【第5話】社交界のライバルと、嫉妬の代償
翌週末、我が公爵家が主催する夜会が開かれた。
煌びやかなシャンデリアの下、華やかなドレスを纏った私のもとへ、一人の青年が歩み寄ってくる。
「エレノア様、今夜も一段とお美しい。……半年後の吉報を、私は心待ちにしておりますよ」
ライアル子爵——父が推す、私の政略結婚の相手候補だ。
社交的な笑みを浮かべる彼に、私は愛想笑いを返すのが精一杯だった。
「恐れ入ります、ライアル様……」
「よろしければ、次の一曲を私と——」
ライアル様が私の手を取ろうと伸ばした、その手を。
「——大変申し訳ございません、ライアル様」
静かに、けれど完璧な割り込みで遮ったのは、アルフレッドだった。
トレイに乗せたグラスを差し出しながら、完璧な角度で一礼する。
「お嬢様は少々お疲れの様子。主治医より、長時間のダンスは控えるよう申し付かっております」
「……なんだと? 執事の分際で私に口を挟むのか?」
ライアル様が不機嫌そうに眉をひそめる。
アルフレッドは黒縁メガネの奥の瞳を冷ややかに光らせ、一切動じることなく言葉を続けた。
「お戯れを。主人の健康管理も執事の大切な務めでございます。……さあお嬢様、テラスで少し夜風に当たられましょう」
「え、あ……ええ!」
ライアル様が言い返す隙も与えず、アルフレッドは私をエスコートして社交場を抜け出し、静まり返ったテラスへと連れ出した。
ひんやりとした夜風が、火照った肌を撫でる。
「……ふう、助かっちゃった。ありがとう、アルフレッド」
胸を撫でおろしながら振り返ると、そこにいたのは「澄ました顔の執事」ではなかった。
月光を受け、黒縁メガネの奥の瞳が恐ろしいほど冷たく澄み切っている。
「……あんな男の手を、取ろうとしたのですか」
抑え込まれた声。
けれど、その低音には隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
「だ、だって、断る理由がなかったし……それに、アルフレッドがちっとも助けてくれないから……」
少し拗ねて見せると、彼の理性の糸がぷつりと切れる音がした。
ぐい、と手首を掴まれ、暗がりになった柱の影へと引きずり込まれる。
背中が冷たい石柱に当たり、逃げ場がなくなる。
「アル……っ!?」
両脇を固められ、視界のすべてが彼の影で覆い尽くされる。
いつもの恭しい態度は影を潜め、漏れ出る息すら熱を帯びていた。
彼は私の顎を細い指先でクイと持ち上げ、そのまま耳元へと顔を寄せた。
至近距離で囁かれる、低く、重い声。
「……見せつけるな……俺の前で、他の男に触れさせるな」
「っ……!」
短く吐き出された言葉には、執事の立場を完全に忘れた男の独占欲が充満していた。
耳元に残る熱い吐息と、首筋にかかる黒縁メガネの冷たい感触。
そのギャップに心臓が爆発しそうになる。
アルフレッドは私の顔をじっと見つめると、親指で私の唇をゆっくりとなぞり、残りの言葉を飲み込むようにスッと身を引き離した。
黒縁メガネの位置を静かに整え、彼は再び「完璧な執事」の顔に戻る。
「……夜風が冷えてまいりました。お部屋へ戻りましょう、お嬢様」
私を置いて歩き出す彼の背中を見つめながら、私は熱を持った唇を指で触れた。
(……見せつけるな、だって……?)
冷徹な仮面の奥で、彼が私にどれほど狂わされているか。
それが痛いほど伝わってきて、胸が甘く疼く。
「……お堅い執事様。もう、仮面がボロボロじゃない……」
半年なんていらない。
彼が自分の手で私を奪い去る日は、もうすぐそこまで来ていた。




