ルート66
夜、雲一つない澄み切った空に満天の星空が広がっていた。
ロサンゼルスに戻るルート66は対向車もほとんどなく、明かりといえば、ヘッドライトの光だけでその光が照らし出すアスファルトまでもが、さみしさを訴えていた。
まったくの無駄足だった。
本部から深い説明は一切なく、ただ、現地の確認を行えという。
今朝、フロリダから戻ってきて一息つけると思っていた俺に、お鉢が回ってきた。上司は、10日以上もフロリダで油を売ってたんだから仕事しろとでも言いたげだ。フロリダで遊んでいたわけでは断じてないのだが。
俺は本部に電話をかけ、フロリダの仕事で知合ったスティーブから、本部の内情を教えてもらった。それによると、『探査船』がらみの様だ。上はまだテロを警戒しているのだろうか。
上司に報告し、人をつけてほしいと要求したが、上司の反応は薄く、結局ひとりで向かう羽目になった。
ルート66をロサンゼルスに向けて走っていると、砂漠地帯によくある寂れたレストランの明かりを見つけた。外観は60年代に建てられた曲線を多用したデザインで窓枠まで楕円形を取り入れていて、クラシックな映画に登場する宇宙船のようだ。
全体を明るい青に塗っているが所々はがれていて白地がむき出しになっている。60年代には未来を感じさせたのだろうが、今ではレトロに思えるのは皮肉だろうか
朝からろくなものを食べてない事を思い出した俺は、青い蛍光灯に引き寄せられる虫のごとくその店に立ち寄ることにした。
店の中は、外観のデザインを踏襲して曲線が多用されていて、がらんとしていた。入口付近のテーブルにハンチング帽をかぶった60代の男が一人と、奥のカウンターに50代の店主がいた。
二人は談笑していたが、俺が店内に入ったことで会話が途切れる。
2人の値踏みするような視線を受け流しながら、カウンターに向う。
「身分のわかる物を出しな。注文はその後だ。こんな場所だし悪く思わんでくれ」
俺が、上着の内ポケットに手を入れると、店主の表情に緊張の色が見てとれた。
内ポケットから身分証を差し出すと、店主は
「ライナス・ラトクリフ……。あんた刑事なのかい。制服組にしかコーヒーの無料サービスはしてないがそれでもいいか」
「ああ、構わない」
州警察と誤解されたようだが、誤解を解くのも面倒だったためそのまま通した。
俺は、メニューから、チリビーンズとマッシュドポテト、ジンジャーエールを注文し、窓際のテーブル席に着く。ビールを注文したいところだが、現職の捜査官が飲酒運転はまずいだろうと自粛した。
天井からテレビがつり下げられ、誰が見るでもなく音と光が垂れ流されていた。
テレビは、今日ドッキングする火星探査船のセレモニーで特番が組まれていた。
船長か誰だか「人類の進歩のため」とか「人類社会の飛躍」とかごたいそうな言葉を並べている。船長の脇に英雄ジョンの姿も見える。
この船が、テロの標的になっているとの噂が出始めたのが今から1年ほど前になる。
噂の出処に探りを入れても何も出てこない、それどころか噂が拡散し、掴みどころがなくなるのだ。
五里霧中の中で『打ち上げ』に関連する噂が出始め、フロリダ州警察を巻き込んだ厳戒態勢を敷いた。人手が足りないとして各支部からも人が集められ、その中に俺も入ってしまった。同僚からは羨ましがられたが、いい迷惑だ。
打ち上げ1週間前からジョンソン宇宙センターに保護――軟禁――されている宇宙飛行士たちの警護をして、昨日、ロスに戻ってきた。
結局、フロリダでは何も起きることはなく宇宙船は、テロリストの手の届かない場所に文字通り行ったかに見えるのだが、スティーブの話だとまだ本部は警戒している様だ。
テレビを見ながら物想いに更けていると、声をかけられた。
「なにか事件でも」
そう言って、店主が注文した皿を差し出した。
「気になるのか」
「いや、ちょっとした好奇心だよ」
店主は、そう言い残して、カウンターの内側に戻って行った。
テレビは、火星探査船のドッキングシーンを映していた。探査船の大きなドームを、斜め上からカメラがとらえている。ドームの端に四角くくり抜かれた場所がしだいにクローズアップされていき、途中、探査船側のエアロックを正面から捉えた映像に切り替わり、また斜め上からの映像に変わった。
テレビを見ながら、テーブルに出された料理を口に運んでいると、入口近くにいたハンチング帽をかぶったおやじがやってきて、断りもしないで向いの席にすわり、言葉をかけてきた。
「あんた、刑事なんだってな」
「そうだ」と答えると、聞いてもないのに色々としゃべりだした。
見慣れないトラックを見たとか向いに引っ越してきた連中が怪しいとか愚にも付かない内容ばかりだ。見慣れないとか怪しいだけでは捜査は出来ない。
料理を食べ終え、ハンチング帽をかぶったおやじに別れを告げ、店主に支払をすませると
店主が「済まないね。あの爺さん、話好きなんだ。少し迷惑だっただろう」と言ってきた。
俺は、適当に相槌を打ち店を出た。
田舎なのか空は満天の星で俺を迎え入れてくれた。




