高等魔法防衛戦術理論 Ⅲ―3
「ようやくお出ましか。……どうする?」
「縦深防御陣形」
ロイヤルブルーの双眸が驚きに揺れる。
「それは?」
「超遠、遠、中、近、至近。五段階の距離で防衛ラインを設定し、飛来する敵弾に対応を行う陣形のことです」
「どうやらまともな奴もいるらしいな」
言いながら、黒板に『縦深防御』と書いている。
「お前たちは魔法防衛専門の魔法使い――いわゆる邀撃術師の卵だが、立派に孵化して現場に立つためにはそれ相応の知識が要求される」
魔法が進歩したこの時代に、破城槌を携えて戦場へやってくるバカはいない。攻城用の魔法となると射程は最低でも数百メートル、一般的なものでおよそ一キロ、最新のものにもなると地平線の向こう側から魔法は飛んでくる。飛翔速度だって馬鹿にならない。今はせいぜい亜音速程度だが、そのうち音の壁は破られ、その壁すらもはるか後方へと置き去りにされるはずだ。
それら脅威から、魔法によって街や国を守るのが邀撃術師だ。
「特に、この中央高等防衛院にいる連中は後の幹部、あるいは現場の指揮官として配属される者も多いはずだ」
チョークを浮かせたメレンは、五つの円を黒板に描き込みながら話を続ける。
「しかしながら、こんな基本的な陣形について知っている者が、およそ70名ほどの教室の中にたったの一人しか存在していない。その点について、お前たちは危機感を持っているか?」
それぞれの円に五段階の距離を設定し終えたメレンは、こちらに向き直って問いかけてくる。
「お言葉ですが先生。この陣形――いや、そもそも状況自体が教科書の中でも高難度の内容であって――」
「危機感を持っていないんだな」
「そうは言っていません」
「言ってるも同じだ。要するに、『難しい内容なので知らなくても当然です、自分たちは教科書の内容に一通り目を通したりもしない無能なんですから』と言っているんだろ? 馬鹿言え」
思わず立ち上がる。
「我々はこれでも国内随一の防衛院にいる人間です。決して無能などではありません」
あまりの言い草に熱を込めて言葉を放ってしまった。声も少し張り上げていたかもしれない。
けれど、メレンは冷めた目でこちらを見つめていた。
「黙れ優等生。カスの寄せ集めの中で、少々マシな知識を持っているからと言って調子に乗るんじゃない」
そう。確かにここは国内随一の防衛院。それに間違いはない。しかしながら、メレンが言った『カスの寄せ集め』というのもまた事実だ。
この教室にいるのは、院内の教育速度について行けなかった、言わば落第生の集まりなのだ。メレンがそう揶揄するのも仕方がない。その通りだから反発したくもなるのだが。
「お前は、お前自身が言った陣形について深く理解しているのか?」
「……」
教科書の内容を理解した程度では、体系的に理解したとは言えない。あくまで簡単に説明できる程度、というくらいで具体的な対応方法や陣形を組んだ上でどう利用するのかについては全く知らない。そこが教科書と自分の理解度の限界だった。
歯噛みした。無知蒙昧もいいところだ。
「まぁいい。理解している連中は、ここにはいない」
この教室内には真の意味で理解している人間がいないことと、そもそも理解しているならこんな所にはいないことを、ダブルミーニングで嘲る。
「だからこそ私がここに呼ばれたわけだしな。まぁ色々と話は逸れたが、本題に入ろう」
立ち上がったままの自分には一切触れず、メレンは黒板に向き直った。
「大規模の敵対群が攻め込んできた場合は、やつの言った通り縦深防御陣形が一番対応しやすい。しかしながらこれに関しては――」
講義は進んだ。驚くほどにスムーズに。
メレンはその間、特に勝ち誇ったような様子はなく、本当にただ淡々と講義を進めていった。
そして、開始と同様に本来の終了時間の約十二分前に講義を切り上げ、黒板の内容を消し始めた。
講義は終わり。けれど、チャイムが鳴ってもしばらく動けず、メレンが荷物をまとめて教室から出ていくのをただ目で追うしかできなかった。
それから一週間後、ある一枚の紙が防衛院に提出される。
退学届けと書かれたその紙には――
『ベンクト・ゲーレルス』
という、ある落第生の名前が記入されていた。




