【鉄の雨と暴走特急】
大陸の中央を貫く荒涼とした大地、セクターD-9。
遮るもののない乾燥した平原を一本の巨大な「傷跡」が走っていた。
MSGヴァリアントフォースが敷設した軍事用大動脈、大陸横断鉄道である。
そのレールの彼方から地鳴りと共に黒い影が迫っていた。
ズゥゥゥゥン……ゴォォォォォ……!!
全長、およそ600メートル。
先頭車両は巨大な衝角と要塞砲を搭載した異形の機関車。
それに続く貨車もすべてが分厚い複合装甲で覆われ、車両の至る所から対空・対地用の砲塔が突き出ている。
装甲列車「ジャガーノート号」。通称「鉄の蛇」。
時速300km/hという常識外れの速度で爆走するその質量はそれ自体が巨大な砲弾であり、通り過ぎるだけで周囲の大気を切り裂き、ソニックブームに近い衝撃波を撒き散らしていた。
その先頭車両、司令室。
薄暗い空間に赤いセンサーライトだけが点滅している。
中央の指揮官席に座る巨漢が低い唸り声を上げた。
「……遅い、予定より12秒遅れているぞ」
男の名はゼギオン大佐。
その姿は一見すると屈強な軍人に見えるが、肌の質感は硬質で首筋からは太いケーブルが伸びてコンソールに直結されていた。
彼は人間ではない。
全身を機械化し、SANATへの忠誠と共に最強の肉体を手に入れたガバナー、パラポーン・エクスパンダーである。
「機関出力、最大戦速へ移行せよ。我が『ギガンティック・ロコ』の火室をもっと熱く燃やしてやれ」
『大佐。これ以上の加速は脱線のリスクが……』
部下のセンチネルの声を、ゼギオンは鼻で笑い飛ばした。
「脱線だと?軟弱な線路など我が速度と質量でねじ伏せればよい。火力と速度こそが正義。我が進路を阻む者は、虫ケラ一匹たりとも許さん」
ゼギオンの赤い義眼が前方モニターに広がる荒野を睨みつける。
彼は飢えていた。燃料への飢えではない。
自慢の要塞砲で粉砕すべき、獲物への飢えだ。
だが、彼は知らなかった。
その獲物が今まさに線路の脇で牙を研いでいることを。
「……来た。すごい風圧だね、耳がキーンってなるよ」
線路から数キロ離れた岩陰。
ロード・インパルス・アビスのコクピットで、フレンダ・ディーコン少尉はチョコレートバーを齧りながら呟いた。
彼女の相棒であるインパルスはリヴァイアサン合金による銀色の追加装甲を纏い、以前よりも一回りマッシブな体躯となっている。
「定刻より12秒遅れっすか、優秀な鉄道会社っすね。……乗客が武装した殺人人形じゃなけりゃの話っすけど」
隣でクロスレイダーに跨るミカ・フォルクス少尉が、双眼鏡を下ろした。
「今回の任務はシンプルっす。あの暴走列車に飛び乗り、制御室を制圧して停車させる。口で言うのは簡単っすけど、相手は時速300kmっすよ?落ちたら即ミンチっす」
「大丈夫、大丈夫!ジェットコースターみたいで楽しそうじゃん!」
フレンダが呑気に笑う。
その時、インパルスのコンソールから歓喜に震えるような電子音が響いた。
『接敵予測、30秒!敵戦力、パラポーン・センチネル多数!エクスパンダー反応あり!さらに列車砲および自律砲台の数、推計40門以上!』
KARMAメイだ。
彼女の声は通常なら絶望すべき戦力差を前にして、まるで豪華なフルコースのメニューを読み上げるかのように弾んでいた。
『フレンダ、これは最高の「狩り場」です。あの速度域での戦闘データ……ゾクゾクしますね。全砲門を沈黙させ中身を蹂躙しましょう!』
「あはは、メイもやる気満々だね!じゃあ、行こうか。ランチの時間だよッ!」
フレンダがアクセルを踏み込む。
ロード・インパルス・アビスのエンジンが咆哮を上げる。
ドォォォォン!!
