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童話「かあさんあのね」が、生まれた背景  作者: 琴乃夕月
第1章 そしてわたしは目撃者の一人となった・・
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91年、あの時何が起きていたのか?

ここから、現実の世界に戻ります。

湾岸戦争が停戦してまだ、それほどの時間がたっていなかった。

当時イラクには、まだ、簡単に入れる状況ではなかったけれど、お隣の国ヨルダンから陸路でイラクに入るというルートが残されていた。

この時期のイラクを見ることのできた私は、いろんな偶然が重なってたまたまその地に行くことが可能になった・・・・本当に数少ない運命のいたずらによって・・


1月17日、連合軍による空爆が始まり、一応の終結を見るまで約2か月余り・・その間、日本中のほとんどの家庭では、毎日のように映し出される、テレビゲームのような戦争の様子を見続けた。

連日、新聞ではピンポイント攻撃によって、軍事施設だけを狙っているというイメージが先行し、クリーンな戦争という言葉が独り歩きをしていた。

そこでも、実はイラク側ではこう言っているという記事が小さく扱われることはあったが、一度ついてしまったフセイン政権の悪魔の権化のようなイメージを払拭できるものではなかった。

当時、自分の周りにいたほとんどの人は最初にかけてしまったフィルターを外すことなく、すべての事象を眺め続けた・・・

そういった多くの日本人の無関心が、あの荒涼とした風景を生み出したのだと思う・・


「私たち日本人はこの戦争に加担してはいない」そういう言葉を何度聞いたことだったか。

好むと好まざるにかかわらず、私たちは老人から赤ちゃんまですべての国民が一人1万円を出すことによって、あの戦争は起きた。最終的に供出された130億ドルが、多くのイラクの人々を殺し、社会を破壊したが、そのことに対し自分たちにも責任の一端があると感じている人は、ほとんどいなかった・・


私自身も、イラク政府・・特にフセイン大統領に対しては、怒りの感情を持っていた。

こういった独裁政権によって、多くの国民が犠牲になることに対しても、こいつのせいで・・といったどこにもぶつけようのない、苛立ちのような哀しみのような・・

そう、実際にイラクの地に立つその瞬間までは、私も情報操作によって、フセインが悪いという西側の理論を刷り込まれた普通の日本人の一人にすぎなかった・・

次回は、いよいよ舞台が中東に移ります。

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