【第2話】お茶会の誘惑と、嫉妬のグラサージュ
「エレノア様、午後のティータイムの準備が整いました」
いつものように寸分の狂いもない動作で、アルフレッドが銀のティーカップをテーブルへ滑らせる。
今日の紅茶は、私の大好きなダージリンのセカンドフラッシュ。完璧な温度、完璧な香り。相変わらず隙がない。
でも、今日の私はただお茶を飲むだけじゃない。
——「お堅い執事を落とす作戦」第1弾の決行日なのだ。
「ありがとう、アルフレッド。
ねえ……一人で飲むのも味気ないわ。あなたも一口どう?」
私は上目遣いで彼を見上げ、わざとらしくカップを手に取って小さく首を傾げた。
「滅相もございません。使用人が主人の茶席に同席するなど、執事の矜持に反します」
黒縁メガネの奥の瞳はピクリとも動かない。
一見すると完璧なガード。
だが、私は見逃さなかった。
彼の手袋をはめた指先が、ほんの一瞬だけピクッと跳ねたのを。
(フフッ、動揺してる動揺してる!)
私は畳みかけるように、さらに一歩踏み込むことにした。
「そう? ……ふふ、あーん、してあげようかと思ったのに」
クッキーを一つ指でつまみ、彼の口元へと差し出す。
17歳の女の子からの、精一杯の誘惑アピールだ。
アルフレッドは一瞬だけ息を飲み、視線をクッキーから私の顔、そして指先へと滑らせた。
その瞳に一瞬だけ危険な色が宿る。
……だが、彼はすぐに深々と頭を下げた。
「お戯れが過ぎます、お嬢様。そのようにお行儀の悪い振る舞いは、ライアル様とのご歓談の際にも出かねません。お控えください」
(……っ! またライアル様の話!?)
せっかくの甘い雰囲気を作ろうとしたのに、あっさりと「お見合い相手」の名前でかわされてしまった。
私の胸に、もやもやとした悔しさが広がる。
「……ふん、いいわよ!
アルフレッドがそんなに冷たいなら、今度の社交会でライアル様に直接あーんして差し上げるわ!」
半ばヤケクソでそう言い放ち、私は背を向けた。
——カチャン、と。
ティーポットを置く磁器の音が、普段より少しだけ高く響いた。
「——……」
気がついた時には、視界がぐるりと反転していた。
背中がふかふかのソファへと押し付けられ、上から覆いかぶさるように大きな影が落ちる。
「っ……あ……!?」
アルフレッドの手が私の両脇の背もたれにつき、退路を完全に塞いでいた。
黒縁メガネが斜陽を反射してギラリと光る。
その距離、わずか数センチ。
彼の呼吸の熱がダイレクトに肌に伝わってきて、胸が破裂しそうになる。
「アル、フレッド……? だれか来たら……」
「誰も来ませんよ。扉の鍵は掛けました」
いつもの恭しい敬語。
けれど、その声のトーンは低く沈み込み、ゾクゾクするほどの圧力を孕んでいた。
ゆっくりと顔を寄せてきた彼は、私の耳元に黒縁メガネのフレームをかすめさせながら、嫉妬を孕んだ低い声で囁いた。
「…お前の手から食べ物を受け取っていい男は俺だけだ。…別の男にそんなことしたら、どうなるか分かってるんだろうな?」
耳たぶに掠れる唇の感触に、頭が真っ白になる。
言葉を失って真っ赤になっている私を確認すると、アルフレッドは満足したようにスッと身を起こした。
何事もなかったかのように黒縁メガネの位置を整えると、完璧な執事の微笑みを浮かべる。
「……失礼いたしました。少しお茶の温度が下がってしまったようです。淹れ直してまいりますね」
そう言って、彼は優雅に一礼して部屋を出て行った。
一人残された私は、熱を持った頬を両手で押さえながらソファに崩れ落ちる。
(……嫉妬してる! 絶対に嫉妬してるじゃない!!)
表面上は「お見合いを勧めます」みたいな顔をしておいて、他の男の名前を出した瞬間これだ。
「……覚悟しなさいアルフレッド。そのクールな仮面、半年どころか一ヶ月で叩き割ってやるんだから……!」
胸のときめきと悔しさを抱きしめながら、私の「執事攻略作戦」はますます熱を帯びていくのだった。




