【第4話】深夜の図書室と、無防備な隙
夜の十二時。
屋敷全体が静まり返る中、私は一人、薄暗い図書室にいた。
「う〜ん……どこにあるんだろう……」
探しているのは、古い歴史書。
……というのは建前で、本当はアルフレッドが毎晩この時間に図書室の見回りをするのを知っているから
薄手のネグリジェの上にカーディガンを羽織っただけの無防備な格好。
「寝付けなくて本を探していたら、たまたま鉢合わせてしまった」というシチュエーションを狙った、完璧な作戦……のはずだった。
「……こんな時間に、何をしておられるのですか」
背後から聞こえた冷ややかな声に、肩が跳ねる。
振り返ると、廊下の明かりを背に受けたアルフレッドが立っていた。
黒縁メガネの奥の瞳が、夜の闇の中でやけに鋭く光っている。
「ア、アルフレッド……! 寝付けなくて、本を読もうと思って……」
「……その格好で、ですか」
アルフレッドの視線が、私の胸元から細い首筋、そして素足へと滑る。
その瞳に、一瞬だけ凶暴な色が混じったのを私は見逃さなかった。
「は、はい……すぐ戻るわ。でも、上の段の本が届かなくて……」
私は背伸びをして、棚の高い位置にある本へと手を伸ばしてみせる。
……本当は踏み台を使えば届くけれど、そこはあえてのおねだりだ。
「……失礼します」
溜息混じりに歩み寄ってきたアルフレッドが、私の背後からすっと手を伸ばす。
彼の背丈なら簡単に届く位置。けれど、本を取ろうとしたその手が、途中でぴたりと止まった。
ぴったりと重なるふたつの影。
私の背中に、彼の胸板の熱がダイレクトに伝わってくる。
「……取ってくれないの?」
振り返ろうとした瞬間——
ガタッ、と本棚を押さえつけられ、私は逃げ場を失った。
左右を長腕で囲まれ、完璧な壁ドン状態。
振り向いた私の鼻先、ほんの数センチの距離に、アルフレッドの整いすぎた顔があった。
「アル……っ」
黒縁メガネ越しに射抜くような視線が注がれる。
静寂に包まれた図書室で、ふたりの呼吸だけが重なる。
彼はゆっくりと顔を傾け、私の耳元へと唇を寄せた。
かすれるような、けれど逃げ場を与えない低い声が、直接鼓膜を揺らす。
「……隙だらけだ。……襲われたいのか?」
「っ……あ……」
息が止まる。
ゾクゾクするような熱い声が、耳から全身へと駆け巡る。
私を試すような、けれどギリギリのところで理性を保っているような、凶暴な甘さ。
私が真っ赤になって固まっていると、アルフレッドはスッと本棚から目的の書物を取り抜き、私の手に握らせた。
「……お部屋までお送りいたします、お嬢様」
すっかり元通りの「完璧で冷徹な執事」の顔に戻った彼が、静かに一礼する。
(……もう、反則! 言葉数は少ないのに、破壊力が上がりすぎてる……!)
熱を持った耳たぶを抑えながら、私は彼に促されるまま部屋へと戻る。
お堅い執事の仮面の下で、彼の理性が刻一刻と削られているのは間違いない。
攻略の終わりは、きっと私が思っているよりも近い。




