06 「反省文って言ったって」
騒ぎを聞きつけてやってきた先生はユーリーンたちの言うことを鵜呑みにはしなかった――それとも私の家を怒らせることが怖かっただけか――けれど、多勢に無勢だ。
先生は私に反省文を提出するように言い、その場をなんとか治めた。
「……反省文って言ったって……」
放課後、自分の席で私は白紙の紙をにらみつける。
まさかやってもいないことで反省しろっていうの? 冗談じゃない!
「どうしたの、ロゼ。悪魔が取りついたみたいな顔して」
「クラリッサ……」
不思議そうにやってきたクラリッサに私は事情を説明する。
ユーリーンの口紅を盗んだという疑いをかけられたことから謎の少女がぶつかってきたことまで。
「なによそれ」とクラリッサは眉をつりあげた。
「そんなの絶対ぐるに決まってるじゃない。あなたがそんなみみっちいことするはずないもの。先生もどうして信じてくれないの?」
「ほんとよ。口紅をポケットに入れられて気づかなかったのはうかつだったけど、あんまりだわ」
「よっしゃ、私が先生に抗議してくるわ」
「クラリッサ……」
気持ちは嬉しいけれど、あの少女が私のポケットに口紅を入れたという証拠がないかぎり抗議しても無駄に終わってしまうだろう。下手したらクラリッサまで反省文を書かされることになる。
「ありがとう。でも気持ちだけでいいわ」と私は彼女を引きとめた。
「でもロゼが汚名を着せられたままなんて許せない! そうだわ、その眼鏡の子を見つけだして買収しましょう。ほんとのことを話してもらえるように」
「さらっととんでもないこと言うわね……」
でも彼女を見つけだして話を聞くのは大事かもしれない。
彼女が私を泥棒に仕立てあげるのを楽しんでいる場合はどうしようもないが――もしユーリーンに脅されてやったのなら、説得次第でこっちの味方になってくれるかも可能性がある。
「よし、そうと決まったら――」
「ロゼ!」
名前を呼ばれてそっちのほうを見るとブラッドが教室に入ってくるところだった。
「こっちのクラスにまで噂が流れてる。災難だな」と彼は私のまえまできて言う。クラリッサもだけど、ブラッドも私が泥棒だとは最初から信じていないことがありがたかった。
「おかげで反省文を書かされそうよ」
「やってもいないことで? バカ言うな。そんなもの白紙でつっかえしてやれ」
ブラッドは本気で怒っているみたいだった。
強力な味方をつかまえたとばかりにクラリッサは「聞いてください!」と私がさっき説明したことをそのまま伝える。
「……それがほんとうなら恐ろしいな」とブラッドは腕組みをしてつぶやいた。
だれかを泥棒にして吊るしあげる。戯曲や小説などでは似たようなケースを見たことがあるけれど、まさか自分が被害者になる日がくるとは思わなかった。
お腹の下あたりが痛いのはユーリーンへの怒りでだろうか、それとも無実を主張しても信じてもらえなかったことへの悲しさからだろうか。わからない。
冤罪をかけられたらここが痛むなんて本のどこにも書いていなかったわね。ふたりにばれないようにそっとさすりながら思う。
「だが、どうしてユーリーンはそんなことをするんだ? ロゼの評判が落ちてなんの得がある?」
「ロゼはきれいだもの。きっと妬んでいるのよ」
「それはたしかにそうだが……」
「え?」
「え?」
ブラッドははっとしたように私たちを見て、自分が言ったことをごまかすように咳ばらいをする。「失敬。だが、もっとほかに理由がありそうじゃないか」と表情を取りつくろって言った。
「ほかに? なにかあるかしら?」とクラリッサ。ほかにと言えば……。
「フォニスさまのことくらいしか思いつかないわ。婚約者である私の評判を落として、フォニスさまの気持ちを完全に冷めさせる気なのかも」
「……なるほど」
「なかなか狡猾ね……」
「ま、あいつをつかまえれば将来は伯爵夫人だからな」と他人事のようにブラッドが言う。「策を弄してでもほしがる地位ではあるか」
彼も将来は約束されている。
ただしフォニスとちがって婚約者などはいないため、家柄だけしか見ていない女性に言いよられたことは無数にあるだろう。そのときのことを想像すると胸が痛い。
「でもそのためにロゼを泥棒にするなんて! そうだわロゼ、このことをぜんぶフォニスさまに言いつけてやりましょう。あの女とはいますぐ距離を置くべきだって!」
「……逆効果にならないかしら」
「あなたを泥棒に仕立てあげた女よ!? あの女と仲よくするのはフォニスさまのためにもならないわ。いますぐ言いにいきましょう!」
「え、ええ……」
クラリッサの勢いに気圧されて私は立ちあがる。
ブラッドは「あまり感情的にならないようにな」と私たちふたりに言った。
「俺はその眼鏡の女子がだれなのか調べてみる。……フォニスは単純だ。ロゼが言ったとおり、逆効果にならないよう気をつけてくれ」
「わかってますわ!」
クラリッサは「いきましょ!」と私をうながす。
いかにも怒りで周りが見えていない様子で、私はそれが不安だったのだけれど――
――残念なことにその不安は的中してしまう。
「だからユーリーンがうそをついてるって言ってるでしょう!?」
「なにを言うんだ。ユーリーンがそんな汚い真似をするか!」
フォニスは中庭のガゼボにいた。タイミングの悪いことに、当のユーリーンと一緒に。
ユーリーンはクラリッサに手を引かれるようにして近づいてくる私を見てひっと身をすくませた。それがさらにクラリッサの怒りに火をつけたらしい。
クラリッサはふたりのまえに立って腰に手を当てると、「このうそつき女ッ!」と開口一番そう叫んだのだった。
「ロゼが口紅を盗ったことにするなんて最低よ!」
「やだ怖い……フォニスさまたすけてぇ……」
「おい、なんだおまえは! 突然やってきて!」
そのあとは私は無罪だと主張するクラリッサvsユーリーンは被害者だと主張するフォニスの代理戦争がはじまってしまい、その勢いはあちらこちらから見物客を集めてしまうほどで、客がいるとなるとふたりは絶対言いまかしてやるとますますヒートアップしてしまって――
「も、もういいわクラリッサ。書くから。反省文書くから」
「なに言ってるの! こいつをドゲザスタイルで謝らせないともう気が済まないわ!」
「なんだとこの女! 謝るのはおまえだ。ユーリーンを罵った罰としていますぐハラキリしろ!」
「なんですってこのバカ令息! あれはカタナがないとできないのよ!」
「だれがバカだこの乳牛令嬢! おまえこそ頭に行くべき栄養が胸で止まってるんじゃないのか!」
代理戦争だったはずがいつの間にか直接の殴りあいになっている。もう逆効果どころじゃない。
「ふぇえ……私、そんなことしてないのにぃ……」
この状況で被害者ポジションを保てるユーリーンはなに?
「ああもう……。だれか先生呼んできて……」
私は適当な見物客にそうお願いする。
十分後、ふたりの争いは先生たち三人がかりでなんとか止められたのだけれど――
「覚えておけよ、ロゼ。私はもうおまえを婚約者とは見做さない」
この騒ぎの代償は。
私たちが想像していたよりも、大きかったようだ。