銀色の狼が荒野へと飛び出した。
並走するクロスレイダーも、青い稲妻となって追従する。
目指すは地平線を切り裂いて迫る、黒い鉄の蛇だ。
列車との距離が縮まる。
全長600メートルの巨体が壁のように視界を覆い尽くす。
「捕捉されたッ!」
列車の側面装甲が開き、無数の砲塔がこちらを向いた。
ガトリングガン、榴弾砲、対戦車ミサイル。
ゼギオン大佐自慢の過剰なまでの防衛システムだ。
バババババババッ!!
ズドンッ!ズドンッ!
空が暗くなるほどの弾幕がまさに「鉄の雨」が降り注ぐ。
「わおっ、なかなか激しいねぇッ!」
フレンダは笑いながらインパルスをジグザグに走らせた。
着弾の衝撃で大地がえぐれ、土砂が舞う。
ガィィィンッ!!
20mm機関砲の直撃が、インパルスの肩部装甲を直撃した。
だが、リヴァイアサン合金はビクともしない。
火花を散らし弾丸を弾き返す。
「硬いッ!やっぱり最高だよ、この新しい服!」
『装甲強度、低下なし。フレンダ、もっと前に!この程度の弾幕、今の私たちにはそよ風です!』
メイが好戦的に叫ぶ。
インパルスは弾幕を正面から突き破り、列車との距離を強引に詰めていく。
一方、装甲を持たないミカのクロスレイダーは別のアプローチを取っていた。
「……馬鹿正直に突っ込むのは脳筋のやることっす」
ミカはインパルスの巨体を盾にしつつ、敵の射角の死角を縫うように走っていた。
彼女の強化された動体視力は弾丸の軌道を赤い光線のように認識している。
「そこ」
ミカは走りながら、グレネードランチャーを放った。
狙うのは砲塔そのものではない。車両の連結部にあるセンサーユニットだ。
ドォォン!
爆発と共に一両分の自動照準システムがダウンする。
弾幕に一瞬穴が空いた。
「今っす、飛び乗るっすよ!」
「了解!」
フレンダがインパルスのスラスターを全開にする。
時速300kmの世界での、決死のジャンプだ。
ガシャァァァン!!
インパルスが、最後尾車両の天板に着地した。
強烈な慣性G。爪が甲板を削り、火花が散る。
「着地成功!うわ、揺れるぅ~!」
「遊んでる暇はないっすよ!」
ミカもクロスレイダーを乗り捨て、ワイヤーアンカーを使って車両の側面ハッチにしがみついた。そしてレーザーカッターでロックを溶断し、車内へと侵入する。
「私は中から制御系を叩くっす。少尉は上で暴れて敵の注意を引いてくれっす!」
「任せて、屋根の上なら誰にも邪魔されずに暴れられるもんね!」
車内に侵入したミカを出迎えたのは、無機質な鉄の回廊と、整然と並ぶパラポーンたちだった。
『侵入者検知。排除行動開始』
パラポーン・センチネル。
MSGヴァリアントフォースの主力歩兵。彼らはSANATに心酔して情報体となり、命令通りに動く忠実な殺戮機械だ。
手にはアサルトライフルやスタンロッドを持ち、機械的な赤い瞳でミカを見据えている。
「……やれやれ、歓迎会にしては愛想がない連中っすね」
ミカは二丁のハンドガンを構えた。
通路は狭い。逃げ場はない。
だが、それは敵にとっても同じことだ。
タタタッ!
センチネルたちが一斉に発砲する。
ミカが動いた。それは回避というより消失に近かった。壁を蹴り、天井を走り、弾丸の隙間をすり抜けて敵の懐に飛び込む。
「遅いっす」
ズドンッ!
眉間への一点射撃。
センチネルが崩れ落ちる前にミカは次の敵へ照準を合わせている。
トリガーを引く指の動きは機械よりも精密で、そして速い。
ガギッ!
