火星に向けて
テレビの中継が終わると、テレビ中継の成功を祝して軽い打ち上げをやることになった。
と言っても、アルコールなど出るわけでもなく、各自が用意してもらったお茶やフリーズドライのフルーツをだして、テレビ中継の話に花を添える程度のことだ。
新しい居住スペースは、中央のプラントから見える緑がゆうの気持ちを少しだけ和ませていた。トマトやレタスなどの野菜が3段になって栽培されていて、隅には、少ない水でも育つ観葉植物が植えてある。それらは、ハロゲンランプの光やLEDの光を受けて青々と育っていた。
観葉植物から目を離して現実に戻ると、また、憂鬱な気分になった。渾身の画面切替で、エアロックのカメラに切り替え、ドッキングの瞬間を見せようとしたのに、カメラが船の影に入って完全にブラックアウトしてしまった。
直ぐに引きのカメラに切り替えたけど、全世界に醜態をさらけ出したと思うと、重く暗い気分になってしまう。
「どうしたゆう、顔が暗いな」
ジョンが心配して、話かけてきた。
「そうかな」
「ああ、その顔は、船外活動訓練で失敗したときの顔だな」
「そんなことあったかな」と、とぼけて見せる。実際何度あったか数えたことはない。
「話して見ろよ。楽になるかもしれないぜ」
ジョンに促され、仕方なく先ほどの中継の失敗を語って聞かせた。
「なんだそんなことを気にしてたのか、周りを見ろよ。誰も気づいていないぜ。
あのお調子者のグレックすら気づいてない。気づいたらあいつお前のこといじり倒すだろうし」
ジョンは少しいたずらっぽく笑った。
「そうかな」
ジョンの後半はともかく、前半の気づいていないという発想が、ゆうにはなかったので少し戸惑い気味に返事を返す。
「やっぱり、日本人はまじめだな」
「自分では、日本人とあまり思えないんだけどね。」
14歳で親の転勤で米国に渡り、以来16年、ずっと米国で暮らしていると、日本を遠い異国と感じることがある。
「ジョンに話せてよかったよ。少し楽になった」
「そっか、それはよかった。あしたの方が大事なんだ。そんなんで気持ち引きずって失敗されると困るしな」
「うん、明日は『窓が開く』」
「火星に向かう初日だ」
今夜は月軌道上で1夜を過し、明日の火星への『窓が開く』のを待つ。
地球と火星の距離は、一番離れた時で4億キロメートルもあり、一番近い時でも地球と月の150倍の距離がある。もっとも近い距離を選ばなくてはならない。
そこで、地球と火星の公転周期を利用する。地球の公転周期がおよそ365日で火星は約倍の687日だ。つまり、2年2ヶ月に1度、地球と火星はもっとも距離が近くなる。この時期にホーマン遷移軌道を描いて火星軌道に渡ることができる時を『窓が開く』と表すのだ。
船長のオフィーリアが打ち上げ最後のスピーチをはじめた。
大役を終えて安堵した表情で久しぶりに笑顔を見た気がする。
「今日はありがとう。みんな、最高の仕事だった。放送では『人類のため』とかごたいそうな事を行ったが、この火星への旅行をおおいに楽しもう。旅費は国が持ってくれるしな。明日は出航の準備があるが各自しっかり休んで鋭気を養ってくれ。」
ささやかな打ち上げはそれでお開きとなり、各自あてがわれた部屋に戻り次の日に備えた。
翌日は、出航作業に忙殺された。
システム担当なので、ドッキングによって接続されたノードの接続確認を中心に行っていく。
確認プログラムを走らせるにはキャラクターユーザーインターフェイス(CUI)が便利だ。この機能は廃れてしまい一部の愛好家が知っている機能となってしまった。
ゆうが経営陣に名を連ねている会社にいるプログラマーでさえ、黒い画面に打ち込んでいるゆうを見て何をしているのか解らなかったそうだ。
今は『ペット』と言う人工知能(AI)を使ったパーソナルアシスタントを利用するのが主流だ。元々はプログラマが使っていたビルドツールとして登場し、生活のあらゆるところで利用できる。ビルドツールとは、複数のプログラムをまとめて利用できるようにするソフトウエアだ。
『ペット』登場前は、このソフトウェアを利用するために簡単な手続きを記述する必要があったが、人工知能(AI)を利用することで、スクリプトの記述が要らなくなった。クラウド上に保存したプログラムを『ペット』が公開サービス(API)を通して利用できるような状態にしてくれる。
ここに目をつけて諾国に籍を置くアポロン社が公開サービスがあれば何でも連携できるサービスを提供した。各種チケットの購入や、SNSへの書き込み、電子申請など『ペット』が自分の分身となって電脳の世界の複雑な処理を肩代わりしてくれる。また、スマートフォンや、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に呼び出して利用でき、スケジュールの管理やナビゲーションまでこなせる。
しかし、セキュリティ上の理由から、そもそも接続ができなかったり、アカウントの発行ができなかったりする。この船は前者の理由で接続ができない。
ゆうも地球では、たまにお世話になっていて黒猫の『ペット』を飼っている。
ここでは、猫の手は借りれないので、手作業で始める。
黒い画面に地球で作っておいたプログラムを呼出すコマンドを書き込む。
