05 「ロゼリアさまは、私のこときらいですよね?」
ある日の昼休み。用事を済ませに教員室に行った帰り、知らない女子生徒と曲がり角でぶつかった。
「あら、ごめんなさい。大丈夫?」
「は……はい……」
眼鏡をかけた小柄な少女は私と目を合わせず逃げるように去っていく。
……そんなに怖いオーラだしてる? 私。
すこし傷つきながら自分の教室にもどろうとすると、途中にある下位クラスがなんだか騒がしい。
まあそっちのことはそっちで解決してもらえばいいか、と思って階段を上ろうとしたら「ロゼリアさま……!」と名前を呼ばれた。反射的に足を止める。
「え、私?」
「ロゼリアさま、たすけてください……っ!」
追いかけてきたのはユーリーンだった。
フォニスとのことで彼女に苦手意識を持ちはじめている私は、う、と思ったけれど『たすけて』と言ってきた子を突きはなすわけにもいかない。どうしたのと尋ねた。
「私の口紅がないんです。きっと生物学の時間に盗まれたんです!」
「え……?」
ユーリーンは私を自分たちの教室に連れていく。
盗難とあって教室は浮足立ったような変な空気になっていた。女子はいくつかのグループで固まり、男子はそれを遠巻きに見ている。
「私の机がここです。貴重品は鍵がかかるロッカーに入れてありますけど、これは机のなかに入れておいたの。でも、お昼ご飯を食べたあとに塗りなおそうと思って見てみたらなくて」
「……お昼の間に盗まれたということは?」
「たしかに席は離れましたけど、でも教室は完全に無人にはならなかったはずです。ね?」
クラスメイトたちはうなずく。それで、みんなが特別棟で授業を受けていた時間が怪しいとなったわけか。
「で、あなたはだれが怪しいと思っているの?」
「え、ええと……まず、同じクラスの子たちは無理だと思います。理科室にはみんなで行きましたし、帰りも先にだれかひとりで帰ってくることもなかったですから。だからべつのクラスのだれかだと思うんですけど」
「でもよそだって授業中でしょう?」
「そうなんですけど……」
なんで私が探偵の真似事をしなくてはいけないのだろう。
風向きが怪しくなってきたのは、自分たちでどうにかしてくれればいいのにと思ったときだった。
「そういえば、ロゼリアさまのクラスは四限目はなにをなさっていたのですか?」
「私たち……? 今日は美術だったわ。スケッチブックを持ってみんな校外の好きな場所を写生してたけど」
「…………」
ユーリーンは黙る。
「それがなにか……?」と聞きかえした私は、あとから思うと愚かだった。
「……みなさま、ばらばらで動いていらしたのですね。ロゼリアさまも?」
「ええ……」
「なら……たとえばですけど、だれもいない教室に忍びこむなんてこともできたのですよね……?」
「ちょ――ちょっと。なにを言っているの? 私がそんなことするはずないでしょう!」
「……でも」
――ロゼリアさまは、私のこときらいですよね?
「私が婚約者のフォニスさまを取ったってみんな言ってますもの。私はただ友人として仲よくさせていただいているだけなのに、ロゼリアさまは私に怒ってるって」
「はぁ……?」
「いえっ、いいんです! 誤解されるようなことをした私も悪いから。ロゼリアさまが私にいやがらせしたいって思っても仕方ないですよね。
でも……口紅だけは返してください。あれはおとうさまが私の誕生日にくださった大切なものなんです……っ!」
「返すもなにも――」
私はそんなもの持ってない。
そう言いかえそうとしたとき、ユーリーンとぴたりと目が合って。
――ああ。はめられた、と思った。
ユーリーンがおずおずと私に手を伸ばしてきて。
なぜか私の制服のポケットから見たこともない口紅がでてきたときではなく、彼女と目が合った、この瞬間に――
ユーリーンは口紅を自分の胸のまえで持つ。クラスメイトたちに見せつけるように。
「ロゼリアさま……どうして……?」
「……私じゃないわ」
「どうしてこんなひどいことを……っ!」
――いつ? いつ入れられたの?
さっき眼鏡の少女とぶつかったことを思いだした。
彼女は上位クラスにいない――ということはユーリーンと同じ下位クラスだ。まさか、あのとき。
「婚約者をとられた仕返しに私の大切なものを盗むなんて! ひどいです……っ!」
涙を流すユーリーンにクラスメイトたちがそっと寄りそう。そして敵意のこもった目で私をにらみつけてきた。
「私は盗ってなんかいないわ。だれかに入れられたのよ」と言ったけれどだれも聞く耳は持っていなかった。ユーリーンのすすり泣きだけが教室を支配している。
謝ってくださいませ、とユーリーンの肩を抱いている少女が思いきったように言う。
「ロゼリアさま。ユーリーンに謝ってくださいませ!」
「ユーリーンが可哀相」
「たとえ伯爵家の方でも窃盗は許されません」
「自分に魅力がないからって、ひどい」
「ユーリーンはなにも悪くないのに」
「謝ってくださいませ」
「謝ってくださいませ」
「謝って――」
私はぎゅっと自分の手をにぎりしめる。
泥棒令嬢、とだれかがつぶやく声が聞こえた。