弾切れと同時にミカは銃を捨てずにグリップで敵の顔面を殴りつけた。
強化人間特有の怪力でセンチネルの強化樹脂製マスクが粉砕される。
「次」
マガジンチェンジのコンマ数秒の隙に、ナイフで敵の関節ケーブルを切断する。
舞うような殺陣、彼女の通った後には沈黙した残骸だけが積み上げられていく。
しかし先頭車両へ向かう連結扉が開いた瞬間、空気が変わった。
ゴオォォォッ……
扉の向こうに立っていたのは、一人の巨漢だった。
全身を分厚いハイテク装甲で覆い、手には身の丈ほどもあるガトリングブレードを持っている。
パラポーン・エクスパンダー。
センチネルとは違う。個としての戦闘力を極限まで高められた最強の人間兵器。
『……侵入者。生体反応、照合。……白堊理研の強化個体か』
エクスパンダーが合成音声で呟く。
『不完全な旧式が、我ら完成形に挑む愚かさを教えてやろう』
「……ハッ、全身機械のお人形さんが偉そうな口を叩くっすね」
ミカの青い瞳が、冷たく細められた。彼女の中に眠る被検体としてのトラウマと怒り。
それを彼女は殺意という名の燃料に変えた。
「どっちが『生物』として上か、試してみるっすか?」
一方、列車の屋根の上。
フレンダとロード・インパルス・アビスは、猛烈な風圧と戦っていた。
「うわぁぁ、風が強いよぉ!」
時速300kmの風は立っているだけで機体を吹き飛ばそうとする。
フレンダはインパルスの重心を低くし、爪を屋根に食い込ませて耐えていた。
そこに、新たな敵が現れる。
ブオォォォッ!!
列車のハッチから射出された中型ヘキサギア・ブレイズボアの編隊。
彼らは足裏のマグネットで屋根に張り付き、安定した姿勢でミサイルを構えている。
『敵機、6機!足場が不安定なこちらが不利です!ですが、それがどうしましたか?』
メイの声は逆境を楽しんでいるようだった。
『フレンダ、トリック・ブレードを「アンカー」として使用。遠心力を利用して、敵を薙ぎ払いましょう!』
「了解、インパルス・コマ回し作戦だね!」
フレンダはインパルスの尻尾を屋根の突起に巻き付けた。
そして、スラスターを一気に噴射する。
ギュルルルルッ!!
インパルスがブレードを軸にして高速回転する。
その遠心力に乗せてリヴァイアサン素材の爪を敵機に叩きつける。
ガギィィッ!
「なっ、なんだこの動きは!?」
ブレイズボアのパイロットが驚愕する。
回転する銀色の塊がボウリングのピンのように敵機を次々と弾き飛ばしていく。
屋根から落ちた敵機は荒野の地面に叩きつけられ爆散した。
「ストライクぅッ!!」
『ナイスショットです、フレンダ!残存敵機、あと2機!おや、前方より高エネルギー反応!』
フレンダが顔を上げる。
列車の先頭。
巨大な煙突のような構造物が変形しこちらに砲口を向けていた。
それは車両の一部ではなく、独立した超巨大ヘキサギアだった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
先頭車両が分離し変形する。
蒸気機関車を怪獣化させたような圧倒的な威容。
列車砲型ヘキサギア・ギガンティック・ロコ。
そのコクピットハッチが開き、ゼギオン大佐が身を乗り出した。
彼は生身のまま、走行風を物ともせずに仁王立ちしている。
「小賢しいネズミめ!我が鉄の蛇の上で運動会とはいい度胸だ!」
「あんたがボスだね、この列車を止めてもらうよ!」
「止める?笑わせるな、この列車は止まらん!終着駅である貴様らの墓場に着くまではな!」
ゼギオンが腕を振り下ろす。
ギガンティック・ロコの背部に搭載された主砲グランド・バスターが火を噴いた。
ズドォォォォン!!!
