも住居ではなさそうな、誰でも入って良さげな建物がある。
外には壺や雨受け、ベンチが配置されており、和洋折衷というよりノンジャンルと呼んだほうが適しているだろう。
「あれは……インテリアショップだ。ここで買ったインテリアはマイホームに飾れるんだ」
「実績で貰ったやつか」
「そうそう。DPは有限ではあるが、無駄遣いをしなければ困ることはないと聞く」
DPは月毎に定額で支給される他に、実績達成やイベント報酬、自分で制作したアイテムを他プレイヤーに販売することでも入手できるのだとか。
逆に、リアルマネーの課金ではDPを買えないらしい。
夢にはお金を持ち込めない、とは友人殿の含蓄あるお言葉だ。
「興味あるなら見ていくか? なに、時間はまだまだある」
「いや、またの機会にしておくわ。女子は買い物が長いって言うし」
「1つだけ買っていい、とゲーム屋に放り込まれても同じことが言えるか?」
「OK、俺が悪かった」
なんのゲームを買うか悩んでる時間も楽しいんだよな。特に前時代のレトロゲームなんかは、タイトルとパッケージの表と裏だけで判断しなきゃいけないから難易度が高い。
「言っておいてなんだが、私としてはインテリアよりも服を物色したいかな」
「服? 防具ってことか?」
「いや、見た目だけの服だよ。
リアルでは難しい服にだって、夢では自由に着替えられる。だろう?」
服か。言われてみれば、旅立ちの服一辺倒だった他プレイヤーの姿はまだ多いが、いかにもファンタジーな服装もちらほら見かけるようになってきた。
ゴシックロリータやメイド服に目が行きがちだが、リアルでも居そうな現代的な格好もそれなりにいる。スーツ姿の男性もいるが、逆に浮いてる感はあるな。
「でもさ、服より先に武器じゃね? 俺、初期装備も何も持ってないし、まずは武器屋行こうぜ」
なんだろう、人混みが一瞬ザワッとした気がする。気のせいか?
「武器屋? この世界には武器屋なんてないが」
「え? これからモンスターと戦うんだから武器ぐらいないと……あ、もしかして買うんじゃなくて、自分で作るタイプのゲームかこれ」
おっと? なんか変な空気だな?
「うーーーん。ネタバレ無しで遊びたいという気持ちは尊重するが……」
まるで和食屋でビリヤニを注文しだした友人を諭すように、傷つけないよう言葉を選んでいる雰囲気だ。
うゆの抱いている枕さえ、心なしか悲しげな表情をしているように錯覚する。
「まず大前提として、いま私たちが立っているこの夢幻世界はソムニアじゃない。広大な居住空間だ。
レベルやモンスター等は存在しないしないし、武器や防具もない」
「え……でもモンスターと戦うCMが……」
「言わばここは、夢幻世界というテーマパークで、私達はまだ夢の国に入国しただけ。
夢の国では、観覧車や観劇ショーといった楽しいアトラクションが多数用意されているだろう?」
ワンダリングドリーマーでは遊びきれない程のコンテンツがあるって聞いて、どう選ぶのか知らなかったけど……。
「つまり、ソムニアを遊ぶには、ここからさらにソムニアに入場する必要がある、ってことか?」
「大正解。物分かりが良くて何よりだ」
そうそう、各アトラクションを遊ぶのに追加料金は一部コンテンツ以外かからないから安心してくれ――と補足される。
良かった……もしソムニアの月額利用料も別途払う必要があるんなら、親に土下座して追加融資してもらう案件だった。
…………追加料金のかかる一部コンテンツって、むふふなやつだったりするんかな?
「だからここで急にモンスターが湧いたり、プレイヤーに襲われたりする心配は――」
「か、かくごぉぉぉーー!!!!!」
「ない、と思ってたんだが、な」
余計なことを考えていた俺は咄嗟に反応できず、暗がりから飛び出してきた不審者に押し倒され、マウントポジションで殴打されたのだった。
夢の国の安全性が崩壊した瞬間である。




