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退学ー5

「はあっ……はあ、くっ」


 A棟へと全力でとんぼ返りしてきたベンクトは、呼吸も整えずにそのままの足で教員課へと向かった。


 この時間帯は講義開始前ということもありA棟の廊下は静寂に包まれていた。自分の荒れた足音と呼吸音しか聞こえないせいか、妙な緊張感がある。それはこの後に会うであろう人物のことを考えているせいもあるだろう。ベンクトはとりあえずこの長い廊下を歩いている間に呼吸を整えようとした。それと一緒に何を言うかを考える。


 恨み言はいくつもあった。品のない言葉ばかりだ。


 けれど、それらをかき消すほどの欲求があった。それを今は一番言いたい。あとはそれをどういう風に伝えるかだ。おそらく直球に伝えても絶対に伝わらない。目に見えている。今から会う、メレン・ゴッドスピードとはそういう人物だ。


 偏屈ロジカル皮肉女王。それがベンクトの抱いているメレンへの第一印象だった。


 だけど、そんな赤の女王がベンクトの言ったことに、あの可愛い顔をどう変化させるのか想像すると口角が上がった。


「……燃えてきたなあ、おい」


 そして、その時は案外すぐにやってきた。


 教員課へと繋がる廊下から見覚えのある黒い傘が出てきた。


 メレンの、あの特徴的な大きなとんがり帽だ。つばの影から綺麗な夕闇色の髪がはみ出ている。それを追いかけるように足を早めた。メレンの身長は目測で150センチを切っている。この身長差なら追いつくのにそう時間は掛からない。


 まるで夕日に向かって走っているみたいだな、とベンクトは内心で笑った。


 思った通り、その小さな歩幅のメレンにはすぐ追いついた。


「おい」

「?」


 ウェーブが掛かった夕闇色の髪が揺れた。ロイヤルブルーの双眸がゆったりと気怠げかつ物憂げにこちらへと向く。


 再び、メレンの意識がこちらへ向いた。


「……」


 言葉を失った。いや、そんな陳腐なものじゃなかった。刈り取られたのだ。


 誰もいない静かな廊下。ピカピカに磨かれた床板材と、同じく板材の壁。漆喰の天井からは質素なシャンデリアが雰囲気の邪魔をしないように垂れている。中央高等防衛院という古風建築を象徴するデザインだ。


 本来、誰もが圧倒されるその環境を、メレンは惜しみなく従えていた。まさしく女王だ。


「なんだ?」


 その見た目とは似つかないほどに透き通る声。そしてその声とは似つかない言葉遣い。ギャップの塊。違和感の塊。けれど、それら全てが完全に歪みきり、合わさっていた。


 つまるところ、美しかった。


「……」

「……ああなるほど。お前、あの時の優等せ」

「弟子にしてくれっ!」


 完全にその気配に飲まれていたベンクトの時が動きだした。それと同時に、停止していた思考と、言動が再開する。


「……はあ?」

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