轟音と共に屋根の上を光の奔流が通過する。
フレンダが寸前で回避していなければインパルスごと蒸発していただろう。
だが、その余波だけで後方の車両が3両ほど消し飛んだ。
「うわっ、危なっ!自分の列車を撃ってどうすんのさ!」
「フハハハ、些末なことだ!火力こそ正義、破壊こそ快楽!貴様らごとき、この主砲の錆にしてくれるわ!」
ゼギオンは狂ったように笑い、再びチャージを開始する。
この狭い屋根の上であんなものを連射されたら逃げ場がない。
『フレンダ。正面突破は不可能です。グランド・バスターの充填時間は約40秒。その隙に』
「懐に飛び込んで、噛み砕く!」
フレンダはインパルスを走らせた。
弾け飛ぶ車両をジャンプ台にして、先頭車両へと肉薄する。
一方、車内のミカもまた死闘の最中にあった。
ガギィンッ!!
ミカのナイフと、エクスパンダーのガトリングブレードが激突する。
パワー差は歴然だった。ミカの腕がきしみ、足元の床が歪む。
「ぐぅッ……!さすがに……馬鹿力っすね!」
『無駄だ。貴様の筋力係数は計測済み。我らエクスパンダーには遠く及ばない』
エクスパンダーがブレードを押し込みながら、ガトリングの銃口をミカに向ける。
ゼロ距離射撃。回避不能。
「……単純なスペックなら、そうかもっすね」
ミカは不敵に笑った。
彼女の左手が目に見えない速さで動く。
懐から取り出したのは、アビスで回収したリヴァイアサン合金の破片で作った即席のスパイク。
「でも、貴官らは『痛み』を知らない。だから……自分の体が壊れる限界を知らないっす!」
ドスッ!!
ミカはエクスパンダーの装甲の継ぎ目、首元のケーブル密集地帯にスパイクを突き刺した。
そして、ガトリングのトリガーが引かれる直前、相手の腕を蹴り上げ射線を逸らす。
バリバリバリッ!
ガトリング弾が天井を蜂の巣にする。
その反動でエクスパンダーの体勢が崩れた瞬間、ミカは相手の背後に回り込み突き刺したスパイクに高圧電流を流し込んだ。
バチチチチッ!!!
『ガアアアアッ!?システム……エラー!回路が……焼ける……ッ!』
「人間なら気絶で済むけど、全身機械の貴官には致命傷っすね」
エクスパンダーが痙攣し、膝をつく。
ミカはその首にワイヤーを巻き付け、全体重をかけて締め上げた。
機械の頚椎がメキメキと音を立てて砕け散る。
『バ……カ……な……。旧式……に……』
眼光が消え、最強の兵士がただの鉄屑へと変わる。
「……はぁ、はぁ。悪いっすけど私は『旧式』じゃない。最新の『人間』っすよ」
ミカは乱れた呼吸を整え、制御室の扉を蹴破った。そこには列車のメイン制御コンソールがあった。
「少尉、制御室は制圧したっす!緊急ブレーキかけるっすよ、振り落とされないように捕まるっす!」
「了解!って言いたいけど、こっちも取り込み中だよ!」
フレンダは、ギガンティック・ロコの巨体に飛び乗っていた。
ゼギオン大佐はコクピットに戻り、自身の体を機体に直結してインパルスを振り払おうと暴れている。
『チョコマカと鬱陶しい、まとめて吹き飛べぇぇッ!』
ギガンティック・ロコの装甲板から、高熱の蒸気が噴き出す。
さらに、変形したアームがインパルスを捕まえようと迫る。
「ミカちゃん、ブレーキ!今すぐ!」
「やるっすよ! 」
ミカが緊急停止レバーを全力で引いた。
車輪から凄まじい火花が散りキキーッという絶叫のようなブレーキ音が響き渡る。時速300kmからの急制動。
ガクンッ!!!
慣性の法則が牙を剥く。固定されていない全ての物が、前方へと吹き飛ばされる。
当然、ギガンティック・ロコの上にしがみついていたインパルスも。
「うわぁぁぁぁッ!?」
インパルスが投げ出される。
だがフレンダは空中で体勢を立て直し、偶然にも連結されていた一両の客車の屋根を突き破って中に飛び込んだ。
ガッシャァァン!!
