第三話 まともな科学者って存在するんですね。(文系の見解)
タイマーのような音が、線路の奥から聞こえてくる。どうにも気になるし、眠気もないので音の在りかを探ることにした。
寝ていた場所から数十メートル先に、小型カメラが壁面に付けられていた。カメラのレンズの下のランプが赤く点灯している。
「カメラ……?何で?おーい」
思わず声をかけつつ手を振ってみる。
「あ?」
カメラから音声が流れた。人感センサーが反応して録音が流れたのだろうか。それにしては柄が悪い気がする。
「録音ですかー?それにしちゃ柄悪くありませんかー?」
すっとぼけて声をかけ続けると、少しだけ柔らかくなった声色が返ってきた。
「録音じゃない。どちら様?この辺りに研究者は居ないはずだよ」
どうやらカメラの向こうにいるのは、生身の人間らしい。どういうこっちゃ。
「おい、大丈夫か」
「はい!あの、私は研究者とかじゃないっす。一般人です」
「何で目覚めてるの」
「装置が壊れました」
「あー……」
「装置を直すアテもないのでフラフラ歩き回ってたんですよ」
「装置壊れたのいつ」
「昨日っす」
「思い切りがいいね」
「それはまあ」
「カメラによく気がついたな」
「ピーピー言ってたんで。これ、写ってるんですか?」
「いや、何も。声だけ聞こえてる。音はカメラが破損した合図だ」
「なるほど。もし良かったら、これ取り外してそちらに持っていきましょうか?」
「良いの?」
「はい。暇なんで」
「じゃあ頼むよ。素材は回収できればできるほど良い」
「了解です。今、どちらにいらっしゃいます?」
「住所言って分かる?」
「地図帳から細々と探すの無理なんで最寄り駅を教えて下さい。近くについたら建物を教えてもらう感じで。急ぎだったらまた別ですけど」
「全く急ぎではない。分かった。伝えるよ」
述べられていく情報を地図に書き込む。マッチピング能力があまりないので道順などを伝えられるとそれ通りに歩かねばという強迫観念で結局迷子になるのだ。目的地だけざっくり決まっていて徐々に向かう方が性に合っている。
「はい、何となく分かりました。そんなに離れてませんね。遅くとも明日の夜には着くと思います」
「分かった。カメラはすぐそばにある壁につけられた工具箱から専用の機械で取ってくれ。最悪壊しても大丈夫だ」
「分かりました」
見回すとすぐそばに工具箱があった。開いて不思議な形の機械をカメラを覆うように取り付ける。数分するとカチッという音と共にカメラが外れた。
「取れました。持っていきますね」
「助かる」
「一応お名前を伝えておきます。刑部日和です」
「俺は大和田建成。科学者だ。そちらは刑部くんだな。承知した」
「大和田さん。こちらも了解です。一旦仮眠を取りますね」
「ああ」
ここで通信が途切れた。まさか、この世界に私のような人が居るとは思わなかった。しかも相手はどうやら研究者か何かで私よりもこの世界に詳しそうだ。もしかしたら死に場所を探さず、もっと面白いことに首を突っ込めるかもしれない。
私はカメラをお守りのように抱えて再び毛布に包まった。
朝。昨日よりはしっかりと食事を取り、私は歩き出した。昨日調べた様子だと、このまま線路を歩いて四駅先を目指す。到着予定時刻は午後八時だ。
四駅で着くのが夜とは何事かと思われた皆様に説明しよう。私の住む微妙な田舎の各駅間距離は平均十キロである。これがド田舎の山間部になると三十や四十キロはザラである。まだ運が良い方だ。
最初の二駅は、休憩を取りつつ何とか歩くことができた。問題は残りの二駅である。靴はボロボロだし、変わらない暗いトンネルのせいで疲労が倍増する。
「生きてるか?」
「死んでます」
時折、カメラから大和田さんが声をかけてくる。私の声がよほど切羽詰まっているのだろう。
「急がなくて良い。一日で向かおうとせずに休め」
「いや、行きます。多分、ここで休息を取ったら筋肉痛で明日以降一歩も歩けなくなります」
「なんか、すまんな」
「届けるって言ったのはこっちなんで」
「それはそうだが」
「そっち着いたら風呂貸して下さい」
「風呂でもトイレでも好きに使え」
「助かります。大和田さんて……」
「何だ」
「何でもないっす」
「別に何を言われても怒らん」
「じゃあ。まともな科学者って存在するんですね
」
「は?」
「大和田さん、科学者でしょ?」
「そうだが、それが何だ」
「科学者って基本、話通じない人が多いイメージなんですが」
「そうなのか?」
「はい。好きな実験ばかりしているような。マッドサイエンティスト?」
「科学者への冒涜だぞ」
「すみません。文系なもんで理系への理解が浅いんです」
「それ以前の問題な気がするぞ。……ちなみに刑部くんは理系科目は嫌いか?」
「知識を得ること自体は好きです。応用ができないだけです」
「得た知識をそのまま出力するだけじゃないか」
「それができりゃ苦労しません。文字の書き方を知ってるからと言って人類みんな太宰治になれますか」
「なれないな。というかなったら一大事だぞ」
「ええ。多摩上水が人で埋まります」
「なるほど、理解した」
「ちなみに私は物理のテストで十三点を取ったことがあります」
「何点満点だ」
「百点満点以外のテストがあるんですか」
「君は文系なのに皮肉を知らないのか?」
「皮肉を真に受けて真面目に返されたら腹が立ちませんか?」
「それは皮肉だな?」
「おもしろおかしく生きていくためのテクニックです」
くだらない会話を続けていたら、くつくつと大和田さんの笑う声が聞こえた。普段の声は聞く人の心を落ち着かせるような低音なのに、笑うと少し高くなって、少年がはしゃいでいるような声になる。
「そんなに面白いですか?」
「ああ、面白い。こんなにも文化的な会話は久しぶりだ」
「そりゃまあ、コールドスリープしてましたからね」
「君はそうだろうな。俺は違うが」
「ん?」
「詳しくは君が到着したら話すよ。取り敢えずまあ、君と出会えて良かった。直接会うのが楽しみだ」
「不思議な気分です」
「何が」
「一人で生きていく方が心地が良いと思っていました、でも私もあなたに会うのがとても楽しみです」
「俺たちははなからお互いを理解しようと思っていない。ただ容認している。だから話していて楽しい。そういうことじゃないか?」
「そうかもしれませんね」
ふと顔を上げると、目的地の駅に到着した。
「最寄り駅に着きました」
「ご苦労」
「地上に出るので建物を教えてください」
「いや、地上に出たらその場で待っていてくれ。すぐ近くだから迎えに行く」
「了解しました。是非とも乗り物に乗ってきてください。もう歩きたくないです」
「承知した」
一度会話をやめて、地上に向かって階段を上がる。見たこともないような満天の星空が視界に飛び込んできた。会ったこともない大和田さんに詳しくもない星の話をしたくて堪らなくなった。




