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童話「かあさんあのね」が、生まれた背景  作者: 琴乃夕月
第1章 そしてわたしは目撃者の一人となった・・
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91年5月・・いざ中東へ~ヨルダン到着・・そして準備

91年の5月、ヨルダンにあるクイーンアリア空港に、私たちは降り立った。

同行したメンバーには僧侶もいれば、ジャーナリストもいた。

もちろん、NGOで頑張っている人や大学生も混じっていた。


空港からアンマンまで、赤茶けた広大な砂の大地が広がっていた・・

とうとう来たという感覚と、もしかしたらとんでもないところに来てしまったのではという感覚とが、自分の中でせめぎあっていた。

でも来てしまった以上、ここからは一人・・後戻りできないなら、自分でやれるところまでやるしかない・・そもそも自分に何ができるのかとか、そういったことは考えていても始まらないのだから・・

とにかく自分にできることだけは、できる限り精一杯する、それ以上は自分の為にも周りの為にも絶対にしない・・無理はしない・・それだけは守っていこうと心に決めた。


アンマンで私たちは、イラクに持って行くためのお米を購入する班、医薬品を調達する班、陸路の交通手段を確保するためにトラックとバスをチャーターする班に分かれた。

当時のイラクは経済封鎖が続いていて、その輸入禁止品目は病院で使うための医薬品などにも及んでいた。

まだ、日本にいたころ(・・2月ごろだったと思うが)に、イラクの病院からのオーダーを翻訳して、血液製剤や抗生物質の不足が深刻な状態になっていることがわかっていた。

そして、旅立つ前に得ていた情報から、南部でコレラが蔓延していることも・・

多少なりとも、薬のことがわかり、医学用語もある程度わかるらしいとのことから、私は医薬品を調達する係となった。


自分たちが出せるお金で何とか購入することのできるものは限られていて、もちろん、薬が通常の薬局に行けば割り引いてもらえるような代物でもないので、ヨルダンの製薬会社に行って頼み込むしかなかった。

使える金額の限界や薬以外にも必要とされているものが多いため、何をメインに考えるべきかが一番の課題となった。

とにかく抗生物質はほしかった・・要望ではテトラサイクリンとなっていたが、なければサルファ剤でもアモキシリン系でも、ペニシリン系製剤であったとしても、全くないよりはいいに決まっている・・

交渉していて、私たちが政府とは関係なく個人でイラクに薬を届けたいと思っていることを知ると、彼らはこれ以上ないと思われる誠意を示してくれた。

日本の薬価基準表を持って行っていたので、後で調べたのだが、その薬はどう考えてもその値段で手に入るとは思えなかった。1カプセルを購入する価格で、1箱を購入することができたのだから・・

そして驚いている私に、ウインクして見せた。大丈夫だよとでもいうように・・


その会社では、薬品だけでなく簡単な医療用の道具も購入することができた。

連日のように手術が必要な患者が次々と運び込まれる状況下で、必要となるもの・・


彼らの勧めもあって術用のはさみを購入することにした・・外すとメスになるタイプのものを・・

イラクの病院は、いわゆる後進国の診療所のように設備として遅れているのではなくて、電化が進んでいて電気が止まったことで何もできない状況に陥っていた。

包帯もシーツも足りなかったが、ダウンタウンの布地屋に行きガーゼと白い布とをロールで購入して、そのまま渡し、現地で必要なものになるように切断してもらうことにした。

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