「いったぁ……。ここ、どこ?」
粉塵が晴れる。
そこは白いテーブルクロスと銀の食器が並ぶ、優雅な空間だった。
将校用食堂車だ。
テーブルの上にはゼギオン大佐が食べるはずだったであろう豪華なローストビーフや、色とりどりのオードブルが並んでいた。
「……!」
フレンダの目が輝いた。外ではまだゼギオンが暴れている。列車は減速しながらも、まだ止まっていない。状況は最悪だ。
だが。
「……いただきますッ!」
フレンダはインパルスのコクピットから身を乗り出し、ローストビーフの皿をひっ掴んだ。
そして肉を口いっぱいに頬張る。
「ん~~ッ、柔らかい!肉汁すごい!これだよ、戦いにはエネルギーが必要なんだよ!」
『フレンダ!敵、接近!食事をしている場合ではありません!と言いたいところですが、バイタル値上昇を確認。戦闘効率アップ。推奨します、完食を』
メイもまた、毒されていた。
「でしょ!?待ってろよゼギオン!この肉のカロリーを、全部あんたにぶつけてやるから!」
フレンダは残りの肉を飲み込み、ナイフとフォークを構えるようにインパルスの爪を展開した。
『貴様ァァァッ!私のディナーをォォォッ!!』
後方から、ギガンティック・ロコが客車を粉砕しながら迫ってくる。食い物の恨みは怖い。だが、満腹になった野生動物はもっと怖い。
「ごちそうさま!お代はこの一撃で払うよッ!」
フレンダが叫ぶ。
ロード・インパルス・アビスが食堂車の中から飛び出した。
口元についたソースを拭う暇もなく、銀狼は暴君の喉元へと牙を突き立てる。
ガガガガガッ……!!!
緊急ブレーキの摩擦音と、車輪が線路を削る轟音が断末魔の叫びのように荒野に響き渡る。
時速300kmから急速に減速しつつある「ジャガーノート号」。
その連結部付近、半壊した食堂車は、今や鉄と炎の嵐の中にあった。
『許さん……許さんぞ、薄汚い野良犬がァァァッ!!』
ゼギオン大佐の絶叫が轟く。
彼と一体化した巨大ヘキサギア・ギガンティック・ロコが、その巨大な多脚を展開し客車を紙くずのように引き裂いていく。
彼の怒りは、作戦の失敗に対してではない。
楽しみにとっていた「A5ランク・プレミアムローストビーフ」を奪われたことへの純粋かつ個人的な憤怒だった。
「しつこいなぁ、食べた分は働いて返すってば!」
フレンダはロード・インパルス・アビスを跳躍させ、降り注ぐ鉄骨の雨を回避した。
満腹になった彼女の反応速度は、空腹時の倍近い。
銀色の機体が瓦礫の中を水切りのように駆け抜ける。
「それに味付けがちょっと濃かったよ!次はもうちょっと塩を控えた方が健康にいいと思うな!」
『黙れェェッ、貴様に次の食事などない!我が胃袋の中で、灰になるまで消化してくれる!』
ギガンティック・ロコの胴体部が展開し、無数の高圧蒸気ノズルが現れた。
ブシュゥゥゥゥッ!!