もの凄い勢いで画面にノード名の後に「connection success」の文字が表示され、あふれた文字はスクロールされ消えていった。エンジン部分だけでも1000を超えるセンサーとコントローラーがノードとして繫がっている。その全てと接続確認をしなければならない。船全体では10000を超える。
一定の機能のチェックが済むと、チェックプログラムがそれを知らせてくれる。今、エンジン回りのチェックが終了した。タブレットのチェック項目に終了のマークを入れると同時に、隣にいるジョンにエンジンコントロールの確認を指示する。
「ジョン、エンジンコントロールの確認よろしく」
「分かった(wilco)エンジンコントロールの確認を行う」
ジョンは、コックピットにある計器やディスプレイの表示を確認する。
各々がそれぞれの担当で確認の真っ最中だ。
グレックは、月軌道ステーションの人たちと協力し、船外で確認中だし、ソフィアとエレンは備品のチェックしている。主に医薬品でレトルトはついでといった感じだ。
カルヴィンは、マニュピレーターのチェック後、居住区の環境システムのチェックを行う予定で、ジョンとレフは、コントロールシステムの総チェックだ。
船長のオフィーリアは、キャプテン席に陣取って報告を待っている。地球との連絡を担当しているが始まったばかりで報告もなく、手持ちぶさたなようだ。
チェックできた項目からタブレットに入力していき、入力されたデータはオンラインで地球も確認できる。
しばらくして、確認作業も完了に近づいてきた。
既に、ソフィアとエレン、カルヴィンの作業が完了している。
ジョンもレフも必要なコントロールチェックは終わりに差し掛かっているように見える。
しかし、確認プログラムはまだうごき続けていた。
「こちらヒューストン、ゆうの作業が遅れているようだが大丈夫か」
船長に通信が入る。通信が聞こえる距離にいるので、目配せで状況を知りたがっていた。
もうしばらくかかると知らせようとしたとき、アラート音が手元のPCから聞こえた。
「船長、トラブルだ。確認するのでもうしばらくかかる。」
「分かった」と言って、ヒューストンに連絡を入れる。地球でも既に、事態を把握していた様だ。
K-14と15からの接続ができていない表示が出ている。別の自己診断アプリケーションを起動しどこで信号が止まっているかの確認を行う。こちらのアプリはグラフィカルに船の全体像が3次元で表示され、接続情報を選ぶと配線が全体像の上にオーバーラップされる。
各配線がどこに繋がっているのか確認することができる。
早速、ノード番号のK-14を入力する。すると、画面は該当の場所にズームインされていく。信号はモニターされておりどこまで信号がきているか確認できる。
運悪く、船内から対処出来ない場所だった。
グレックを無線で呼出す。
「グレック、悪いが配線のチェックを頼む」
「OK、配線のチェックだな。どこに行けばいい」
グレックの位置信号を割り出す。船外活動は常にモニターされ、どこにどのような状態でいるのかわかる。
「K-10と言われているブロックだ。そこから、頭上方向に進んで船底になる場所だ」
「分かった(wilco) このまま頭上方向に進む。ナビを頼む」
グレックは、船に腹ばいになった格好で通信をしていた。頭上方向を一度、目配せして
命綱を進むために都合のいいフックに付け替えた。手元の手すりを強く押して勢いをつける。そのまましばらく宇宙空間を音もなく進む。聞こえるのは自分の息遣いだけだ。
宇宙船が眼下でゆっくり移動しているように見える。自分が移動しているのか、宇宙船が移動しているのかわからなくなる。そんなことを考えていると、ゆうから通信が入った。
「グレック、ストップ。ストップ」
その言葉で、反射的に近くの手すりを掴む。
「OK。ゆう、止まった支持をくれ」
「その近くに、K-10と刻印が入ったブロックがあると思うんだけど」
刻印を探す、宇宙服を着ていると、なにをするにも難しい。今の場合は視界だ。
宇宙服は意外と視界を制限する。
やっと見つけ出し、ゆうに次の指示を仰ぐ。
「その中に問題のコードがあるはずだ。多分ソケットになってると思うから、接続を確認してくれ」
ゆうの指示に無線で答えてから、四角にある特殊なボルトを、特殊なドライバーで開け始める。取り外した蓋をロープで固定しどこかに漂わないようにして、内部を除きこんだ。ゆうの読み通り6PINソケットがあった。一度外してさし直す。
「さし直してみた。確認してくれないか」
「了解。確認する」
しばらくして、ゆうから連絡は入った。
「グレック、OKだ。接続確認できたよ。そちらに問題なければもどってきてくれ」
「わかった。」
グレックは、蓋を閉じて帰路に着いた。
一連の確認作業が無事終了し、結果が地球に集まった。
「こちらヒューストン。確認作業オールグリーンだ。こちらも安心して火星に送り出せる」
「それを聞いて安心した。火星までの旅を楽しんでくるよ」
「土産を期待しているよ」
「乾いた赤い砂しかないがそれでもいいか」
オフィーリアのどっちとも取れない冗談が空しく宇宙を飛ぶ。
「こちらヒューストン。火星への発信を許可する」
「了解(wilco)。これより火星に向け発進する」
船長のオフィーリアの言葉を合図に、ジョンがジョイスティックを勢いよく倒す。




