第二話 歩きながらこの国のことを思い出したけど、あんまり偉そうなことは言えない。
歩き出したは良いものの、現段階で私ができることと言えば、もう少しマシな死に場所探しくらいである。
国から支給された食料だってそこまで多くないし、そもそも未知のウイルスに感染して数時間後にぽっくりなんてこともあり得ない話じゃない。
「どちらかっつーと自然の中で死にてぇな……」
死に対する恐怖はあまりなかった。他の人類が目覚めるのはもっと先だし、その頃には私はどうしたって寿命で死んでいる。誰との縁も繋ぐことができない、これから先の人生に未練を持てという方が無理だ。死んだ先が分からないという恐怖は無論あるが、どうしても死にたくない理由というのはもうない。
空虚な気持ちになりそうなものだが、私の心は清々しい気持ちで満たされていた。
荒れているとはいえ、工事などされていないので73年前と建物の位置取りは全く変わらない。私の住む場所は都会ではない。しかし、ド田舎というには中途半端に賑わっていた。もう何も映さない電光掲示板や駅の大時計が植物に絡め取られ、飲み込まれ、立場が逆転している。
ならば山の方に向かった方が多少マシだろう。
歩きながら私は、73年前、この国が突如眠りに就いた日のことを思い出していた。
何年も前から話題には上がっていたらしいが、それは国の上層部の話であって、私たちのような一般市民はこの星の温暖化が予測よりも激しいこと、星の回復を待つために人類が1000年コールドスリープをするという取り決めを知ったのはそれが実施される1年前であった。
「これから1年をかけて、国民の皆様にはコールドスリープの装置を支給いたします。また目覚めた際に必要になる水や食料なども支給いたします。急なことで心の整理のつかない国民の皆様もいらっしゃるとは思いますが、皆で力を合わせこの星の回復を待つことにご協力いただければ幸いです」
人間は急にスケールのでかいことを言われると反抗すらできなくなるらしい。結局、この国に住む人間は1年間で慌ただしく準備を済ませ、大人しくコールドスリープに同意したというわけである。
「コールドスリープ装置に関しましては各研究機関と長期にわたり研究を重ね、人体などに影響がないこと、装置の安全性を研究してまいりました。ご安心ください」
この言葉もCMになって暗唱できるほど耳にした。何が安全性だ。こちとら901年前に目を覚ましているんだぞ。
あの装置が示していた時間が正しければ、現在は秋のはずであるが、暑さは真夏同然だ。たかが100年では温暖化は治らない。自分たちでこの星を壊しておいて、寝て治るのを待とうなんて虫の良い話だ。とはいえ、私もコールドスリープをしていた一国民なので偉そうなことを言える立場ではない。
無心で歩き続けて半日が経過した。荒れた地面を歩いていたせいもあるのだろう。ほとんど足の感覚もなくなっていた。一応、本日の目的地としていた駅には到着したので無理はせずに休むことにした。地下鉄の駅のホームの待合室で持ってきた毛布にくるまり、目を閉じる。しかし眠れない。そりゃそうか、73年も寝ていたら眠気なんて湧くわけがない。
寝転がったまま今までの人生を振り返る。大学を卒業した後は中小企業に入社し平凡な日常を送っていた。ものすごいブラック企業だったわけでもホワイト企業だったわけでもない。人間関係だって普通だった。同僚や友人のことはもちろん好きだったけれど会えなくなって寂しいと思えるほどではない。そばに居たら居たで楽しい。それくらいだ。
家族とも疎遠だった。そもそも私の性格上、家族という制度が肌に合っていない。血が繋がっていようがどんなに似ていようが個人は個人だ。薄情の話であるが未練はない。産み育ててくれたことへの感謝はしているが。
なんともまあ平凡で薄情な人生を送ってきたわけであるが、このような状況においては非常にありがたい。ちょっとでも他人へ情が残っていたら発狂するだけでは済まなかっただろう。
私はこの終末世界でようやく自分の性格を容認することができた気がする。
明日は丸1日歩いてみよう。体力の温存や長く生き延びることは考えていない。行けるところまで歩いてみたい。それだけだ。
決意を固めて再び目を閉じる。目を閉じると今度は聴覚が研ぎ澄まされる。研ぎ澄ました。ところで何も聞こえないのだが。そんなことを思っていたら、線路の奥の方からピーピー という植物に支配されたディストピア世界には似つかわしくない音が聞こえてきた。