超高温のスチームが噴射される。視界を奪いセンサーを狂わせる灼熱の霧だ。
『警告。外部温度上昇。ですがリヴァイアサン装甲の耐熱域内です。フレンダ、食後のデザートに「蒸し焼き」はいかがですか?』
メイの声が楽しげに響く。
彼女もまた、このカオスな状況を楽しんでいた。
「お断りだよ、私はカリッと焼いた方が好き!」
フレンダは蒸気の中へ突っ込んだ。
視界ゼロ。だが彼女には匂いがある。
凄まじい敵の殺意とオイルの臭気が鼻孔に刺さる。
「そこッ!」
インパルスの爪が蒸気の向こうにある何かを引き裂いた。
一方、先頭車両の制御室。
ミカ・フォルクス少尉は火花を散らすコンソールと格闘していた。
「チッ……!ブレーキシステムが過負荷で焼き切れる寸前っす!」
モニターには車輪温度が臨界点を超えていることを示す警告灯が点滅している。
このままでは、列車が止まる前に車輪が溶け落ち大脱線を起こして全員死亡だ。
「……手動でパージするしかないっすね」
ミカは制御室の床下にあるメンテナンスハッチを蹴破った。そこには車両の連結器を制御する油圧パイプが通っている。
「少尉、聞こえるっすか!」
『なにー!?今、忙しいんだけど!』
通信機越しに爆発音とフレンダの叫び声がする。
「あと30秒で、先頭車両と後続車両を切り離すっす!そうしないと後ろの貨車ごと脱線して大惨事っすよ!」
『切り離す!?じゃあ、ゼギオンだけ置いてけぼり?』
「親玉と一騎打ちしたいなら今のうちに先頭車両へ移るっす!乗り遅れたら時速100kmで荒野に放り出されるっすよ!」
『了解、デザートは独り占めってことね!』
ミカはナイフを逆手に持ち、油圧パイプに狙いを定めた。
車体が激しく揺れる。
だが、彼女の体幹は微動だにしない。
「……連結解除」
ズバッ!!
パイプが切断され、油圧が抜ける音がした。
ガコンッ……!!
鈍い衝撃と共に後方の貨車と客車の連結が外れた。
ブレーキのかかった後続車両が遠ざかり動力を持つ先頭車両「ギガンティック・ロコ」だけが慣性で滑走を続ける。
「ふぅ、これで荷物は守ったっす。あとはあの馬鹿二人の喧嘩を終わらせるだけっすね」
ミカはクロスレイダーを呼び寄せ、減速する列車から飛び降りた。
そして、地平線を滑っていく先頭車両を追いかける。
「掃除屋」の仕事はまだ終わっていない。
切り離された先頭車両の上。
逃げ場のない鉄の孤島で、フレンダとゼギオンの戦いは最終局面を迎えていた。
『小賢しい真似を……!だが、これで邪魔者はいなくなった!貴様を葬るのに遠慮はいらんということだ!』
ゼギオン大佐の狂気は頂点に達していた。
彼はギガンティック・ロコの全エネルギーを背部の主砲へ回した。
列車砲グランド・バスター。
本来は遠距離の拠点を破壊するための要塞砲を至近距離のインパルスに向ける。
キュイイイイイイ……ッ!!
砲身が赤熱し、大気が歪むほどのエネルギーが充填されていく。
『高エネルギー反応!直撃すればアビス装甲でも蒸発します!回避スペース……なし!』
メイが警告する。
一本道のレールの上を走る狭い車両。左右は断崖絶壁。逃げ場はない。
『フハハハ、恐怖に震えろ!我が砲撃は、貴様の骨の一片すら残さん!』
ゼギオンが引き金に指をかける。
だが、フレンダは笑っていた。
「恐怖?違うよ大佐、震えてるのは……『武者震い』だよ!」
フレンダはインパルスの四肢を畳みクラウチングスタートの姿勢をとった。
逃げる気はない。真正面から、その砲撃を喰らうつもりだ。
「メイ!全リミッター解除!エネルギーを全部、顎に回して!」
『了解です!ゾアテックス・フルバースト!さあ、最高の「ご馳走」をいただきましょう!』
『消え失せろォォォッ!!』
ズドォォォォォォン!!!
グランド・バスターが発射された。
極太の粒子ビームがインパルスを飲み込もうと迫る。
世界が白く染まる。
その刹那。ロード・インパルス・アビスが跳んだ。
回避ではない。
ビームの奔流に向かって、真っ直ぐに。
「うおおおおぉぉぉッ!!」
フレンダの咆哮。インパルスはリヴァイアサン合金で作られた超硬度シールドを前面に展開し、ビームの熱波を裂くように突進した。装甲が溶解し、赤く輝く。コクピット温度は瞬時に致死域へ達する。だが、届いた。
インパルスはビームの中を突き抜け、グランド・バスターの砲身に到達した。
そして、その巨大な顎門を発射中の砲口へと叩きつけた。
「ごちそうさまでしたァァァッ!!」
ガギィィィィン!!!
