第1話 目覚めの第一声なんて碌なもんじゃない。
目が覚めたら、西暦2099年だった。あと、901年は寝ていなければならないはずなのだが。しかし、目の前のモニターは2099年10月24日という文字と、「刑部日和様。生命維持装置破損が破損しました。至急脱出して下さい」という喧しい音声を発している。
そして、流石コールドスリープ。装置の中はめちゃくちゃに寒い。言われなくとも脱出しなければ24歳女性の氷漬けが完成してしまう。そんな悪趣味なものになるつもりはない。
緊急脱出用レバーを引っ張り、73年ぶりに軋む床を踏む。残念なことに久しぶりの呼吸は埃まみれの空気によって盛大に咳込み、台無しになった。
「汚ねぇ」
目覚めた第一声がこれとはなんとも情けない。しかも喉がガサガサ。空気も汚けりゃ、部屋も声も汚いときた。現実だけ綺麗に現れるのが本当に解せない。
そして、私はゴチゴチの文系出身者なので格好良く理科的なアプローチで状況分析することもできない。
取り敢えず分かることは、国から支給されたコールドスリープ装置が何らかの原因でぶっ壊れ、私だけ目覚める予定の901年前に叩き起こされたということだ。要するに不良品を渡してきた国の怠慢である。もうちょっと真面目に投票すれば良かった。
「取り敢えず外に出るか。食料は確か装置の下段に……。あったあった。おお、意外とある。助かる〜。あとはこの部屋に使えるものは……。ズボンが使えるか。ワンピース型のこの服じゃ歩くの怖いし。靴も……よしよし使える使える」
思ったことを言葉を全て口から出したのは、無音に脳みそが破壊されそうだったからだ。私が好きだと思っていた沈黙は沈黙という名前の音だった。
「これで忘れ物は無いな。忘れてても取りに戻ればいいや。というかこの酸素マスクどうやって付けるんだよ」
冷静な皆様なら、水の確保をどうするんだとか、壊れたコールドスリープ装置付属の酸素マスクやら食料やらを信用するのかよとか、色々言いたいことがあるだろう。
しかし、繰り返しになるが、私は純度100%の文系である。やれ藤原定家の文字が読み辛いだの、古事記のスサノオが思ったより暴君だのと4年間ボヤき続けた国文学科出身者だ。分かりもしないことを考えている暇があったら足を動かしたほうが物事は上手くいく。
少々錆びついたドアノブを握り、思い切りドアを押すが数センチ開くばかりで通ることができない。
「げ、蔦で覆われてる」
外に出るには蔦を切るしかない。瞬時に思い付く方法は3つ。
①脳筋。衣装箪笥でもぶつければ重みで蔦は切れるだろう。しかし、私にそんな力はない。箪笥に手をかけたあたりで腰が終末を迎えるのが関の山だ。
②焼き払う。燃やせば朽ちる。有機物の宿命だ。しかし私は学生時代、気が狂ったのかジャムを作ろうと思い立ち、煮詰めすぎて火災報知器を作動させた挙句、消防車がアパートにやってくるたいう傍迷惑な事態を引き起こした前科を持つ。どう考えても火を使わないほうが良い。目覚めた人類は私一人で目撃者が居ないとはいえ、放火犯にはなりたくない。
③切る。鋭利なものは刃物になる。
消去法で③になった。包丁はだめだ。私の管理が悪いせいでボロボロになっている。というか、基本的に私の私物は使い物にならない。かくなる上はガラスである。
「へい!」
卓袱台をぶつけたところ、容易く割れた。比較的大きな破片をタオルで包み、ナイフにする。時間はかかったが無事に蔦を切ることができた。念のため、大家さん宛に「弁償します。すみません。」と書いた紙を置いておいた。紙は数千年経っても残るのだから大丈夫だろう。私のへそくりでも掘り出して修理代に充てて頂こう。
「行くか!」
ドアを開き、外に出る。快晴だ。
ウイルス感染防止のため、酸素マスク越しでしか呼吸できないのが非常に残念だ。しかし、自分のまつ毛に光が反射して輝くのを感じ、私の心はすぐに上を向いた。
コンクリートの建物には蔦が絡まり、街は色鮮やかになっていた。いつか見たディストピア映画の様な光景に心が躍る。西暦3000年に目覚めても孤独、今目覚めても孤独なら楽しい方が良い。
「私は運が良い」
言葉が溢れた。強がりでも何でもない。本心だ。だって、今日から言葉すら私だけのものだ。嘘を吐く必要もない。傷付く必要もない。
私は大きく一歩を踏み出し、盛大に蔦に足を取られてすっ転んだ。




