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童話「かあさんあのね」が、生まれた背景  作者: 琴乃夕月
第2章 現実に見えていたものと、そこで感じたもの・・
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「がれきの中の天使たち」(桐島洋子賞受賞作品)

 ここはナシリヤ。バグダッドから灼熱の中、クーラーもきかないバスにゆられて、イラク南部の町にやって来た。私たち一行は、湾岸戦争のあと、経済封鎖の続くイラクの国内をほんの少しの米とミルク、水と薬を持って回った。北部のクルド民族への援助は、国連からの物資があり余るほどだというのに、この南部の貧しさはどうだ。ことごとく破壊された民家、道路、橋、いたる所ががれきの山と化している。


挿絵(By みてみん)

「ナシリア保健センター」


 五〇度を越す暑さの中で、汗まみれになって働き回る人たちがいる。保健センターの看護婦だ。湾岸戦争で、それまでイラクに働きに来ていた外国からの看護婦が自国に帰ってしまい、人手不足のところへ、栄養失調と水の悪化でまんえんしたコレラ等の患者が次々とやってきて、てんてこまいなのだ。その被害者の大半が幼児。それも乳のみ児だ。


 母は出ない乳を必死でわが子に与えようとする。経済制裁で物が入らなくなったイラク国内で、ごく普通の人々が口にできる糧は、ごくわずかだ。やせおとろえた母は、命の泉を涸らしてしまう。赤ちゃんは、当然のことながら生水を飲まざるを得ない。だって、粉ミルクすらないのだから。粉ミルクの製造工場はピンポイント攻撃で爆破され、大型ショッピングセンターもすべてあとかたもなく焼けこげていた。そして、この国へ入ってくる糧は規制されている。そして、赤ちゃんの飲む水道の水は、浄化処理すらできない病原菌のかたまりなのだ。病気にならないほうが不思議だ。


 どの病棟も、子ども用の針がないばかりに、大人用の点滴針を頭にズプリとさされた赤ちゃんであふれかえっていた。その間をぬうように走り回る看護婦。ジェネレーターを破壊されているので、届くワクチンすらダメになっていく。電気もなく、水も汚れ、食物も充分にとることができない。おまけにこの暑さ。健常者である私たちですら、体調をくずす者がでた。この子たちは、死んでいくのを悟ってすらいるように見えた。


 「アッサラーム、アレイコム」。母親に笑いかけ、ミルクを配る。一日命がのびるだろうか。でも、だからどうだというのだ。自分たちの非力に涙がでそうになる。


 泣いちゃいけない。そう自分に 言いきかせて、ミルクを手渡す。「ショコラン(ありがとう)」 私たちは、その言葉におののく。ありがたく思う心にこたえられない。赤ちゃんは、いつもほほえみを与えてくれる存在と思っていた。少なくとも日本では、そうだった。頭に針をつきたてられた赤ちゃんの凄絶さに、 何を話しかけたらいいのだろう。


 言葉のかわりに、私は歌った。幼い頃、母が唄った子守唄。中国地方の子守唄を。日本語が通じるはずもないのに、子どもたちの瞳に光が宿った。安らかな温かな笑顔がもどった。


 ああ、やはり、赤ちゃんは天使だった。痛ましい姿で、こんなにもおだやかな眠りにつけるなんて。


 がれきの中に、天使たちは眠る。私は、ゆるしを得たような喜びに包まれた。


 ありがとう天使たち。


挿絵(By みてみん)

「少女は天使になった」


************

註:アッサラーム、アレイコム

アラビア語の慣例化されたあいさつのことば 「アッサラーム、アレイコム、ク、ラハマトゥーツラー」で、「あなたがたに 平安とアラーの神の恵みあれ」という意味をもつ。

(1992年当時 フェリシモ出版 『第12集 ぴいかぶう 21世紀の赤ちゃんへのメッセージ』に掲載)

2004年に一度自分が開設していたHPに載せる際に、フェリシモ出版に問い合わせた結果、出典を明らかにしたうえでという条件で承認をいただいています。その時に、写真をもとに描いた絵(両方とも2004年2月14日作画)を一緒に載せていたので、合わせて載せてありますが、もともとは、文章だけでの投稿でした。

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