インパルスの牙が、砲身を上下から挟み込む。
ダイヤモンド粒子コーティングされた刃が超硬度スチールをバターのように噛み砕く。
『なっ……、馬鹿なッ!?我が主砲を……噛み砕くだとォ!?』
ゼギオンの驚愕。発射されたエネルギーの行き場がなくなる。
出口を塞がれた奔流は逆流し、砲身内部で暴発した。
ボォォォォォォン!!!
内部からの誘爆でギガンティック・ロコの背部が吹き飛び、黒煙が上がる。
『ぐあああぁぁぁッ!!熱いッ、我が体が……!!』
ゼギオンの悲鳴。
機体と直結していた彼のエクスパンダーとしての肉体に強烈なフィードバックが走る。
ギガンティック・ロコがバランスを崩し、脱線しかける。
「トドメだッ!」
フレンダは爆炎の中から飛び出し、無防備になったコクピットハッチへ躍りかかった。
インパルスの前脚がゼギオンの目の前に迫る。
『貴様……!ただの獣風情がぁぁッ!』
ゼギオンはガトリングブレードを構え、最後の抵抗を試みる。
だが、そこへ横合いから一条の光弾が飛来した。
ズドンッ!
ゼギオンの持つ武器が弾き飛ばされる。
並走して追いかけてきたミカのクロスレイダーからの狙撃だ。
「……デザートの時間に遅れたっすか?」
「いいや、最高のタイミングだよミカちゃん!」
フレンダはニカっと笑い、インパルスのトリック・ブレードを射出した。
ブレードがゼギオンの機械の体に巻き付き、コクピットから引きずり出す。
「この列車はもう終点だよ、大佐!地獄の駅まで、飛んでけぇぇッ!」
フレンダは機体を回転させ遠心力でゼギオンを空高く放り投げた。
『おのれぇぇぇッ!!』
空の彼方へ消えていく暴君。
主を失ったギガンティック・ロコは完全に動力を失い、線路の上を滑るようにして停止した。
プシューッ……という蒸気の抜ける音が、戦いの終わりを告げる。
「……ふぅ。止まったね」
フレンダはコクピットから熱気の外へ出た。
インパルスのアビス装甲は黒く焦げ、所々溶けていたがそのフレームは健在だった。
「……無茶苦茶っすね、相変わらず」
ミカがクロスレイダーで横付けし、ヘルメットを脱いだ。
呆れた顔をしているがその目には安堵の色がある。
「主砲の正面突破なんて、計算外もいいところっす。メイもメイっすよ。止めるどころか煽るなんて」
『心外です、ミカ少尉。勝率0.1%でも勝てば100%です。それにあの砲撃のエネルギー……素晴らしい歯ごたえでした』
メイが満足げに応答する。
完全に似たもの同士のコンビだ。
「ま、勝ったからいいじゃん!それに、運動したからお腹空いちゃった」
「さっき三人前くらい食べたばっかりじゃないっすか」
フレンダはお腹をさすりながら破壊されたギガンティック・ロコの残骸を見上げた。
「ねえミカちゃん。この列車は食材とか積んでないかな?デザートがまだなんだよね」
「……もう勘弁してほしいっす。さっさと本部に連絡して、回収班を呼ぶっすよ」
ミカはため息をつきながら通信機を取り出した。
夕日が荒野を赤く染める。
焦げ臭い鉄の匂いと、微かに残るローストビーフの香りが風に乗って流れていった。
鉄の蛇を止めた銀色の狼とその飼い主。
彼らの旅路はまだまだ終わらない。
この広い世界には、まだ見ぬ強敵と、まだ見ぬご馳走が待っているのだから。




