【第3話】雨の日のドレスチェンジ
ハッ、ハッ、と浅い息が漏れる。
「あ……雨、凄くなってきちゃったね……」
乗っていた馬車が屋敷の近くでぬかるみにハマり、しょうがなく歩いたものの、屋敷にたどり着いた頃には土降りの雨。
私のドレスは、肩から胸元にかけてすっかり濡れて透けてしまっていた。
「——お召し替えを、お嬢様」
屋敷のエントランスで待っていたアルフレッドが、すぐさま大きなバスタオルで私を包み込む。
その手つきは素早く、そして相変わらず完璧だ。
「ありがとう。……ねえ、アルフレッド。濡れて寒いの。……抱きしめて温めてくれない?」
タオル越しに彼の燕尾服の袖をぎゅっと掴み、潤んだ目で見上げる。
少しあざといのは分かっている。
でも、雨の日の寒さに紛れ込ませた、精一杯のおねだりだ。
アルフレッドは黒縁メガネの奥で視線をわずかに細め、冷ややかに言い放った。
「お戯れを。執事が主人を抱きしめるなど、あってはならないことです。……風邪を召されます、早くお部屋へ」
そう言うと、彼は私を促すように背中に手を添え、自室へと歩かせた。
(……ちぇっ。やっぱり駄目かぁ……)
冷たい拒絶にしょんぼりしながら、自分の部屋に入り、濡れたドレスの背中のファスナーに手を伸ばす。
「う……届かない……」
固くなったファスナーと格闘していると、カチリと静かな音を立ててドアが閉まった。
「失礼いたします」
「あ、アルフレッド。ちょうどよかった、これ下げてく……っ!?」
振り返ろうとした瞬間、後ろからぐっと強い力で引き寄せられた。
背中が、雨で濡れて冷えた私の肌とは対照的な、彼の熱い胸板にぴったりと密着する。
黒縁メガネのフレームが、私の濡れた首筋に冷たく触れた。
「アル……っ?」
逃げようとしても、腰に回された彼の腕は万力のように硬く、ビクともしない。
じわり、と耳元に届く熱い呼吸。
彼は余計な言葉を一切削ぎ落とし、低く、低く——耳腔を震わせた。
「……誘ってんのか……その気になるぞ」
「っ……あ……」
短すぎる言葉に込められた圧倒的な熱量と独占欲に、背筋を痺れるような甘い衝動が駆け抜ける。
私が息を呑んだ隙に、ジ、と背中のファスナーがゆっくりと下げられた。
「……着替えの準備をしてまいります。……一人で、お召し替えを」
耳元から離れたアルフレッドは、何事もなかったかのように黒縁メガネのフチをすっと指で押し上げ、深々と一礼する。
その顔は、いつもの「完璧でお堅い執事」そのものだった。
部屋に取り残された私は、真っ赤になった顔を両手で覆い、その場にへたり込んだ。
(……喋らない分、威圧感がすごすぎる……っ!)
言葉数は少なくても、あの目の本気度は隠せていない。
「……もう、ずるい……! 絶対、私に『好き』って言わせてやるんだから……!」
雨音だけが響く部屋で、私の心臓はうるさいほど高鳴っていた。




